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第23わん 『その犬可愛いっスね〜俺も犬好きなんスよ〜』とか言いながらナンパする奴は大抵犬好きじゃない

更新遅くなってすみません!


 アマンダさんのボール投げから開放された頃には、すっかり日が昇りきっていた。

 戦績としては、やはり犬としてのキャリアの差のためか、三回ほどしかボールをキャッチすることが出来なかった。一方でダルシーは五十回ほど、犬神に至っては百回ほどの勝利を収めている。ダルシーもかなり強かったが、やはり犬の神様には及ばないようだ。

 大敗を喫したが、彼女達に打ち勝ってボールをキャッチした時は、本当に嬉しかった。どれくらい嬉しかったかと言うと、嬉しすぎてオシッコが漏れそうになるくらいだ。危うくアマンダさんの店を大洪水にするところだった。

 ボール投げ、ホント楽しかったなぁ……。ぜひジェイミーやケリーと一緒にやりたいものだ。


『……ヌー、ほんとに散歩行かないの?』


 ボール投げを終え、ダルシー達は散歩に行くらしい。あんだけ走り回ったのによく体力が残っているなぁ。俺はもうヘロヘロだよ。


『いや、やめておくよ。そろそろジェイミー達が帰ってくるだろうし』


 時計がないので分からないが(あっても字が読めないが)、恐らくもう正午を回っているだろう。

 実際のところ、俺も物凄く散歩に行きたい。しかし体力的にも時間的にも、それは難しそうだ。ジェイミーの話では、姉妹は昼頃に帰ってくるとのことなので、そろそろ部屋に帰らないと脱走がバレてしまう。


「そうか、ならばわらわ達だけで行こう」

「楽しみねぇ〜!」


 アマンダさんの両手にはそれぞれリードが握られている。一本はレモンのような黄色いリードで、ダルシーの首輪に繋がっているものだ。

 そしてもう一方の紫色のリードが繋がっている先は、犬神だ。中学生くらいの女の子が四つん這いになり、首輪を巻いてリードを付け、アマンダさんがそれを引いている。非常にマズい光景だ。犯罪の香りがプンプンする。アマンダさん、捕まらないでくれよ……。


『……ヌー、またね』

「じゃあのー!」

「ばいばぁい、ヌー君」

「わんわん!」


 犬神、四つん這いで歩くの上手いなぁ……。楽しそうに駆けて行くダルシー達を見送り、俺は宿に戻ることにした。

 魔術用品店のある裏道から大通りに出て、通行人の邪魔にならぬよう道の端をてちてちと歩んで行く。道行く人々は可愛らしく歩む俺のことを微笑ましそうに見つめていた。


 それにしても、わんダフルランドかぁ……。ふざけた名前の場所だが、俺が人間に戻るにはそこに行く必要があるらしい。そしてそこにある黄金のヌプティヌ……を手に入れ、それを食べる必要があるのだ。

 人間に戻れるなら、是非わんダフルランドに行きたい。しかし果たして、俺の力で辿り着くことが出来るのだろうか?

 もしも行くなら、ダルシーが道案内をしてくれると言ってくれた。アマンダさんは店があるから行動を共にするのは難しいらしいが、ダルシーの同行に了承してくれている。だから、ただ行くだけなら問題ない。300ワオンとかいう謎の距離は、俺のチートステータスを以ってすれば何とかなると思う。


 でも、ジェイミーとケリーはどうする?

