第22わん 人間に! 俺はなる!
え? 無理? 無理なの? 人間に戻るの無理なの?
犬神の言葉に、思考が止まった。頭の中が真っ白になって何も考えられない。
「……無理……なんですか? ……私にはスキル……くれたのに」
言いながらダルシーは、犬神にスキルを見せつけるように、人間の姿から犬の姿に戻ってみせた。
そうだ。ダルシーは犬神から擬人化スキルを授けて貰えた。だから、俺もスキルを貰えると思っていた。人に戻れると信じていたから、犬ライフをエンジョイし始めることが出来たのに。
スキルを貰えないとなると、俺は一生犬の姿のままなのか……? 絶望感が押し寄せる。
「ああ、無理と言うのは、今すぐには無理、ということじゃ」
……今すぐに?
つまり、一生無理というワケではないのか? なんだよビックリさせやがって。
『なら、いつならいいんだ?』
「人化スキルを与えるには、あるアイテムが必要なんじゃ」
『アイテム?』
人化させるためのアイテムだと?
俺が転生した時のように犬神が直接スキルを付与するのではなく、アイテムを使ってスキルを得るってことか。
「ダルシー、覚えとらんか? おぬしにスキルを与えた時のことを」
『……そういえば……犬神様に……何か食べ物を貰いました』
アイテムって食べ物なのか。それを食べれば人化スキルを手に入れることが出来るのかな?
『……そうだ……思い出した。……犬神様に貰った食べ物を食べて……人化スキルを手に入れたんだ。……たしか……黄金に輝く果実だった』
黄金の果実……。ファンタジーだな。
『俺もその果実を食べれば人化出来るのか!?』
「うむ。それを食べれば、どんな動物でも人化スキルを手に入れることが出来る。犬でも猫でも、何でもじゃ」
すげーな。悪魔みたいな力を持つ果実だ。
『……私が聞いた話だと……とある雪国で人化スキルを手に入れたトナカイもいるらしいよ』
おいおい。まさかその果実って、食べたら特殊能力を得られる代わりにカナヅチになって泳げなくなる、なんていう副作用ないよな?
「だから人化スキルが欲しいのならば、まずはその果実を手にいれる必要があるのじゃぞ、ヌョッパー」
『誰がヌョッパーだ!』
海賊王なんて大それた者になりたいとは思わないから、早く人間になりたいものだ。あ、そうだ。もし俺が擬人化できたら、ピンクの帽子を被ってみようかな。斬新で可愛いと思うぞ絶対。
『で、その黄金の果実ってのはどんな果実なんだ?』
人間になるにはその果実を手に入れる必要があるのならば、出来るだけ果実についての情報が欲しいところだ。
「その果実は……」
犬神は意味有りげな妖しい笑みを浮かべ、息をすーっと吸い込み、大きく言葉を発した。
「黄金のヌプティヌスヌクレドヌじゃ!」
黄金の俺!?
『……おいしかったなぁ……黄金のヌプティヌスヌクレドヌ』
ああ、リンゴのほうか。
要は黄金のリンゴってことね。
『……食べたいなぁ……ヌプティヌスヌクレドヌ……はぁはぁ』
なんで俺を見るんだダルシー。そしてなんで呼吸が荒いんだ。
うっとりと俺を見つめて舌舐めずりをするダルシー。そんな彼女は放っておいて、犬神に質問を続ける。
『そ、その黄金のヌプティヌ……は商店街とかで買えるか!?』
「幻の果実じゃ。そんなとこには売ってない」
ですよねー。そんな貴重な物が簡単に手に入るとは思えない。きっと訪れるのが困難な場所にあるのだろう。犬の俺が手に入れることが出来るのだろうか。
『じゃあどこにあるんだ!? 犬神、神様だろ? 瞬間移動とかして取ってこれないか? もしくは俺を黄金のヌプティヌ……がある場所に連れて行ってくれ!』
「嫌じゃ面倒くさい」
『そこをなんとか〜頼むよ〜』
神様なんだからそれくらい簡単だろう。
俺は最大級の可愛い顔を作り、くぅ〜んと愛らしく鳴き声を上げておねだりをしてみる。だけど犬神は一切うろたえる様子も見せず、首を横に振り続けた。
ちっ……ケリーなら速攻で落ちたんだけどなぁ。さすがにケリーのようにチョロくはないか。
「楽をしようとするな。自分で辿り着いてこそ、価値があるというものじゃ」
なんだよいきなり神様っぽいこと言い始めて。
くそ〜自分の手で探し出すしかないのか……。
『じゃあせめて場所だけ教えてくれ。どこにあるんだ?』
この異世界についての知識はほぼ無いに等しいので、ヒントもなく探し出すなんて不可能に近い。
すると犬神に代わって、荒い呼吸を正したダルシーが答えた。
『……あるのは……私の故郷』
ダルシーの故郷!?
