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第14わん 犬のケンカって結構エグいよね


 一本道の路地裏。

 レンガ造りの建物が両脇に軒を連ねており、夕焼けの光を遮っている。そんな薄暗い道に集結する、三十匹はくだらないであろう犬の大群。そいつらは俺とアニキを取り囲んで、逃げ場を塞いでいる。


「ワンワン!」

「ガウガウ!」

「ワオーン!」


 アニキの代わりに俺が吠えた後、一瞬だけ静寂が生まれたのだが、すぐに周囲の犬達がやかましく吠え始めた。

 楽しそうに鳴き声を奏でるこの集団を人間が見ると、『ワンコの集会かな?』と思わず微笑んでしまいそうな光景かもしれないが、実際のところはそんなことない。この鳴き声は、耳からは犬の可愛い鳴き声に聞こえる。しかしその意味は、


『殺れー!』

『ぶっ殺せー!』

『やっちまえー!』


 といったように、中々バイオレンスな内容だからである。

 そんな群衆に囲まれ、俺と一匹のブルドッグは向かい合っていた。


『よーし、もう一回聞くぞ? これで三回目だ。次はちゃんと答えろよ? お前の名前は?』


 俺はもう一度頭の中でステータスを確認し、ゆっくり、そしてハッキリと発音する。


『俺の名前は、ヌ……ヌプ……ヌプティスヌクレドヌだ!』


 よっしゃ言えた! 三回目にしてようやく噛まずに言えた!

 まったく。名乗るのにも苦労するぜ……。


『ヌプティスヌクレドヌ……』


 俺が苦労して発したその言葉を、ブルドッグは噛む事なく滑らかに復唱する。それに続き、


『ヌプティスヌクレドヌ?』

『ヌプティスヌクレドヌだって?』

『可愛いあいつの名前は、ヌプティスヌクレドヌって言うのか』


 周囲の犬どもも口々に俺の名前を復唱し、ざわめきだした。

 なんでみんなそんなにスラスラ発音できるの? 俺三回も噛んだけど? 俺の滑舌が悪いの? ってかちゃんと言えたはいいものの、アニキの名前を馬鹿にするような連中だ。俺の名前も馬鹿にされそうだな。なんて思っていたが、


『ヌプティスヌクレドヌ……なかなか可愛い名前してるじゃねぇか』

『いい名前だな、ヌプティスヌクレドヌ』

『ヌプティスヌクレドヌ……見た目と同じく可愛くて、そして美味しそうな名前だ。食べちゃいたいぜ』


 意外と好評なようだ。そんないい名前か? 一匹変なのが混じっているのは無視するとして、みんな名前のセンスないなぁ。アニキの†暗い夜の堕天使†ダークナイト・ルシファーって名前のが百倍良い名前なのに。

 周囲が可愛い俺を愛でるムードになりつつある中、目の前のブルドッグが鋭い視線で俺を睨む。


『名前が可愛いとか関係ねぇよ。お前、ダルシーの味方すんのか?』

『ああ。そうだ。俺はアニキの味方だ』

『……ヌー』


 アニキは俺の横に並び、嬉しさと申し訳なさが混じったような複雑な表情で俺を見てきたが、『大丈夫ッスよ』と微笑みで返した。

 そんな様子を見ていたブルドッグは、首を傾げる。


『お前、さっきからアニキアニキって、なんでアニキなんだ?』

『そりゃアニキの弟子だからな』

『そうじゃなくて、ダルシーは……。いや、そんなことどうでもいいな。ダルシーの味方すんならチビでも容赦しねぇぞ』


 さらに視線を鋭くするブルドッグ。それにしても、何故アニキはこんなにもコイツらに恨まれているのだろうか。アニキは悪い人……もとい悪い犬とは思えない。でも、俺が知らないだけで本当はとんでもないワルとか……? これほどの大群に恨まれているのだから、何か余程のことをやらかしたのだろう。気になった俺は、ブルドッグに聞いてみることにした。


『お前ら、なんでそんなにアニキを恨んでるんだ?』

『そりゃあ調子に乗ってるからな』

『具体的にアニキが何かしたのか?』

『そうだな。例えば俺らがお前みたいなガキに野生の厳しさを教えてやろうとすると、毎回邪魔してくんだよ。サイコーにムカつくぜ』


 完全に逆恨みじゃねーか!

 つまりアニキは、コイツらに絡まれたさっきの俺みたいな犬を助けているだけで、コイツらはそれを邪魔されて逆恨みしているだけか。なんだ、やっぱりアニキは良い奴じゃん!


『それと、ダルシーに求婚してこっぴどくフラれた奴らもここに大勢いる』


 それも完全に逆恨みじゃねーか! フラれて恨むとかストーカーかよ! 怖いわ!

 ……てかここに居る犬、ほとんどがオスだと思うんだけど、アニキに求婚しただと? 嘘だろオイ。いや待て、俺が気がつかないだけで、意外とメス犬が混ざっているのかも。でも目の前のブルドッグは絶対オスだ。もしかしてコイツも……。いや、まさかな。


『ち、ちなみにお前は……』

『ああ。俺も求婚したぜ。だけど俺の愛を、こいつはキッパリと切り捨てやがった! ヒデぇ話だよなぁ!』


 マジかよ! もしかして『BL・ドッグ』ってそういうこと!?


