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第1わん なんか新しい身体、めっちゃハイハイしやすい


「おはよう〜ママでちゅよ〜」


 可愛らしい声が聞こえ、目が醒めた。

 ゆっくりと目を広げると、俺を覗き込むように見ている顔が、視界に入る。

 目映い光で目が眩んで良く見えないが、声から察するに、まだ若い少女のようだ。


「よしよ〜し。良い子良い子〜」


 少女の手が、頭を優しく撫でる。

 そうか……俺はマジで転生したんだな。

 となると、ここは異世界。俺は赤ん坊で、この少女は俺の母親だろう。まだ光に目が慣れないので顔は良く見えないが、雰囲気と声から察するに、十四、五歳といったところか。こんなにも若いのに母親とは驚きだが、この世界では普通なのかもしれない。


「寒くないでちゅか〜?」


 暖かい。そして柔らかい。

 毛布に包まれて、抱かれているようだ。

 頬に、ぷにぷにと柔らかい感触が当たる。

 これは……パイオツじゃないか! うおお! ラッキー! しかもかなりデカい!

 俺は赤ん坊の特権を活かして、少女のおっぱいに頬をすり寄せる。


「うふふ、甘えん坊でちゅね〜」


 うへへ〜赤ちゃん最高〜。若い女の子のおっぱいに頬ずりしても怒られないなんて。

 いやしかし、こんな素敵な母ちゃんの元に生まれて、新しい人生に期待が膨らむな! 魔法とかがある世界らしいし、楽しみだ。なによりも、犬神に貰った能力! これがあれば俺は勇者になれる!

 既に言語理解能力というのが発動しているようで、少女の言っていることは容易く理解できた。これなら言葉に困ることはないだろう。よーし、俺はこの世界で勇者として名を轟かすぞ〜!


 俺がそんな思いに浸っていると、俺を抱いていた少女はふと何かを思い出したかのように、ハッと顔を上げた。


「あ、そういえば、名前まだ決めてなかったな……。どうしようかな、うーん」


 お、名前かー。これはかなり大事だぞ。なんたって俺はこの異世界で勇者となってその名を轟かすのだから! 勇者っぽい名前つけてくれよ〜?

 

「うーん……決めた!」


 おぉ? 意外とあっさり決めたな。もっと悩まなくていいのか?

 まぁいい。聞こうじゃないか。一体俺の名前はどうなるのだろう……?


「キミの名前は――」


 俺の名前は……?


「ポチ!」


 ポチ!?


「えへへ〜ポチ〜」


 いやいや! ポチって! んな犬みたいな名前、自分の子どもに付けんなよ! もっとカッコいい名前にしてくれ!

 ――いや、待てよ。もしかしてこの世界では、これが普通の名前なのかも。俺の元居た世界と常識は異なるはずだ。だから、名前の付け方だって違ってくる。そうだ。そうに違いない。きっとこの世界では、ポチという名は結構イケてる名前なんだろう。


「ポチ〜」


 少女は嬉しそうに、俺の頭を撫でる。ポチという名前が気に入ったようだ。

 そうだよな! 自分の子どもに犬みたいな名前付けたりしないよな! きっとこの世界ではめちゃくちゃカッコいい名前を付けてくれたに違いない!


 よーし、そうとなれば、俺は今日からポチだ! 天才赤ちゃんのポチだ!

 あっ! そうだ! 天才であることの証明として、いきなり喋ってみようかな?

 某お釈迦様は生まれてすぐに『天上天下唯我独尊』と言ったそうだ。俺はそんな大層なことは言わないが、何か喋って新しい母ちゃんを驚かせてみよう。そうだ、『ママ』なんて言ってみれば、きっと喜ぶぞ〜。


「……ぅ……ぅ」


 さっそく声を出そうと心みたが、声帯がまだ発達していないせいか、うまく声が出ない。


「ん〜? どうちたんでちゅか〜? ポチ〜?」

「……ぅ……ぅう……ぅわ……わ……」


 それでも必死に声を絞り出すと、徐々に声が出て来た。

 よ〜し! 言うぞ〜! 『ママ』って言っちゃうぞ〜!

 せーのっ



「わん!」



 突如、動物の鳴き声のようなものが部屋に響いた。


 ――え? 今の、俺の声? はぁ? まるで犬の鳴き声じゃないか!

 いや、聞き間違えだろう。俺の口から犬の鳴き声が出る訳がない。よし、もう一回! 今度は『ママァ〜』と甘えるように、可愛らしく言ってみよう。

 せーのっ



「くぅ〜ん」



 今度は、動物が甘えるような声が響いた。

 え? なんで? なんで犬みたいな声が出るの? 意味分かんない。


「あ、もしかしてお腹すいたんでちゅか〜?」


 犬のように鳴いたにも関わらず、少女は動じた様子はない。それはつまり、俺は何もおかしなことはしていないということだ。

 なるほど、この世界の赤ちゃんは『ばぶー』ではなく『わん』とか『くぅ〜ん』と鳴くようだ。ここら辺も俺の元居た世界とは違うらしい。


 ってか言われて気がついたけど、確かに腹減ったな。何か食べたい。でも赤ちゃんといえば、ミルクとかかな。うーん。肉食いたい。肉。

 ……ハッ! そうか! 俺はこの子の赤ちゃんなのだから、このおっぱいを飲むことになるんじゃないか! うおお! 最高だ! こんな素晴らしいおっぱいを吸えるなんて! 赤ちゃん最高! さぁ! 早く俺にそのおっぱいを吸わせてくれ!


