表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/48

第26わん 姉妹の秘密


「それで。何の用なんだ」


 ニヤけながら扉の前に立つ茶髪男に、ケリーはうんざりしたように尋ねた。

 俺を抱くジェイミーは、ケリーの背後に隠れて肩越しから覗き込むように玄関先を見ている。俺は彼女の胸の谷間から首を伸ばすことで、なんとか外の様子を確認することができた。

 総勢四名。

 茶髪男の背後に、彼の仲間も控えているのが見える。俺を拉致した男達だ。


「なぁに。昨日のお礼に来ただけだよ」


 昨日。

 この男達が俺を人質にしてケリー達をナンパしたことだろう。俺はそれを阻むためションベンをぶちまけてコイツらを撃退したのだった。そのことの報復をしに来たみたいだ。つか、どうやってケリー達の宿を突き止めたのだろうか。


「いやぁ、おねーさんのせいで腕折れちゃったよ〜」


 そう言ってワザとらしく痛がる素振りをしながら、包帯をグルグルに巻いた腕を見せつける茶髪男。確かに、ケリーはコイツの腕を掴んで万力のような力で締め付けた。だがたとえケリーの馬鹿力であっても、それだけで骨が折れるワケがない。言い掛かりなのは明白だ。

 それはケリーも当然承知しているようで、反論しようと口を開くが、彼女が言葉を発する前に男が続ける。


「それに、そのクソ犬のションベンのせいで俺の服が台無しだよ。高かったんだぜ〜あの服」


 ああ……その件についてはスマン。いやでも正当防衛じゃない? 穏便に済ますにはああするしかなかったんだよなぁ……。

 犬の俺は反論することもできないので、とりあえず「くぅん?」と可愛い鳴き声を出して誤魔化してみた。その可愛らしい声にケリーの背中はピクリと反応するが、肝心の男達には通用しないようで、彼らは眉一つ動かさない。

 くそ〜。この技はやはりケリーにしか通用しないか……。俺のウルウルとした視線を無視し、茶髪男はさらに続ける。


「それと見てくれよ、コイツのこと」


 なんだよまだ何かあるのか。

 茶髪男が一歩横にずれると、それと同時に前に出てくる彼の仲間の一人。

 コイツの顔は見覚えがある。が、少々様子がおかしかった。マスクをして目が充血しており、肌が蒼白かったのだ。昨日まではそんな風貌ではなかったのに。

 彼の身に何が起こったのだろうか。繰り返しクシャミをして言葉を発せないマスク男に変わり、横に逸れた茶髪が説明する。


「コイツなんか犬アレルギーだったんだぜ? そのクソ犬のせいで昨日からクシャミと鼻水と涙が止まらないらしい」


 それは知らんわ! 俺のせいじゃねぇだろ!


「いろいろと責任取ってくれるよなぁ?」


 なんでだよ!

 犬アレルギーに関しては完全に言い掛かりじゃねぇか!


「誰がそんなもの。悪いのは、脅してきた貴様らだろう」


 そうだそうだ! ケリーの言う通りだ!

 俺は応援するように、彼女の背後からキャンキャン吠える。

 しかし男達は、予想どおりの反応が返って来たと言わんばかりに、気持ちの悪い笑みを一層大きくしただけだった。


「へへ。いいのかぁ? そんなこと言って」

「……何?」

「昨日も言ったよなぁ? 俺はこの街の領主の息子だって。なんだって出来るんだ。アンタらの宿を探し出すことだってなぁ。俺に逆らっちゃうと、この街じゃ生きていけないぜぇ?」


 そうだ。こいつは領主の息子で、親の七光りで威張ってるクソ野郎だったのだ。その権力でケリー達の宿を探し出したのか。なんて野郎だ。

 ジェイミーはすっかり男達に怯えてしまったようで、ふるふると震えながら姉の背の後ろで萎縮してしまっていた。しかしケリーは動じる様子も見せずに、相変わらず面倒臭さそうに対処する。