『……私……意外とモテる』


 得意気に言うけど、それでいいんすかアニキ……。


『チッ、すっかり無駄話しちまったな。お前、ダルシーの味方すんなら俺らにボコられても文句言えないよなぁ?』


 ブルドッグが俺に詰め寄ろうとするが、間髪入れずにアニキが守るように割り込んでくる。


『……お前達の相手は私。……この子は関係ない。……ヌーは危ないから……私の影に隠れて』


 しかし、アニキがどれだけ強いか知らないが、流石に三十匹を相手にするのは厳しいだろう。たとえ勝てたとしても、怪我は避けられない。やっぱり俺が穏便に済ますしかないな。


『アニキ、ここは俺に任せてくださいよ』

『……でも』

『まぁ見ててください』


 俺は心配するアニキの後ろから出て、再びブルドッグに向き合った。ブルドッグはしわくちゃの顔をニヤっと歪ませて、鋭い牙を剥き出しにする。


『いい度胸じゃねぇか。覚悟はできてんだよなぁ?』

『まぁ待てよ。ケンカする前に、ちょっと俺の「芸」見てみない?』

『はぁ? 芸? なんだ? お手でもやんのか? ナメてんじゃねーぞ!』


 ブルドッグが凄むと、それに応じて周囲の犬もグルル……と低く唸り、臨戦態勢に入った。今にも飛びかかってきそうな雰囲気だ。獲物を狙うような鋭い視線が、八方から突き刺さるのを感じる。

 そんな視線に構わず、俺は空気をすぅ、と大きく吸い込んだ。小さな肺いっぱいに酸素を溜める。その行動を、アニキを含めた全員が不思議そうに見ていた。


『おい、何やって……』


 ブルドッグが疑問の声を言い終わる前に、俺は天を見上げた。そして肺に溜まった空気を、虚空に向かって思い切り吹き出す。


『は?』


 一瞬、間抜けな声が聞こえた。しかし、それはゴウゴウという音に掻き消される。

 その音の正体は、炎。

 俺の可愛い口から天に向かって放たれる炎だ。

 ――ドラゴン・ブレス。

 それは渦を巻きながら、空に向かって駆け上る。それに伴って、ジリジリとした熱気が周囲を支配する。建物の隙間から見えるわずかな空は、一瞬にして真っ赤に染め上げられた。暗い路地を深紅の光が照らす。その光に照らされ、犬どものポカーンと間抜けな顔が良く見えた。俺の口から放たれる竜の息吹に絶句しているようだ。


『ふぅ』


 肺の酸素をある程度吐き出し、俺は口を閉じた。それによって天を覆う炎が消え、光を失った路地は再び薄暗くなる。熱源がなくなったことにより、少し肌寒く感じるような気がした。

 ……しかしまぁ、やっぱりチート級のスキルだな。ドラゴンとの戦闘でだいぶコツを掴んだものの、自分でもこの火力にビックリだ。……周囲の家がレンガ造りでよかった。あんまり考えなしに火を吹いたから、木造だったら燃え移ってしまうところだった。


 犬どもは石のように固まり、呆然と俺を見ている。無理もない。小さくて可愛い犬っころの口から、えげつない火炎放射が放たれたのだから。ダルシーのアニキも、目を見開いて俺を見ていた。

 張りつめる静寂の中、ブルドッグが震える声を絞り出すように吠える。


『お、お前……なんだよそのスキル……? なんなんだよお前!』


 てっきり化け物とでも言われるかと思っていたが、ちゃんとスキルと解釈されるようだ。ってことは、珍しいにしても、スキルを持つ犬は他にも居るってことか。

 ま、コイツらにこのスキルのことを教える気はないけどな。俺は震えるブルドッグ達に向け、黒い笑みを浮かべる。


『なぁ知ってるか? ドラゴンの肉って、焼くと旨いんだぜ?』

『え、ドラ……?』

『……焼き犬って、旨いのかなぁ?』


 俺が可愛く呟いた声が、静まり返った路地に響く。その瞬間、


「きゃんきゃん!」

「くぅうん!」


 周囲の犬が、情けない鳴き声を上げながら一斉に動いた。走って逃げ去るものかと思ったが、どうやら違うようだ。その場に留まり、背中を地面に付けて寝転がり始める。腹を天に向け、弱々しく仰向けになったのだ。

 一瞬その行動の意味が分からなかったが、すぐに理解が追いついた。

 これは……服従のポーズか!