 せっかく彼女達のペットになれたのだ。離れ離れになりたくない。300ワオンを歩くのにどれくらい時間が掛かるか分からないが、そう簡単に往復出来る距離でもなさそうだ。俺がひとりで旅立てば、しばらくの間会えなくなるかもしれない。

 一緒に来てくれるだろうか? だが人語が話せない以上、彼女達にそれを伝えることが出来ない。

 うーん。まいったなぁ。アマンダさんに代わりに伝えてもらえばいいのだが、『ヌー君が人間になりたいらしいから一緒にわんダフルランドに行って』なんて言われたとして、ジェイミー達はどう思うだろう。彼女達は俺が人間になることを望むだろうか。というか、その時点で俺の中身が人間であることがバレる可能性もある。それは避けたい。気持ち悪がられて捨てられるのだけは嫌だ。

 なんとかして、全てが上手く行く方法はないだろうか。俺がジェイミー・ケリー姉妹のペットで居続け、尚かつ共にわんダフルランドに行く方法は……。


「……わん?」


 グルグルと混線しつつあった思考は、鼻に届いた二種類の香りによって遮られた。

 女の子らしいローズの甘い香りと、クールな印象を受ける爽やかなシトラスの香り。嗅ぎ慣れた心地の良い香りだ。

 一瞬で分かった。間違いなくジェイミーとケリーの香りだろう。それなりに人通りの多い街中で、二人の匂いを嗅ぎ分けることが出来るとは……。犬として成長してきたのだろうか。嬉しいような悲しいような……。

 ともかく、彼女達の匂いが近くにあるということは、もう任務から帰ってきたということだ。しかも匂いの強さ的に、かなり近くに居る。マズい。見つかる前に二人より先に帰らないと。


「わぅん!?」


 しかし、ダッシュで帰ろうとしたその矢先、俺の身体が宙に浮いた。地面から足が離れ、どんどん視線が高くなって行く。突然の出来事に混乱したが、誰かに抱き上げられたのだとすぐに気がついた。

 やべ、ケリー達に見つかって捕まってしまったか? っと一瞬焦ったが、


「ぐへ、見ろよ。この犬っころ」


 え?


「あれ? コイツ、昨日の犬だよな?」


 は?


「そうだ! よくも逃げてくれやがったな! このクソ犬! おかげでドラゴン狩り失敗しちまっただろーが!」


 ん?


「よし、連れてくか」


 うわあああ!?

 こいつら、きのう俺のことを拉致してドラゴンのエサにしようとした奴らじゃねーか! なんでこんなところに!? ってか、また捕まった!?

 二十代後半くらいの男四人組。うち一人の茶髪でチャラ男気味の男は俺のことを抱き抱え、他の男達はニタニタと気持ちの悪い笑顔で俺の顔を覗き込んでいる。うわっ! 息くさ! 体臭も臭い! それと抱き方ヘタ! もっと優しく抱けよコンチクショウ! ガッチリ逃げられぬようホールドしやがって! 痛いじゃねぇか!


「そういや、コイツになんて名前付けたっけ?」

「ポチ」


 ポチじゃねーよ! 俺にはヌプティヌ……っていうジェイミー達が付けてくれた名前があるんだ!

 うう、男に抱かれるの、気持ち悪いよぉ……。ジェイミーのフワフワボディが恋しいよぉ……。


「ひひひ、ラッキーだったな。また犬っころをゲット出来るなんて」

「ああ、こいつは使えるぜ」


 なんだ? 俺のことをどうするつもりだ? まさか、またドラゴンのエサに使うのか!? ドラゴンは俺が退治したぞ!


「よし! コイツを使って作戦を成功させるぞ!」

「おう!」

「行くぜオラァ!」

 

 な、なんだこの雰囲気? ただならぬ熱気とやる気だ。ドラゴン退治に行く時よりも迫力がある気がする。一体何を企んでいるんだ? 俺を使って、何かとんでもないことを仕出かすつもりなのでは……。まさか、犯罪とかするつもりじゃないだろうな!? やめろ、俺を巻き込むな!

 男達は俺を抱き抱えたまま、道を一直線に進んで行く。そして――


「こんにちは。おねーさん。犬、好きですか? よかったら一緒に散歩でもしませんか? ほら可愛いでしょう、この犬!」


 ナンパかよ!

 ナンパ企んでたのかコイツら!

 俺のことをナンパに使うんじゃねぇ!


