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第25わん 子犬はよく眠る


「わううううん!?」


 絶叫を上げながら飛び起きると、自分がベッドの上に居ることに気がついた。

 慌てて周囲を見渡す。

 木造の部屋。隙間から太陽の光が差し込むカーテン。白い空間ではない。


 ゆ、夢か……びっくりした……なんて夢を見るんだ……。心臓がバクバクしている……。

 ――三ヶ月。

 夢の中で、ジェイミー達の発したその言葉が脳に響く。

 なんとなく、それくらい眠っていた気がする。三ヶ月。もっと具体的に言うと、108日間くらい眠っていた気がする。

 だが、それは気のせいだ。実際に眠っていたのはほんの数時間だし、俺はこの世界に生まれてまだ五日しか経っていないハズだ。

 五日間……いろんなことがあったなぁ。


 犬になったことを始め、街角に捨てられ空腹で死にそうになったり、なんやかんやあってドラゴンと戦ったり、野良犬に絡まれたり。いろいろ苦労した。本当に苦労した。でも、その分嬉しいこともたくさんあった。


 捨てられていた俺のことを、ケリーとジェイミー姉妹が救ってくれて飼い主になってくれたこと。

 ダルシーが友達になってくれたこと。

 わんダフルランドとかいう場所に行けば、人間になれる可能性があることがわかったこと。それによって俺のこの世界での目的が決まったこと。

 それと、ジェイミーの身体をペロペロしたこと。ジェイミーの大きなお胸に身体を挟んでもらったこと。ジェイミーと一緒にお風呂に入ったこと。ジェイミーと一緒のベッドで眠ったこと。ジェイミーとケリーに首輪を繋がれて散歩をしたこと。ダルシーとペロペロじゃれ合ったこと。……おっといかんいかん。これじゃまるで俺が子犬の特権を活かしてエロいことばっかやっているみたいじゃないか。俺は至って健全な行為しかしていない。健全な犬だ。


 そういや風呂といえば、昨晩はケリーと一緒に風呂に入ったんだよなぁ。あれも嬉しい出来事の一つだ。

 ケリーとのお風呂…………あれ? 昨晩の記憶がない。ケリーと一緒に風呂場に行ったところまでは覚えているんだけど、その後の記憶がない。何があったのだろう……。ジェイミーと一緒に風呂に入ったときもそうだったが、俺は風呂に入ると記憶を失ってしまうのだろうか。


「くぅん?」


 不思議に思いながら、ぴょこんとジャンプしてベッドから床に飛び降りる。すると、自分の身体からハチミツの香りが匂ってくることに気がついた。ハチミツ――ダルシーと同じ、甘い香り。その匂いが、俺の身体に染みついている。それになんだろう……。なんだかやけに舌が疲れている。まるで長時間ペロペロと何かを舐め続けたかのような疲労感だ。

 ハチミツ……ペロペロ……うっ、思い出そうとすると頭が……。


「ヌー、いい加減起き――って、もう起きていたか」


 床に着地したと同時、扉が開かれケリーが部屋に入ってきた。

 反射的に、彼女の腹部に視線を移す。


「な、なんだ。人の腹をじっと見て……」


 よ、よかった。膨らんでない。いつも通り足が長く、全体的に細くてスラッとしたモデル体型のケリーだ。目尻のつり上がったエメラルドグリーンの瞳。クールで凛々しい雰囲気。さらさらとまっすぐ伸びる黄金の髪から香る、爽やかなシトラスの香り。いつものケリーだ。ただし今日に限っては、なぜか彼女の身体からもハチミツの甘い香りが漂っているのを感じる。……一体俺とケリーの身に何が起こったのだろうか。


「それにしても、人のベッドで随分と長い間眠っていたな」


 ここはケリーの部屋だったようだ。つまり、俺はケリーと一緒に風呂に入った後、彼女と一緒に眠っていたのか。くそ〜なんで記憶がないんだ……。


「本当によく眠っていたなぁ。あんまり長いこと眠っているものだから、ヌーのこと久しぶりに見た気がするよ。具体的に言うと三ヶ月くらい、もっと具体的に言うと108日ぶりに見た気がする」