「くぅぅぅん」

「きゃぅぅん」

「わぅぅぅん」


 俺とアニキを中心にして、仰向けに寝転がる三十匹余りの犬。先ほどまでの威勢はどこへ行ったのか、色素の薄い毛で覆われている腹を晒していた。完全に降伏しているようだ。

 この状況は人間が見ると『ワンコのお昼寝大会かな?』と思わず悶絶してしまいそうな微笑ましい光景かもしれないが、実際のところはそんなことない。この鳴き声も、耳からは犬の可愛い鳴き声に聞こえるが、その意味は、


『へへっ。ヌーのダンナぁ』

『ダンナ、すごいスキルをお持ちでやんすねぇ。マジすごいっすわぁ』

『ヌーのダンナぁ、俺の身体、好きなようにしていいッスよぉ』


 というような胡麻スリスリな下劣な内容だからである。

 ……なにこの手の平の返し様。身体と共に、180度一気に手の平を返してきた。それとさっきから一匹だけ変なの混じってるぞ。

 勝てない相手と分かった瞬間、服従ポーズ。ここら辺はさすが犬、と言うべきか。予想外の展開に戸惑う俺に、アニキが静かな声で耳打ちしてきた。

 

『……ヌー、コイツらは……キミをボスと認めたようだよ』

『ハァ!? ボス!?』

『……うん……服従させたからね』


 ボスだって!? いやいや! そんなのいいから! しかもこんな変な犬どものボスとか!


『……なにか命令してみれば?』


 命令って言ったって……。俺はさっきまで美少女の飼い主に命令されて喜んでいた生粋の犬だぞ? いきなり命令しろって、何を言えばいいんだ? まぁせっかくだし適当にやってみるか。


『えーと、お前ら?』

『は、はい!』

『なんでしょうダンナ!?』


 俺の声にビクっと反応し、波打つように揺れる三十匹の群衆。火を噴いたことによって、恐れられる存在となったようだ。震える犬どもに、俺は適当に命令してみる。


『お座り』

「「「ワン!!!」」」


 俺の一声で、一斉に吠え、一斉に動く犬の集団。仰向けの状態から一気に起き上がり、キレイなお座りを形成する。俺を中心に広がるお座りの整列は物凄い光景だ。ケリーが見たらニヤニヤで顔面が崩壊しそうだなぁ。


『あ、アニキはやらなくていいんですよ?』

『……なんとなく』


 アニキまで俺の命令を聞くとは、なんとも複雑だ。だけど大勢の犬を命令して動かしてみると、意外と悪い気分ではないことに気がついた。続けて俺は命令する。


『伏せ!』

「「「ワン!!!」」」


 おお、すごい。統率が取れた軍隊のような動きだ。さすが犬。いや、だからアニキはやらなくていいのに……。

 それにしても周囲が俺に向けて伏せをするものだから、まるで俺を崇めているような光景だ。ふははは。犬どもよ、俺に平伏すがいい。

 調子に乗った俺は、もう一回命令して遊ぶことにした。脳内に保存したケリーの声を再生しながら、次の命令を下す。


『チンチン!』

「「「ワン!!!」」」


 伏せの状態から一気に立ち上がる犬の集団。俺に股間を向ける犬の大群。……これはあんまり良い光景ではないな。一匹だけやけに息が荒い犬が混じっているのは、見なかったことにしよう。

 立ち上がる犬の集団の一方で、アニキだけはなぜか伏せのままだ。チンチンをするのが嫌なのだろうか。何故だか恥ずかしそうにするアニキ。彼は俺と目が合うと、『……無いよ』と小さく呟いた。……なにが?

 まぁいいや。いつまでも犬に命令して遊ぶわけにもいかないので、ここら辺にしておこう。俺は犬どもに向け、最後の命令を下す。


『よーし、お前ら。今日は解散! 帰れ!』

「「「ワンワン!!!」」」


 かけ声と共に駆け出し、路地から出て行くワンコ達。犬の大群が路地を駆け抜けていく。そして一瞬にして周囲には誰もいなくなった。嵐のように現れて嵐のように去って行ったな。後に残されたのは俺とアニキの二匹だけ。やけに路地が広く感じる。

 最後の一匹が路地から出ていくと、アニキは伏せの状態から起き上がり、俺にすり寄ってきた。


『……ありがとう、ヌー。……おかげで誰も怪我することなく……穏便に済ますことができたよ』


 絡んできた相手も気遣うとは、本当にアニキは優しい。

 ペロっと俺の頬を、アニキはピンクの舌で舐めてきた。感謝の気持ちだろうか。少しくすぐったかったが、不思議と嫌ではなかった。


『……でもまさか、あんな事が出来るなんて。……ビックリしたよ』


 ドラゴン・ブレスのことか。ちっちゃくて可愛い俺が豪快に火を吹いたのだから、驚くのも無理はないだろう。引かれたら嫌だなぁっと思っていたが、アニキはそんな様子も見せず、むしろ優しく微笑んでいた。


『……ヌーにはとんでもない秘密がありそうだね。……もしよかったら……聞きたいな。……代わりと言ってはなんだけど……私の秘密も教えてあげる』


 スキルの話をするには、転生したことから話す必要もある。つまり、アニキに俺の秘密を全て話すことになるのだ。

 でも、もう隠す気もなかった。ダルシーのアニキは良い奴だ。出会ったばかりだけど、信頼も出来る。それにアニキの秘密も教えてくれるらしい。それがどんな話か想像つかないが、恐らく俺を信頼してくれているから話してくれるのだろう。


『アニキ、実は俺……』


 俺は、アニキに全てを打ち明けた。


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