ダルシーはこの街で生まれたワケじゃないのか。
『……私の故郷に……犬神様を祭る、いぬごっ……祠があるんだ』
いま犬小屋って言おうとしたよな?
「そうじゃ。わらわを祭るカッコいい祠の横に、大きなヌプティヌスヌクレドヌの木が生えておる。そこに数年に一度、黄金のヌプティヌスヌクレドヌが実るのじゃ! その黄金のヌプティヌスヌクレドヌに、わらわが神の力を込める! そしてそのヌプティヌスヌクレドヌを食べた者は、人化スキルを得る事が出来るのじゃ!」
ヌプヌプ、よく噛まずに言えるなぁ。俺はまだ完全に覚えていないっていうのに。って感心してる場合じゃないぞ。
『そのダルシーの故郷ってのは、ここからどれくらいなんだ? 遠いのか?』
『……そうだね……ここからざっと……300ワオンくらいかな』
ワオン!? なんだよそれ! この世界の距離の単位か!? なんとなくだけど、買い物ができそうな名前だ。
300ワオン……遠いのか近いのか分からないな……。
「うむ。そこにある島が、ダルシーの故郷じゃ。その名も――」
ダルシーの故郷、一体どんな名前なんだ。俺の名前みたいに無駄に長いものだと聞き逃す可能性があるからな。しっかり聞いて、その名前を覚えておかないと。俺は犬神の言葉に神経を集中させる。
「その名も、わんダフルランド!!!」
わんダフルランド!?
なんだその馬鹿っぽい名前! ――なんて言ったらまた犬神の怒りを買うから心の中にしまっておこう。まぁ覚えやすい名前で助かった。
「犬の犬による犬のための島! それがわんダフルランドじゃ!」
『犬ばっか住んでるのか?』
「そうじゃ。その島の住民は全員犬じゃ。わらわはそこで祭られておるのじゃ」
犬しかいない島……。犬が文明を築いているのだろうか。自分自身が犬になってから分かったが、犬は、この異世界だけかもしれないが、人間並みの知能がある。だから文明を築いていてもおかしくない。もしかしたら人間並みの社会が存在していたりして。犬の学校があり、犬の会社があり、犬が家を持って家族と暮らしている。……ケリーが見たら卒倒しそうだ。
『俺が人間になるには、そのわんダフルランドに行く必要があるってことか……』
「そうじゃ」
『はぁ。結構大変なんだな。「芸達者」は簡単に授けてくれたのに』
「あの時は転生させるついでじゃったからの。簡単だったのじゃ」
人間に戻るには、わんダフルランドに行く必要がある。
でも犬の俺がそこに辿り着けるのか? 俺のこの小さくて可愛い足で、300ワオンという謎の距離を歩くことが出来るのか?
「まぁ、協力してやらんワケでもない。わんダフルランドに着いたら今回のようにわらわを呼び出すがよい。そしたら黄金のヌプティヌスヌクレドヌに神の力を込めてやろう。向こうにもアマンダのように、わらわを召還できる者がおるハズじゃ」
「なぁに? 呼んだぁ?」
犬同士の会話に入れず、今まで退屈そうにあくびをしていたアマンダさんが、ここぞとばかりに犬神に抱きついてきた。
この人の他にも犬神を召還できる人が居るのか……。それにしても、なんでアマンダさんは犬神を召還できるのだろう。仮にも神様である犬神を呼べるのだから、アマンダさんは相当スゴい人物なのではないだろうか。
気になったので、ダルシーにこっそり聞いてみた。
『なぁ、アマンダさんって何者なんだ? なんで仮にも神様を召還できるんだ?』
「おい聞こえとるぞ。仮にも、とはなんじゃ」
ぷくぅっと頬を膨らませる犬神は放っておいて、ダルシーの言葉を待つ。
『……アマンダは……』
しかしダルシーの返答の前に、アマンダさんが割り込んできた。
「ふふふ。その顔は、私が何で仮にも神様な犬神ちゃんを召還できるのか知りたい顔ねぇ?」
「だから仮とはなんじゃ! わらわ舐められてる!?」