「わ、わん?」


 ケリーが訳の分からないこと言うものだから、きょとんと首をかしげていると、


「何言ってるのお姉ちゃん! ヌーちゃんがそんなに長い間、具体的に言うと三ヶ月くらい、もっと具体的に言うと108日間も眠るわけないでしょっ! 実際に眠っていたのはたった数時間だよぅ!」


 ひょこっと、姉の背後から天使のような顔が覗いてきた。

 姉と同じく、宝石のように美しい黄金の髪とエメラルドグリーンの瞳。しかし姉とは対照的に、髪はふんわり毛先がカールしていて、瞳はパッチリと大きくて優しさに満ちている。

 そんな天使のように可愛らしいジェイミーは姉の前に躍り出ると、俺の脇腹に手を添えて抱き上げた。


「そうだよねー、ヌーちゃん! 108日間も寝るわけないよね〜」

「わんわん!」


 抱き上げられた際、チラリと視線を下に移してジェイミーの下腹部を確認。よし、膨らんでいない。やはり悪い夢だったのだ……。


「ヌーちゃ〜ん」


 愛おしそうに、すりすりっと頬を摺り寄せてくるジェイミー。彼女の柔らかい頬の感触と共に、心地の良いローズの香りが鼻に届く。

 お返しにペロっとジェイミーの頬を舐めると、彼女は嬉しそうに微笑んで、さらにお返しと言わんばかりに鼻にちゅっ、とキスをしてきた。

 うっひょぉぉぉぉぉ!! やっぱ子犬サイコォォォォォォ!! ……おっと、いかんいかん。これじゃまるで俺が子犬の特権を活かしてエロいことばっかやっているみたいじゃないか。俺はあくまで飼い主とじゃれ合っているだけだ。


「そうだな……。気のせいなのは分かっているが、なんとなくヌーが三ヶ月くらい眠っていた気がしたんだ」


 ジェイミーと俺の微笑ましいやり取りを、少し羨ましそうに見つめながら尚も訳の分からないことを言うケリー。


「たぶん私だけじゃなく、みんなもそう感じていると思うぞ」


 みんなって誰だよ!

 そんな姉の言葉に、ジェイミーは困ったように俺を見る。


「そっかぁ〜。じゃあとりあえず、みんなにごめんなさいしようか、ヌーちゃん」


 だからみんなって誰だよ!


「そうするべきだ。随分と長い間、具体的に言うと三ヶ月くらい、もっと具体的に言うと108日間音沙汰もなく眠っていたのは気のせいで、実際には数時間しか経っていないのだが、とりあえず謝っておこう」

「わ、わうん?」


 え〜……ふたりが何のことを言っているか分からないが、そこまで言うなら謝るよ……。

 まぁ確かに長い間、具体的に言うと三ヶ月くらい、もっと具体的に言うと108日間音沙汰もなく眠っていた気にさせてしまったのは申し訳なく思うからな。変な夢を見たのも、申し訳ないと思う気持ちがあるからだろうか。