「ほら、鳴け。可愛く鳴け」


 一人の男が小さく耳打ちしてくる。うるせぇ! 誰が協力するか!

 まったく、コイツらが企んでたのはナンパだったとは。ちょっと不安になって損したぜ。

 まぁ協力する気なんてさらさら無いけどな。前回は自分のポテンシャルを知らなかったので、あっさりと捕まってしまったが、今回は違う。正直、やろうと思えばこんな男の拘束、一瞬で逃れることが出来るだろう。ただ茶髪男は俺のことをガッチリ抱き締めているので、無理やり逃げようとしたときにヘタしたら爪が当たって、男の腕が千切れてしまうかもしれないけどな。ま、そうなったらゴメンな。

 だが、足に力を込め、爪を出し、男の腕から飛び出そうとしたその瞬間、


「ヌーちゃん!?」


 聞き慣れた、天使のような声が耳に届いた。声の出所は、男達のナンパの相手。


「ヌー。貴様、こんな所で何をしている……?」


 逃げることに集中していて気がつかなかったが、ナンパの相手はジェイミーとケリーだった。白銀の軽鎧(けいがい)姿のケリーと、緑色のワンピースのような服を着て黒いマントを羽織るジェイミー。ケリーは腰に直剣を、ジェイミーは背中に大きな杖を装備している。たった今任務から戻ってきたようだ。

 二人はナンパ男なんかには目もくれず、俺だけをじっと見つめている。ジェイミーの瞳には戸惑いが、ケリーの瞳には若干の怒りの色が窺えた。


 なんてこった! よりにもよってナンパ相手がケリー達とは! 脱走がバレてしまった! 男達の酷い体臭に紛れて姉妹の良い香りが消されてしまい、気がつけなかったようだ。


「貴様、何故外に居るんだ? 部屋の中で待っているよう言ったはずだぞ? まさか脱走したのか?」


 やばい。ケリーお姉ちゃんお怒りだ。ピクピクとこめかみに青筋を浮かべている。よし、ここは必殺! 可愛い困り顔!


「くぅぅぅん?」


 最高級に可愛い顔を作り、困ったように首を傾げて弱々しい声を上げてみる。


「ぐっ……! そ、そんな顔で誤摩化してもダメだぞぉ!」


 犬神には通じなかったこの顔は、ケリーに対しては効果抜群だ。しかめっ面だったケリーは一瞬で破顔し、口の端が痙攣して吊り上がりそうになっている。まったく。チョロいにもほどがあるぞ。


「こ、この犬、おねーさん達の犬なんですか?」


 気色の悪い表情のケリーに若干引きながら、ナンパ男達は俺に向けらた注意を再び自分達に戻そうと、会話に加わってきた。


「あ、ああ。そうです。失礼ですが、どうして貴方達がその子を連れているのでしょう?」

「迷子になってたのを拾って保護したんですよ」


 何が保護だ! 拉致してナンパの道具にしようとしただけじゃねーか!


「それはどうも。ありがとうございます」


 ケリーは軽く頭を下げ、茶髪男に向けて両手を差し出した。俺を受け取ろうとしているのだ。だが、男達は素直に渡すわけもなく、逆にケリーの腕から俺のことを遠ざけるような動きを見せた。


「おっと。保護したお礼と言っては何ですが、一緒に食事行きましょうよ」


 ナンパ続ける気かよコイツら……。


「すみません。食事は遠慮させてもらいます。その犬を返してもらえませんか?」


 はい撃沈。

 残念だったな。ケリーは俺にメロメロなのだ。他の男になんか興味ないんだよ。まぁケリーとジェイミーほどの美人姉妹、ナンパしたくなってしまうのも無理はない。でもお前らみたいなムサい男じゃ相手は勤まらんよ。俺みたいなキュートな(ワンコ)じゃないとな。