「なら、この街から出て行くよ。私達は元々旅人だしな」

「おおっと。無駄だぜぇ? なぜなら俺は、アンタらの『秘密』を知っているからだ」


 勝ち誇ったように言う男。しかし一方で、ケリーは意味が分からない、と首を傾げる。


「秘密? なんのことだ?」

「俺の力を使えば、その秘密をここら一帯の街で広めることが出来る。そうすれば、アンタらが他の街で生活するのも難しくなるだろうよ」

「だから、なんのことだ」


 ケリー達の秘密? それも、街で広まると生活することも難しいような秘密だと? そんな重大な秘密がこの姉妹にあるのだろうか。

 ケリーの秘密といえば、実は可愛いもの好きでムッツリスケベだということだろうか。でもそんなことがバレた所で、生活が困難になるようなものではない。それとも実はケリーが貧乳だということか? いやでもそれは秘密ではなく周知の事実――っと、ケリーがめっちゃ睨んできたのでこれ以上考えるのは止めておこう。


「確証があるワケじゃねぇが、アンタらの正体について、とある仮説がある」


 ケリー達の正体……?


「おい、何を言って――」


 少しだけ高ぶったケリーの声を遮って、茶髪男が答える。



「アンタら、人間じゃねぇだろ」



 ……は? はぁ? はぁあああ?

 突然何を言い出すんだ? ジェイミーとケリーが、人間じゃないだと? 何を馬鹿なこと言っているんだ。どう見たって人間だろう。

 突拍子もない男の言葉に、俺は思わず吹き出しそうになる。あまりにも脈絡のない言葉だったので、茶髪男はふざけているのかと思った。そしてその言葉を受けたケリー達も、あまりにも頓珍漢な質問に笑ったり首を傾げるもんだと思った。

 しかし、当のケリー達は、


「な、な、何を馬鹿なことを……」


 予想外に、困惑した反応。

 口では否定するケリーだが、その声が僅かに震えているのを感じた。ジェイミーはというと、先ほどまでの腕の震えが収まり、不自然に固まっている気がする。

 なんだ。どうしたんだ二人とも。


「この街に、強力な探知魔法を使える賢者がいるんだ」


 そんな二人の様子を探るように見ながら、男は語り始める。


「そいつは、この街にいる『人間』なら、どこに居たって探知できる魔法が使える。アンタらを見つけるために、多額の報酬でその賢者に居場所を探知してもらったんだ。でも、何故かアンタらは魔法に引っ掛からなかった」

「そ、それだけの理由で私達が人間じゃないと疑っているのか? そいつの魔法が、不完全なだけじゃないのか」


 あくまで冷静に振る舞うケリーだったが、焦っているのが背中からでも容易に読み取れた。

 しかしケリーの言い分には俺も賛成だ。人間を探知する魔法に引っ掛からないだけで人間ではないと言うのは、あまりにも極論すぎる。


「ああ。その時は俺もそう思ったよ。そいつの魔法の調子が悪いのか、それともアンタらが何らかの探知魔法対策をしているのだと。だから、代わりにその犬を探知することにした。探知対象を『人間』から、人間以外の『動物』に変えてな。そしたら、どうなったと思う?」


 俺を抱くジェイミーの手が、じんわりと汗ばんできているのを感じる。男の説明が進むにつれ、彼女の大きな胸の脂肪を超えて、心臓の鼓動がどんどん大きくなっていくのが伝わってくる。


「私達が……探知魔法に引っ掛かったと言うのか?」


 ケリーはゆっくりと、慎重に言葉を紡ぐ。まるで動揺で声が震えるのを抑えるかのように。

 

「その通り。『人間』というカテゴリでは探知できなかったが、『人間以外の動物』という括りでは探知できた。これが意味することは――」


 そこで男は言葉を区切り、


「アンタらは、人間じゃないってことだ。信じられないけどな」


 顔に貼り付けた気色の悪い笑みを大きくして、そう結論づけた。


「ず、随分と極論だな。では、私達は何者だと言うのだ」


 ケリーは、男の説明をバカバカしいとでも嘲るようにワザとらしく鼻で笑うが、動揺しているのが明らかだった。

 ……まさか。本当なのか? 

