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犬転生 〜わんダフル異世界冒険記〜  作者: 鍋豚
第1章 転生編
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第12わん 例のアイツ

 

 やってきました魔術用品店。

 ギルドのあった大通りから離れた、薄暗く人通りの少ない裏通り。そこに店はあった。木造建築のボロ臭い建物だが、それが魔術用品店っぽい雰囲気を引き立てている。


「良い子にしててね〜ヌーちゃん」


 立て付けの悪い扉を開け、俺たちは入店した。この店にはペット禁止の張り紙はなかったので俺も入れる。やったぜ。

 でもさすがに店内で俺を歩かせるわけにはいかないのか、ジェイミーに抱かれながらだけど。抱かれると全身が柔らかいものに包まれる。おぉん……シアワセだ。あぁ、でも視界が狭くなってしまった。もっと良く店内を見たい。俺は精一杯首を伸ばし、辺りを観察する。


 店内はやけに薄暗く、そしてホコリっぽかった。戸棚には溢れんばかりの瓶や本が詰め込まれていて、圧迫感がある。瓶の中には色とりどりの液体が入っていたり、虫やらトカゲやらが入っているものもあった。

 うわぁすげぇ。漫画やゲームに出てくる店みたいだ。

 広々とした店内だが、客は俺たち以外誰もいない。裏通りの分かりにくい場所にあるから当然か。


「うわ〜何度来てもすごいねっ!」


 入店するやいなや、ジェイミーの瞳が爛々と輝き出した。まるでおもちゃ屋に連れて来てもらった子どものようだ。ジェイミーは魔法使いのようだから、魔術用品店に来るとテンションが上がるのだろうか。


「見て見てお姉ちゃん!」


 やたらご機嫌なジェイミーは、戸棚の一角の瓶を指差す。それには、薄茶色の液体と共に何か丸いものが入っていた。


「ゴブリンの目玉のホルマリン漬けだよ! 可愛いね!」


 ゴブリンの目玉が、可愛い……?

 テニスボールくらいの大きさで、黒目の部分が白濁としている。可愛くはないだろ……。ひぃっ! 目が合った!


「そ、そうだな……」


 ドン引きするケリー。可愛いもの大好きなケリーも、さすがに目玉が可愛いとは思わないようだ。


「あっ! オークの睾丸もあるよ! 大きいねぇ」


 こらジェイミー。睾丸を指差してそんなことを言うのはやめさない。

 でも確かにデカい。サッカーボールくらいありそう。


「ヌーちゃんのエサにどうかな?」

「わん!?」


 ハァ!? んなもん食わねーわ! 嫌だよ睾丸なんて!

 ……待てよ。この世界の犬のエサって、どんな感じなんだろう。ドッグフードとかあるのかな? まさか、この世界の犬のエサは、モンスターの睾丸なんてことはないよな……?


「さ、さすがにそんなもの食べないんじゃないか……?」

「わんわん!」


 よ、よかった。睾丸がエサじゃなくてよかった。ケリーがいてくれて助かったぜ。ジェイミーだけだったら俺のエサはオークの睾丸になるところだった。

 ありがとうケリー。ケリーって、オークに捕まって服を脱がされて『くっ、殺せ』とか言う姿が似合いそうだな〜と思ったのは取り消すよ。


「ヌーのエサは私が探しておくよ。ジェイミー、杖見たいんだろう?」


 そういや、初めて出会った時のジェイミーは杖を持っていた気がするが、荒野で再会した時は持っていなかったな。ああ、ドラゴンに食われた時に無くしたのか。

 ケリーの言葉を聞いて、ジェイミーの顔はパァっと明るくなった。


「えっ! いいの!?」

「ああ、いいぞ。好きなものを買ってこい。ドラゴン討伐の報酬がたくさん手に入ったからな」

「わぁい! やったぁ! ありがとうお姉ちゃん! じゃあ睾丸選びはお姉ちゃんに任せるね!」

「睾丸は買わない! エサだ!」

「えへへ。間違えた。ヌーちゃん、また後でね〜」

「わん!」


 ジェイミーは俺のことをケリーに預け、スキップでもしそうな軽い足取りで店の奥へ消えていった。余程杖が買えるのが嬉しいようだ。


「ふふっ、ジェイミーのやつ、かわいいなぁ……」


 うお? 心の声が外に漏れたのかと思った。ケリーの声か。

 ジェイミーの様子を見つめていたケリーは、口元を緩ませニヤニヤしている。薄々感じてはいたが、もしかしてケリーって、シスコンなんじゃないだろうか……。


「おっ。ケリーちゃんじゃなぁい。いらっしゃぁい」

「うわぁ!?」


 突然聞こえた女性の声に、ニヤニヤしていたケリーは飛び跳ねた。余程その声にビックリしたのか、俺のことをぎゅっと抱き締める。

 うぐっ、苦し……じゃなくて痛い。ジェイミーのような柔らかいクッションが無いから、抱き締められると痛い。そしてなんか悲しい。……おっと、こんなことを考えていたら、またケリーに睨まれてしまう。