「そこをなんとか! ご飯だけでも! もちろん奢りますよ!」

「……行かないと言っているでしょう」


 諦め悪く食い下がる男達。ケリーの顔に苛立ちが浮かぶ。

 まったく、人のオンナ(飼い主)に手ぇ出しやがって。ほれ、フラれたならさっさと俺をケリーに渡してくれ。


「チッ、こうなったら仕方ねぇな」


 しかし、男達は俺をケリーに返すどころか、さらに彼女から遠ざけてしまう。そして俺を抱く茶髪の前に他の男達が割って入り、ケリー達との間に壁を作ってしまった。


「ひひっ。誰がタダで返すかよ」

「……なに?」

「返して欲しければ、一緒に来てもらうぜぇ?」


 紳士面していた男達がゲスい本性を出してきたぞ。彼らの顔に気持ちの悪いニタニタ笑顔が浮かんでくる。

 男達は、姉妹が一緒に来ないと俺を返さないつもりだ。それをケリーも察したのか、眉間にシワを寄せて男達を鋭く睨む。

 まいったな。自力で逃げられれば問題ないのだが、姉妹の前では腕を引き千切って逃げることが出来ないぞ……。


「ほれ、返してほしければ一緒に来いよ。なぁに、素直に着いてくれば悪い思いはさせねぇって」

「貴様ら……」


 舌打ちをして嫌悪感を露にするケリー。そんな姉に向け、今まで男達に怯えて影に隠れていたジェイミーが、ひっそりと耳打ちした。


「お姉ちゃん……」

「ん? どうした?」

「私、思ったんだけど……」


 小さな囁き声は男達には聞こていないようだが、犬の耳(ドッグイヤー)にはハッキリと聞こえていた。


「もしかして、あの人たち泥棒なんじゃないかな?」


 どうしたんだジェイミー、急に変なこと言い出して。しかし頓珍漢なジェイミーの言葉を聞いたケリーは、否定するどころか妙に納得したように頷いた。


「確かに……。ヌーが一人で部屋から出られるとは思えん……。まさか、あの男達は部屋に侵入して、ヌーを盗み出して来たのか!?」


 まてまて、変な推理するな。金品も取らずに犬だけ盗むとか、可愛い泥棒だなオイ。


「貴様ら……ヌーを、私たちの犬を、盗んだのだな……ッ!」


 ケリーは声を荒げ、鋭い視線で男達を睨む。確かに拉致されはしたが、こいつらは泥棒なんかしてないぞ。ってなに庇ってるんだ俺は。

 しかし、謂れの無い罪を着せられた男達は、それを否定もせず下品に高笑いをし始めた。


「ヒャハハハ! だったら何だぁ!? この犬を返して欲しければ俺達の言うこと聞いてもらうぜぇ!」


 いやいや! 否定しろよ! 何でノッてるんだよ!

 姉妹の勘違いを否定することなく、むしろそれに乗っかってくる男達。自ら悪役になっていくのは何故だ。


「そうか……。返さないと言うのならば、力づくで奪うまでだ!」


 下品に哄笑(こうしょう)する男に対し怒りを隠せない様子のケリーは、腰に差していた剣を抜き出した。白銀の刃が太陽光を反射し不気味に煌めく。

 なにこの展開ー!? ちょっと待てよケリー! なにやってんの!? 危ないから仕舞いなさい!


「貴様ら、何が望みだ? 金か?」


 両手で持つ剣を掲げ、威嚇するようにジリジリと男達に近づくケリー。あと数センチで彼女の間合いだ。おいおい。ここは街道のど真ん中だぞ。こんな所でバイオレンスな展開やめてくれよ。


「ひひひ、金なんかいらねぇ。分かってんだろ?」


 しかしナンパ男達は、武器を持つケリーに怯む様子を見せない。


「クヒヒ。欲しいのはアンタ達のカラダだよぉ!」

「ゲスめ。誰が――」


 その時、俺の喉元に冷たい物が当てられた。


「ヌーちゃん!」

「ヌー!」

「おおっと。それ以上近づくなよ?」


 ナイフか。コイツ、俺にナイフを突き付けている。

 正直、そんな物で俺のことを傷つけることが出来るとは思えないが、脅しには十分だ。ケリーは手にしていた剣を地面に落とし、ジェイミーも男に促されて背中に掛けていた杖を放棄した。