 しかし、俺の期待とは裏腹に、少女は抱いていた俺を床に降ろした。


「今エサ持ってくるから、少し待っててね〜」


 そう言い残し、少女は駆け足で部屋を出て行く。

 なーんだ。残念。おっぱいは吸えないか……。まぁまだ若いから、母乳が出ないのかもしれないな。

 ってか今、エサって言ったか!? ご飯って言えよ!


 まぁいい。あの子が帰ってくるまで大人しく待っていよう。

 それにしても、さっきから気になっていたんだけど、視界の下の方に、常に何かが見える。茶色く細長いもので、先っぽが黒い。俺が顔を動かすと一緒になって着いてくるから、俺の顔にくっ付いているようだ。なんだろうこれ?


「おまたせ〜」


 お、帰ってきた。このことは後で考えよう。

 とりあえず今はメシだ。腹減った〜。

 おっぱいを吸えないのは残念だったが、若い少女に抱かれて哺乳瓶を飲ませてもらうのも、悪くないかもしれない。俺の元居た世界のどこぞのお店じゃ、お金かかりそうなことだしな。

 だけど、少女は俺のことを抱き上げることはなかった。代わりに、コトン、と何かを床に置く。あれ? 哺乳瓶じゃないの?


「はいどうぞ〜」


 床に置かれたものは、皿だった。

 ミルクが並々に注がれた、皿だ。


 ハァァァアア!?!? 舐めろと!? このミルクを舐めろと言いたいのか!?

 さっきからこの子、自分の子どものことペット扱いしてないか!?

 鬼畜! 俺の新しい母ちゃん鬼畜だよ! どこの世界に自分の赤ちゃんを床に這い蹲らせて、皿に注がれたミルクを舐めて飲ませる親がいるんだ!


 ――いや、どこの世界も何も、ここは異世界だ。この世界ではこれが普通なんだきっと。こんな優しそうで可愛らしい俺の母ちゃんが、鬼畜なわけない。

 そうだ、これはこの世界じゃ普通なのだ。これから理解出来ないようなことをされても、『この世界では普通』と思い込むことにしよう。じゃなきゃ頭がおかしくなりそうだ。


「あ、そうだ。後で首輪付けてあげるね〜」


 首輪!? 赤ちゃんに首輪付けんの!? ヤベェぞこの子!

 いや、落ち着け。これも『この世界では普通』なんだろう。


 と、そのとき、突然部屋の扉がノックされた。扉の向こうから、女性の声が聞こえる。


「ちょっとセリーナ? あなた急に牛乳なんか持って行ってどうしたのよ?」

「お母さん!? え、えっと。急に飲みたくなっちゃって……」


 どうやら、俺の母親の母親。つまりおばあちゃんのようだ。

 そして俺の母親はセリーナというらしい。うん? そんなオシャレな名前してるなら、『ポチ』なんて付けないでくれない? 俺にもオシャレな名前付けてくれない?


「部屋で零さないでよ」

「わ、わかってるよ〜」

「じゃあ。お母さん買い物行ってくるわね」

「はーい」


 そう言って、おばあちゃんの足音は扉から離れて行った。

 息を潜めるようにしてそれを聞いていた俺の母ちゃん――セリーナは、足音が聞こえなくなると、ほっと息を大きく吐いた。


「お母さんにバレないかヒヤヒヤしたよ〜」


 えっ!? この子、俺のこと自分のお母さんに内緒で生んだのか!? さっきからこの子いろいろヤバくない!?

 いや、『この世界では普通』なんだな、きっと……。


「拾ったの、お母さんにバレないようにしないと……」


 えぇ!? ちょ、ちょっと待って!? 俺、拾われたの!? この子が本当の母親じゃないのか!?

 なんか俺の第二の人生、いきなり複雑なんですけど!?


「ほらポチ〜。エサでちゅよ〜」


 だからエサ言うな!

 少女に促され、仕方なく俺は皿のところまでハイハイをした。おお、この新しい身体、めっちゃハイハイしやすい。まるで四足歩行しているような感じで、めっちゃ動きやすい。

 やっぱり俺、天才なのかもな〜。こんなハイハイでも才能が溢れ出てくるとは。


「はいどうぞ〜」


 動物みたいに皿を舐めるのは気が進まないが、仕方ない。皿まで到達した俺は、ミルクを舐めるために皿を覗き込んだ。相変わらず顔にくっ付いてるこの茶色い物体が邪魔だが。

 しかし、そこに映り込んだ姿を見て、思考が止まった。



 犬。



 透き通るような純白の水面に映っている姿は、犬。

 クリっとしたつぶらな瞳。顔の中央から前に飛び出している可愛らしい鼻。頭の上にぴょこんと付いている小さな耳。

 もっふとした茶色い毛は、ふわふわで触り心地が良さそうだ。


 どう見ても、犬。ドッグ。ワンちゃん。わんわん。


 え? なにこれ? どゆこと?

 なんで、ミルクに犬の顔が移ってるの?

 え? これ、俺? 俺なの? この犬、俺?


「ポチ〜。エサ食べたら、ママが首輪付けてあげまちゅね〜。あ、でもあんまり鳴かないでね? お母さんに拾ったのバレたら怒られるから。うちペット禁止だからさ〜」


 俺に言っている。

 あたかもペットに話しかかるようなその言葉は、俺に向けられたものだ。

 繋がった。全て繋がった。少女の今までの言動。ポチ。エサ。首輪。皿に注がれたミルク。拾って来た。ペット。

 そして、


「わん」


 自分の口から出てくるこの鳴き声。



 ――どうやら俺は、犬に転生しちまったらしい。


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