 ケリーとジェイミーが、人間ではない? 到底信じられなかったが、姉妹の反応を見ると男の言うことが真実であると思えてくる。

 では、人間ではないと言うのなら、一体何なのだ。


「そうだな……例えば……」


 茶髪の男は、そんな姉妹の様子を愉快そうに見ながら、姉妹の一挙一動を観察し、彼女達の反応を伺うように答える。


「人間に化ける動物、とか」


 人間に化ける動物。

 普通なら、到底信じられない言葉だ。しかし、俺には心当たりがあった。

 ダルシーだ。

 本来は犬であるダルシー。しかし彼女は、人の姿になれるスキルを持っている。そのスキルによって変身したダルシーは、イヌミミと尻尾があるとはいえ、人間の姿と相違ない。

 そこで俺の頭にとある考えが浮かぶ。

 ――もしも、ジェイミーとケリーがそのスキルを持つ動物だったら。


 黄金のヌプティヌスヌクレドヌ。

 黄金の俺じゃないぞ。わんダフルランドにあるという果実の方だ。

 俺の目標でもあるそれを食べた動物は、どんな動物でも人化スキルを手に入れることができるらしい。ダルシーはそれで人の姿を手に入れたし、とある雪国では同様に人の姿を手に入れたトナカイもいるそうだ。

 ――もしも、ジェイミーとケリーがその果実を食べたのだとしたら。


 人間に化ける動物。この世界ではありえないことじゃない。

 ――もしかして、ジェイミーとケリーは、俺やダルシーと同じ犬なのか……?

 チラリと頭上を見上げ、ジェイミーの表情を下から伺う。


「ヌーちゃん……」


 俺の視線に気がついたジェイミーは、さっと視線を逸らしてしまう。彼女の顔は青ざめ、混乱したように瞳が泳いでいた。その反応が男の仮説を確証へとさらに近づける。

 一方でケリーは、動揺を隠すように、やけに大きな声で反論する。


「は、ははは。そ、そんなものが存在するなど、本気で信じているのか?」

「ああ、にわかには信じられないがな。でも噂だが、人間に化ける動物は実在するらしいぞ。この街でも、人間に変身できる犬が目撃されているらしい」


 え……それって……。


「なんでも、全裸の痴女に変身するオオカミみたいな黒い犬が時々目撃されるらしいんだ」


 完全にダルシーじゃねぇか! 何やってんだアイツ!


「最近だと二日前にも目撃されてる」


 2日前って……もしかして……。


「なんでも家の窓から路地を覗いたら、真昼間から犬と交尾している女が居たそうだ。しばらく見ていたら、そいつが突然輝いて黒い犬に変身したらしい」


 見られてたァー!? あの路地での出来事の一部始終を見られていたとは! つか交尾なんかしとらんわ!

 でも、俺が火を噴く場面は目撃されていなかったようだな……よかった。


「そんなワケで、信じ難いが、人間に変身できる動物は実在するらしい。もしかしたら、アンタらもそれなんじゃないかと思ってね」

「はははは! 随分とファンタジーな話をするなぁ! 面白い男だ! あーはっはっは!」


 ヤケになったように高笑いをするケリー。それは動揺を隠すために笑っているようにしか見えない。男が呟いた、「まぁその痴女は巨乳らしいからアンタじゃないだろうけど」という言葉にも気が付かないくらいには動揺しているようだ。


「もし俺がこの秘密を広めればアンタらはこの街で生活し難くなるよなぁ。注目の的になるし、人身売買組織に狙われるかもしれない。珍しい人種は高く売れるからなぁ。そうじゃなくとも、不気味な生物に物を売る商人もいないだろうし、ギルドも仕事を与えてくれないかもしれないから、食う物にも困るかもな。ま、大人しく俺のところに来れば――」