「ぐへへ、それでいい。俺達の言うことを聞いてもらおう」

「くそっ……」

「お姉ちゃん……」


 一気に形成逆転だ。武器を持たぬ彼女らは、ただのか弱い少女でしかない。


「そうだな……まずは、服を脱げ」


 おいおいおい。そんな白昼堂々。通行人もいるんだぞ。つか、通行人は何してるんだ? 女の子が絡まれてるんだから、助けろよ。

 俺の心の声を察したように、茶髪頭は答える。


「ちなみに、周りの助けなんか期待すんなよ? おねーさん旅人だから知らないかもしれないけど、俺ってこの街の領主の息子だからさ。この街の住人で俺に逆らえる人間なんていねーんだぜ」


 周囲に聞こえるような大声で言いながら、茶髪は通行人に目配せをする。視線を向けられた周囲の通行人達はさっと目を逸らし、絡まれている少女二人を見て見ぬ振りした。住民達の反応から察するに、この茶髪の言うことは本当のようで、権力を持つ彼に逆らうことは難しいらしい。親の七光りで威張っててムカツク奴だな……。


「……ゲスめが。ヌーを離せ!」

「ひゃははっ! だから俺達の言うことを素直に聞けば離してやるって! ほら、はやく服脱げよ!」

「くっ……」

「お姉ちゃん……」


 悔しそうに顔を怒りで歪めるケリーと、不安そうに姉の手を握るジェイミー。弱々しいそんな二人を、男達は気色悪くニタニタ見つめている。


「……わかった」


 数秒の沈黙の後、ケリーが小さく呟いた。止めようとするジェイミーを制止し、一歩前に出る。


「……服を脱げば、ヌーを返してくれるのだな」


 窮地に追い詰められながらも、ケリーは全く屈する様子を見せない。彼女は毅然とした態度で男達に向き合う。そして殺意の籠った瞳で男達を睨みつけつつ、ケリーは白銀の胸当ての留め具を外し、それを地面に放り投げた。金属が地面にぶつかる音が響く。

 胸当てを外し、ワイシャツのような服のみになったケリー。そこまで彼女は毅然とした態度を貫いていたが、シャツのボタンに手を掛けたところで、悔しそうに顔を曇らせた。

 しかしそんな彼女に対し、男達は、


「あーちがうちがう」

「アンタは脱がなくていい」

「貧乳に用はない」

「俺達が見たいのは妹の方だ」

「ふえぇ……わ、私……?」


 意を決してボタンを外そうとしたケリーを、手で払い除けるように追い返す男達。彼らは下品な視線をジェイミーにだけに注ぐ。ジェイミーは怯えて姉の影に隠れるが、姉の存在を無視し、男達の厭らしい視線は妹だけに向けられていた。


「き、きさまらぁぁあ〜〜〜!!!」


 顔が怒りの余り爆発しそうなくらい真っ赤になっているケリー。拳を潰れそうになるくらい握り、怒りで全身をピクピクと震えさせている。

 確かにケリーは超美人だが、その身体付きは悲しい程にスレンダーだ。俺としては、足が長くて引き締まった彼女はモデルのような体型で魅力的だと思うが、男達はジェイミーの大きな膨らみにしか興味がないようだ。


「ヌー、貴様もまた失礼なことを考えているだろう!」


 俺!? いやいや! 今は考えてねーよ!? 俺はただ、ケリーは男達に屈服させられて悔しそうに服を脱ぐ姿が似合うなー、って考えていただけだ! もちろん、本当に服を脱ぐことになる前に火を噴いてでも止めるつもりだった。今は貧乳のことなんか考えていなかったぞ!