俺の表情からそれを読み取ったのか? スゲェ、一体何者なんだアマンダさん……。
「私はねぇ〜『犬神ちゃんを愛でる会』の会長なのよぉ〜!」
め、愛でる会!? なんだそのアホみたいな会は……。
予想外にくだらない言葉が出てきたので驚いたが、当の犬神は俺以上に驚いていた。
「愛でる会!? おいアマンダ!? 『犬神様を崇める会』ではなかったのか!?」
「そ、そうそう。崇める会よぉ〜。間違えちゃったわぁ」
表向きは『崇める会』を名乗っているが、本当は『愛でる会』なのか。
「会員はねぇ〜犬神ちゃんを召還できて、こんな風にナデナデすることができるのよぉ〜」
言いながら犬神に頬を擦り寄せ、頭をわしゃわしゃと撫で回すアマンダさん。犬神は破顔し、心地良さそうに喉を鳴らす。
「ふぁぁ〜やめんかぁぁ〜」
アマンダさんが神様を召還できるのは、もっとスゴイ理由があると思っていたが、まさか本当の理由はこんなくだらないものだったとは。
その会の規模は分からないが、『会』を名乗るくらいだから、他にも犬神を召還できる人は割と多いんじゃないか? きっとわんダフルランドにも愛でる会の会員がいるのだろう。会員になれば召還出来るとは……犬神、神様のくせに結構お手軽に呼べるんだな……。
『……あ』
アマンダさんと犬神がじゃれ会う中、ダルシーが小さく声を上げた。また犬神に嫉妬にしたのかなぁと思ったが、どうやら違うようだ。彼女は何かに気がついたように、ハッとした表情をしている。
『……わんダフルランドに行かなくても……人化スキルを手に入れる方法思いついた』
『なに!?』
おお! そんな方法あるならぜひ教えてもらいたい!
実際、俺がわんダフルランドに行くのは難しそうだからなぁ。
『……ヌーのユニークスキル……食べた相手のスキルを奪えるんでしょ?』
『ああ』
『……だったら、私を食べれば……』
ダルシーを食べるだって!?
確かに俺のユニークスキル『芸達者』は、食べた相手のスキルを奪える。現にドラゴンを食って『ドラゴン・ブレス』を手に入れた。
でも生きているの生物を食べるなんてエグい! グロい! 絶対嫌だわ! しかもダルシーを食うなんて出来るわけがない!
『いやいや、さすがにダルシーのこと食えないよ……』
『……でも食事的な意味じゃなく……性的な意味で食べれば……あるいは……』
『ねーよ!』
なにが、あるいは……だよ! 真面目な顔して何言ってるんだ! ありえねーだろ!
まったく。ダルシーは真面目に言ってるんだかふざけてるんだか分からないな。ダルシーを性的にも、もちろん物理的にも食べるのもナシだ。
……となると人間に戻るためには、やはりわんダフルランドとやらに行くしかないのか。
『……でも試してみる価値は……ある』
唐突にそんなことを言うダルシー。
突然彼女の身体が輝き、再び人間の姿に変化する。
褐色肌の全裸美少女になった彼女はそのまま、言葉で表現するのは憚れるようなポーズを取り、
「……私を……た・べ・て?」
と艶かしい表情で俺を見つめてきた。
うわあああ! なんて格好してるんだ!
とんでもないポーズに、俺は思わず目を背けてしまった。それに対し、じゃれ合っていたアマンダさんと犬神は、卑猥な格好のダルシーを見た瞬間、
「なんじゃ!? 交尾か!?」
「えっ!? 交尾するのぉ!?」
案の定反応する。そして手拍子をし、目を爛々と輝かせ、合唱を始めた。
「せーのっ、こーうーび! こーうーび!」
しつけぇぇぇぇえええええ! もうそのネタはやめろぉぉぉぉ!
「わんわんわんわん!!」
俺は毛を逆立て、怒りを込めて交尾コールをする二人に吠える。
「ヌー君、なんて言ってるのぉ?」
「『はやく人間の姿になって犬ダルシーと交尾したぁい』だそうじゃ」
「へ、へぇ……」
言ってねぇぇぇぇ!!
ドン引きしないで! アマンダさん!