 俺は精一杯の謝罪の意を込め、


「わんわん! わんわわわん! わぅ〜ん!」


 と、この上ない謝罪の言葉を述べる。

 こんなにも申し訳ないと思う気持ちを言葉で表したのだ。きっと『みんな』も許してくれるだろう。


「よくできました〜ヌーちゃん、えらいえらい」


 ご褒美のつもりか、ぎゅっ、とジェイミーが優しく俺の身体を抱き締める。身体の両脇から迫る柔らかい圧力。天国のような感触だ。


「わふぅ〜〜ん」


 いやぁ〜この感触。やはり素晴らしい。

 ジェイミーの大きな胸に挟まれるたびに、間抜けな鳴き声が漏れてしまって尻尾が勝手に揺れてしまう。


「えらい、ではなくエロいの間違いじゃないか?」


 そんな俺の様子を見て、ケリーが嫌味っぽく冷たい目で見てきた。


「え〜そんなことないよね〜? ヌーちゃん?」

「わん!」

「昨晩の事といい、ときどきヌーの中身は人間なんじゃないかって思うよ……」


 ポツリと呟くケリー。その言葉に俺はギクリと反応してしまったが、


「昨晩? 昨晩なにかあったの?」

「な、なにもない! なにもなかった!」


 という姉妹のやり取りのおかげで気がつかれることはなかった。


「そういえば、お風呂に空き瓶が落ちてたけど、あれなぁに?」

「し、知らん! 私はなにも知らないっ!!」


 ジェイミーの問い詰めに、ケリーの顔が爆発したように真っ赤になる。

 なんだこの反応……。空き瓶? 一体なにがあったのだろう……。


「それとお姉ちゃんもヌーちゃんも、なんだか甘い匂いがするよ? まるでハチミ――」

「うわああああああ!!」 


 突然のケリーの叫び声に、俺とジェイミーの身体が共にビクリと震えた。

 どうしたんだ急に叫び出して。俺がケリーを不思議そうに見ると同時、彼女も俺のことをチラリと見る。しかし目が合った瞬間、ケリーの顔がさらに真っ赤に燃え上がり、慌てて視線を逸らされた。

 な、なんなんだこの反応……。

 ケリーは俺を見ないように明後日の方向に視線を遣りながら、上擦った声で、


「そそそそ、そうだ! ヌーが久しぶりに、具体的に言うと三ヶ月くらい、もっと具体的に言うと108日間ぶりに目が覚めたことだし、散歩に行こうじゃないか!」


 そう言い残し、ダラダラと滝のように汗をかきながらげ玄関へ向かい始める。


「だからヌーちゃんはそんなに長い間、具体的に言うと三ヶ月くらい、もっと具体的に言うと108日間も眠ってないって! でも散歩に行くのはいい考えだねっ! いこういこう!」

「わんわん!」


 うっひょう散歩!

 ケリーの様子がおかしいのが気になるけど、今は散歩に行けるという期待感が上回った。俺は散歩がめちゃくちゃ大好きなのだ。


「わんわんわんわん!」

「うふふ、ヌーちゃんそんなに楽しみなの〜?」

「わん!」


 ふらふらと玄関へと進むケリーの後を、ジェイミーの谷間に挟まれながら着いていく。

 やがて一歩先に玄関扉に到着したケリーが、動揺に震える手で扉を開いた。

 しかし、扉を開けた瞬間。真っ赤なケリーの肌は一瞬にして元の白いものに戻り、動きが固まる。


「お姉ちゃん?」


 何事かとジェイミーと共に扉の外に目を向けると、すぐに原因が分かった。


「よう」


 佇む男。

 茶髪で、ニヤニヤと気持ちの悪い笑顔を貼り付けている男。


「貴様は……」

「随分と久しぶりだなぁ」


 俺を拉致し、荒野へと連れ去った男。


「本当に久し振りだ。具体的に言うと四ヶ月くらい、もっと具体的に言うと133日間ぶりだなぁ」

「何を言っているんだ? 貴様と会ったのは昨日ぶりだろう」

「そ、そういやそうだな……。あれ、おかしいな、具体的に言うと四ヶ月くらい、もっと具体的に言うと133日前に会った気がするんだけど……。そうか、会ったのは昨日だよな」


 そう。

 随分と昔、具体的に言うと四ヶ月くらい、もっと具体的に言うと133日前に俺達に絡んできて、俺がションベンで撃退した男が、そこに居た。実際に会ったのは昨日のことなんだけど。



本当に久しぶり、具体的に言うと三ヶ月くらい、もっと具体的に言うと108日間ぶりの更新でした……。

次回更新はこんなに時間空かないので、今後ともお付き合いよろしくお願いします!

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