 まったく、胸の話となると俺の心を読むんだから、ケリーお姉ちゃん恐ろしいよ……。


「貴様ら許さんぞぉ……ッ!」


 貴様『ら』って、俺は入ってないよね……?

 怒り心頭で怒髪が天を衝きそうなケリー。周囲の大気が彼女の怒りに呼応して、メラメラと燃えているような錯覚さえ覚える。

 しかしそこで、今にも殴り掛かりそうな姉の腕を、ジェイミーがぎゅっと握って制止させた。


「お、お姉ちゃん! 落ち着いて! そんなことよりヌーちゃんを助けないと!」

「そんなこと!?」


 ジェイミーの一声によって、ケリーの怒りの炎は一瞬で鎮火された。さすが妹。天然か意図してやったのか判断が難しいが、とにかく殴り掛かろうとする姉を制することが出来た。

 ジェイミーは姉を止める際に腕を抱き締めるような動作を取ったので、それによって妹の大きな胸の膨らみは姉の腕に食い込み、柔らかそうに形を崩した。その光景を見た男達は歓声を上げ、その一方でケリーは身を以て格差を突き付けられる。

 自分が鎧を外した時とは全く異なる男達のリアクション。そして腕から伝わる自分には無い柔らかさによって、ケリーの瞳からは光が消えてしまった。彼女は無言のまま、地面に投げ捨てた胸当てを拾い上げてそれを再び装着する。その際に小さな声で発した『あはは、装備しやすーい』という言葉が俺の心を抉った。あれ、なんだろう目から熱いものが……。


「ほら、早く脱げよ妹さん」


 もともと薄かったケリーの壁が戦意喪失によって完全に無くなったことにより、男達の厭らしい視線にジェイミーが晒される。


「あ、あのっ……えっと……私……」


 ジェイミーは泣きそうになりながら、オドオドと俺を見つめてくる。その弱々しい姿さえも、男達の加虐心をそそるのだろう。

 まずいぞ。ジェイミーを守らないと。でも俺は茶髪男にがっちり抱き締められて逃げることが出来ない。爪を立てて腕を切り裂けば逃げられるだろうが。ジェイミー達の前でそんなバイオレンスな光景を披露するワケにもいかない。

 こうなったら、ジェイミーを守るために奥の手を使うか……。


「ほら、脱げよぉ! この犬っころがどうなってもいいのかぁ?」


 喉元に押し付けられるナイフの切っ先。それを見たジェイミーは意を決したように服に手を掛ける。


「わかりました……ヌーちゃんを……守るためなら……」

「そうそう。それでいいんだよ」


 諦めたように項垂れるジェイミーを見て、男達は大きく歓声を上げる。

 待つんだジェイミー。まだ脱ぐのは早いぞ。

 俺は身体に力を込め、この場を穏便に済ます奥の手を発動させる準備を整える。

 そして、


「くぅぅん」

「ん? なんだ?」


 可愛らしい鳴き声を上げ、俺は奥の手を発動させた。

 食らえ、これが……俺の奥の手……ッ!


「うわあああ!? コイツ漏らしやがったぁぁぁぁぁ!!」

「わふぅぅぅん……」


 チョロチョロと茶髪男の身体を伝って行く黄金の液体。開放感が心地良い。

 アマンダさんとボール投げをしていた時から我慢していたのだ。それを全て、開放させるッ!


「きったねぇ! ふざけんな!」


 ゼロ距離で被害を被り、全身水浸しになった茶髪男は、耐えきれずに俺を抱き締めていた腕を緩めた。その隙を突き、俺は勢い良く茶髪の胸板を蹴り、宙にジャンプする。


「わんっ!」

「うわぁ!? 飛び散ってきた!」


 その衝撃により周囲に黄金水が飛び散り、他の男達にも被害を及ぼした。


「ヌーちゃん!」


 宙に飛び立った俺を、汚れることも顧みず、ジェイミーはその豊かな胸で受け止める。


「大丈夫だった? 怖かったね……よしよし」

「くぅん」


 あぁ〜。やっぱりジェイミーの腕の中が一番だぁ。

 甘い心地の良い香り。柔らかく身体を包む肉圧。ムサい男とは雲泥の差だ。


「クソッ! このクソ犬! ふざけやがって!」


 びしょ濡れになった男達は喚き立てながら、怒れる形相でジェイミーと俺に詰め寄って来る。怯えて後ずさりするジェイミーに向け、黄金の水を滴せる手を伸ばす茶髪の男。しかし、それはケリーによって阻まれる。