アマンダさんは無理やりこの話題から話を逸らすように、わざとらしく手を叩いた。
「そ、そうだぁ! もうお話終わったのよねぇ? じゃあ皆で遊びましょうよぉ!」
俺としても交尾から話が変わるのは嬉しいが、なんだかなぁ……。
「むぅ。わらわは神じゃぞ! 神であるわらわと遊ぼうとは――ってそれは!」
遊びましょうという言葉を聞いて、威厳を保つためか偉そうに腕組みをし眉間にシワを寄せていた犬神。しかしアマンダさんが懐から取り出した物を見て、目付きが変わった。
「ふっふっふ〜」
ボールだ。
ニヤニヤと楽しそうに微笑むアマンダさんは、テニスボールくらいの大きさのボールを手にしていた。
あれか。ボールを投げて犬が取りに行く遊びか。
「わ、わらわはそんな物には釣られんぞぉ!」
とか言いつつ、犬神はチラチラとアマンダさんの方を盗み見ている。ソワソワと落ち着かない様子だ。
『……今は交尾の話……ボール遊びなんかしてる場合じゃない』
とか言いつつ、人間の姿から犬の姿に戻るダルシー。動き易さを優先させるためだろうか。彼女もアマンダさんが握るボールをキラキラと見つめている。
二人ともボールを見て様子が変わった。そんなに楽しいのか? アホらしいな。俺はやらないぞ。それよりも、わんダフルランドに行く方法について考えるんだ。
「よぉし! いくわよぉ〜。それぇ!」
だが、掛け声と共にボールが宙に投げられた瞬間、身体が勝手に動いた。
「わんわんわんわん!!!」
気がつくと、宙に舞うボールを無我夢中で追っていた。
な、なんだこれ!? 身体が勝手にボールを追いかけてしまう!
「ばぅばぅばぅばぅ!」
それはダルシーも同じようで、俺に並列してボールを追いかけている。ボールを追ってしまうのは犬の本能なのか。
「わんわんわんわん!!!」
あれ? なにこれ……楽しい! ボール追いかけるの、散歩より楽しいかも!
やばい! ボール取りたい! あのボールキャッチしてアマンダさんに褒められたい!
「わん!」
「ばぅ!」
ボールが地面に落ちる瞬間、俺とダルシーは勢い良く床を蹴ってボールに飛びかかった。
ほとんど同時だったが、俺の方が僅かに速い。
よしっ! このままボールをキャッチするんだ! 口を開き、ボールを確実に捕えるために力強く噛み付く。
しかし、ボールに噛み付こうとしたその瞬間、何かが球を搔っ攫っていった。
「ぬははははっ! 取ったぞっ! わらわが取ったぞぉ! わらわの勝ちじゃ!!」
俺がボールをキャッチしようとした寸でのところで、いきなり現れた犬神が手を伸ばして奪ったのだ。きっと神の力的な何かで瞬間移動してきたのだろう。くっそ〜! ズルい! ズルいぞ犬神!
「あまんだ〜!」
犬神、お前も本能には勝てなかったか。
犬神は心底嬉しそうに、アマンダさんの元へ駆け寄って行く。
悔しい! ボールを取れないことがこんなに悔しいとは! ダルシーも残念そうに、ガックリと項垂れていた。
「あらぁ〜。犬神ちゃん、えらいえらい〜」
「えへへ〜。わらわえらい〜もっと褒めるのじゃあ〜……ってコラ! 何をやらすんじゃ!」
アマンダさんの腕の中、嬉しそうに顔を綻ばせ尻尾をブンブン振り回していた犬神は、ふと我に返る。それを機に、俺とダルシーもボールの魔力から開放された。
「わらわは神じゃ! わらわで遊ぼうなど! 恐れ多いぞ!」
『……そうだ……今は交尾の時間。……遊んでいる暇なんかないよ』
『交尾じゃねぇよ! わんダフルランドに行く方法を考えるんだ!』
わんわんばうばうと、俺とダルシーは抗議する。しかしそんな犬達を無視し、ひとり楽しそうなアマンダさんは再びボールを振りかざした。
「そぉれもう一回!」
そして宙に舞い上がり弧を描くボール。
それが視界に入った瞬間、俺達は猛スピードで追いかけていく。
ああもう! 身体が勝手に!!
「わんわんわんわん!」
「ばぅばぅばぅばぅ!」
「まてーい! わらわが取るんじゃ〜!」
宙に舞うボールを追いながら、俺は心の中で決心した。
俺は、わんダフルランドに行く。
たとえ300ワオンがどれだけ遠くても。
そこで黄金のヌプティヌ……を食べるんだ。
そして、人間に! 俺はなる!
これが、この世界での、俺の第一目標だ。
――そんなことを考えながら、ボール投げはそのまま数時間続き、本能に逆らえない犬達はアマンダさんに弄ばれ続けた。