 ニヤけながら姉妹を脅す茶髪男だったが、彼の言葉に一切意識を向けることなく、ケリーはしばらく高笑いを続けていた。しかし、


「ジェイミー」


 突然、笑い声を止めてこちらに振り返るケリー。続けてジェイミーの手を取るなり、


「逃げるぞっ!」


 妹の手を引っ張り、玄関とは反対方向、つまり部屋の奥へと駆け出した。


「えっ!? ちょっ!? お姉ちゃん!?」


 急に手を引かれたジェイミーは転びそうになるが、なんとか踏ん張ってそれを耐える。そして姉に半ば引きずられるようにして部屋の奥へ引っ張られて行く。

 背後で茶髪男が叫ぶ声が聞こえるが、ケリーはそれを無視し、そのまま彼女の寝室へ。


「窓から飛び降りるぞ! 掴まれ!」

「えぇ!? きゃぁ!?」


 部屋に入るなり、ケリーは俺ごとジェイミーを抱きかかえ、窓を蹴破る。そのまま窓の淵に足をかけ、躊躇うことなく下へ飛び降りた。

 空を切り裂く音とジェイミーの悲鳴が混じり合う。落下の感覚で内蔵がひっくり返りそうな気分になる。

 一度ここから飛び降りた俺なら分かるが、二階か三階に部屋は位置しているため、そう簡単に飛び降れる高さではない。しかしケリーは、妹をお姫様抱っこのように抱いたまま容易く着地。さすがだ……。

 頭上では、窓から男達が下を覗き込んでいるが、飛び降りるのは不可能と判断し玄関方面へ戻ったのが見えた。


「このまま逃げるぞ!」

「逃げるってどこに……」

「分からん!」


 飛び降りた先は左右に道が続いた一本道。ジェイミーを抱いたまま走り出そうとするケリーだったが、周囲の様子に気がついて、その足を止める。

 囲まれていた。

 左右どちらにも十人ほどの男達が居て、道を塞いでいるのだ。しかも男達は皆、武装している。ある物は腰に剣を携え、ある物は背中に大きな斧を背負っている。統一性のない装備だが、たまたまここに居合わせた訳ではなさそうだ。

 彼らは突然空から降ってきた俺達に驚きながらも、ガチャガチャとやかましい音を立てながら武器を抜いて構える。


「何者だ! 貴様ら!」


 ケリーの問いに、武装集団は答えない。代わりに男達の向こうから、ゼェゼェと荒い呼吸の混じった声が返ってくる。


「俺の友達だよ。金で雇ったな。もしものために、宿の周囲を包囲しておいて正解だったぜ」


 茶髪男だ。宿の階段を降りてこちらまで回り込んできたのだろう。


「ヒヒヒ。逃げるってことは、図星だったようだなぁ?」


 男の言う通りだ。あの場面で逃げたと言うことは、彼の言うことが真実であると認めたということだ。逃げたのは失策だった。


「こりゃあとんでもない商材だぞ。こんな珍しい生物、人買いに高く売れるにちげぇねぇ。おい、お前たち。捕まえろ。怪我させるなよ」


 命令を受け、ジリジリと詰め寄る武装兵団。

 慌てて飛び出したため、ケリー達は武器など持ち合わせていない。


「チッ……」


 ケリーは抱えていたジェイミーを降ろし、拳を構える。しかし二十人もの武器を持つ相手、到底勝てるワケはない。

 ――ここは、俺の出番か。

 正直混乱している。まだ状況を飲み込めていない。ケリーとジェイミーが人間ではないなんて、信じられなかった。

 しかし、今は逃げることが先決だ。


「わん!」


 俺はジェイミーの腕から飛び出し、地面にちょこん、と着地する。


「ヌーちゃん!? 危ないよぅ!」


 慌てて俺を回収しようとするジェイミーだったが、その腕をかわして武器を持つ男の足元へ躍り出る。そして俺は威嚇するように、目の前の男に向かって吠える。


「キャンキャンキャン!!」


 が、思ったより可愛い鳴き声しか出なくて、あんまり威嚇にはならなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