「それはこっちの台詞だ」

「お姉ちゃん!」


 どうやらケリーはショックから立ち直れたようだ。ジェイミーと俺を庇うように立ち、男達に対峙する姉の背中からは怒りのオーラがふつふつと湧き出ている。


「よくもやってくれたな」

「イテェェェェエェ! お、おれ、折れるぅ!」


 一見冷静な雰囲気の彼女だが、その手は万力のような圧力で茶髪男の腕を掴んでいる。男の腕からはギチギチと骨が軋む嫌な音が聞こえ、血が塞き止められた彼の手は紫色に変色していた。


「おぉい! 離してやってくれよ! 折れちまう!」

「悪かった! 俺達が悪かったから!」


 腕を掴まれ絶叫する茶髪を見かねた仲間が、ケリーに向けてペコペコと頭を下げてきた。

 ケリー、そんなに怒ってるのは俺のためだよな? 決して貧乳を馬鹿にされたからじゃないよな?


「ふんっ」


 ケリーは軽蔑するような視線を向け、乱雑に茶髪男の腕を離す。万力から開放された茶髪は、虫のような息でその場に倒れ来んだ。幸いにも腕がへし折れることがなかったようだが、痺れてしまってしばらく動きそうにもない。ケリー……なんて馬鹿力だ……。


「チクショウ! 覚えてろよ!」


 俺の黄金水にまみれ、さらにリーダー格の男が戦意喪失になったことにより、男達は尻尾を巻いて逃げ去って行った。

 わはは! ざまーみろ!

 周囲の通行人も俺と同じような気持ちのようで、ホッとしたような表情をしていたり、小さく拍手する者さえいた。住民は茶髪男に逆らうことが出来ないが、やはり嫌われていたようだ。


「ありがとうお姉ちゃん! 大丈夫?」

「ああ、私は平気だ。それより、お礼は私よりもヌーに言うべきだ」

「そうだね! ありがとう、ヌーちゃん」

「わん!」


 ジェイミーは優しく俺の額を撫でる。


「助かったぞ、ヌー。おかげで怪我をさせることもなく、穏便に済ますことができた」

「くぅん」


 続けてケリーも耳の付け根をくすぐるように掻き回してきた。

 ああ、気持ち良い……。やっぱりこの姉妹と離れ離れになりたくないなぁ……。どうにかして一緒にわんダフルランドに行けないだろうか。


「なぁ、ヌー?」

「わん?」


 ケリーは撫でるのを一旦止めると、やけに不気味な笑顔で俺に微笑みかけてきた。


「私が服を脱ごうとする時には何もしないで、ジェイミーが脱ごうとした途端に小便をしたのは、タイミングが悪かっただけだよなぁ?」

「わぅ〜ん?」


 そ、そうそう。タイミングが悪かっただけだよ。悔しそうに服を脱ぐケリーのことを尻尾をブンブン振り回しながら見ていた、なんて訳じゃないからな。

 とりあえず可愛い顔で誤摩化しておこう……。


「まぁいい。助けてもらったし気にしないでおこう。それにしても、領主の息子に逆らってしまって、私たちはもうこの街にいることが出来ないかもしれないなぁ」


 疲れたように呟くケリー。

 確かにあのクソ男のことだ。報復に来る可能性もあるだろう。



 でもまさか、すぐにケリーの言った通りになるとは、この時は考えもしなかった。



次回か次々回で第一章完結する予定です。

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