「うふふ。びっくりしちゃって、かわい〜」


 慌ててケリーは声の方向に振り向く。声がした方向は、ケリーから見て右側。店のカウンターの方だ。

 ケリーが振り向いたことによって、俺にも声の主が確認できた。


「ア、アマンダ……驚かせるんじゃない」


 年齢は20代前半くらいの、落ち着いた雰囲気の美人さんだった。

 店の人かな。カウンターの中にいるし。口ぶりから察するに、どうやらケリーと顔なじみらしい。


「はぁい。元気だったぁ?」


 眠そうな表情で、ヘラヘラと笑うアマンダさん。

 彼女は鍔がやけに大きく、てっぺんが尖った帽子を被り、真っ黒なローブを纏っている。その姿はまさしく『魔女』と呼ぶに相応しい。箒を持ったら完璧なのに。

 帽子から流れて腰の辺りまでの長さがある白色の髪は、セットするのがめんどくさいのか、ボサボサだ。


「おかげさまで。そうだ、妹が杖を見させてもらっている」

「うふふ〜いいわよぉ。ジェイミーちゃんウチのお店大好きだもんねぇ。あらぁ? そのワンコどうしたの?」


 ケリーがカウンターまで近づくと、アマンダさんは俺の姿に気がついたようだ。カウンターから身を乗り出して顔をぬっと近づけてくる。飾りっ気がないが、キレイな顔立ちに思わずドキッとしてしまった。


「拾ったんだ」

「あらぁ可愛いわねぇ。私のワンコと会わせてあげたいけど、今ちょっと外に出てるみたいなのぉ」


 おお、そうだ。魔術用品店で飼われている犬って、例のカッコいい名前の犬だったろ。確か『†暗い夜の堕天使†ダークナイト・ルシファー』。マジカッコいい名前。きっと見た目もカッコいいんだろうなぁ。


「それで、今日は何か買いにきたのぉ?」

「ああ。ここで犬のエサが買えると聞いたのだが」

「ええ売ってるわよぉ。エサだけじゃなくて、ワンコを飼うためのものは大抵売ってるわぁ」


 アマンダさんは俺に手を伸ばし、額をくすぐるように優しく、それでいて的確にキモチイイ所を撫でた。


「くぅぅん」


 たった一撫でしかしていないのに、全身が心地良さに包まれる。おぉぉぉ……すげぇ。この人、犬のこと撫で慣れてるなぁ。思わず情けない鳴き声が漏れてしまう。

 あぁ、アマンダさんに抱かれてみたい。アマンダさんは、体型が隠れるローブの上からでもハッキリと分かるほど、素晴らしいモノを持っている。ジェイミーにも負けず劣らずだろう。ケリーもあれくらい、いや二分の一、いやいや四分の一でもあればなぁ……。神は残酷だ。


「何が欲しいのかしらぁ?」

「とりあえずエサと……あとは……えーっと。飼うのに必要なもの全て」

「うふふ。その様子だと、ワンコを飼うのは初めてみたいねぇ」

「ああ。実はそうなんだ」

「じゃあ必要そうなものを見繕ってくるわねぇ。ちよっと待ってて〜」

「助かる」


 アマンダさんはフラフラと眠そうな足取りで、カウンターの奥へと消えて行った。


「おい、ヌー」


 彼女を見送ると、ケリーは俺ことを顔の高さまで抱き上げた。

 凛々しく美しい顔が物凄く近づいたので、一瞬ドキッとしてしまう。しかし、そのこめかみに青筋がピクピクと浮かび上がっているのに気がつき、別の意味でドキッと心臓が高鳴った。な、なんだろう……。


「さっきから、失礼なことを考えているだろう?」


 えええ!?

 勘鋭すぎるだろ! なんで伝わるんだよ!

 ケリーはどうやら野生の勘的なもので、俺が彼女の控えめな胸のことを考えると、それを察するようだ。恐ろしい。

 やばい、また疑われてしまう。ここは誤摩化すために、いくぜ! 必殺・可愛い顔!


「くぅん?」


 甘えるような鳴き声で、瞳を潤わせ、首を傾げる。こうしておけば、可愛いもの大好きなケリーはイチコロだ。


「うぐっ……。そ、そんな顔し、し、しても! だ、騙されんぞぉ!」


 口元をヒクヒクと緩ませるケリー。声を荒げるが、それは弱々しく震えていた。ニヤッと上がる口角に上書きされ、こめかみの青筋はキレイに無くなる。へへっ。チョロいぜケリー。


「お待たせぇ」


 そうこうしているうちに、早くもアマンダさんが戻ってきた。ケリーは慌てて咳払いし、表情をキリっと正す。

 よかった、乗り切れた。今後はあんまりケリーの貧にゅ……胸のことは考えないようにしよう。また普通の犬じゃないと疑われたら大変だし。


「こんなところかしらねぇ」


 カウンターの奥から現れたアマンダさんは、両手いっぱいに持っていた物をカウンターの机の上にバラまいた。


「とりあえず、エサとかワンコ用のシャンプーとか、必要そうなものを揃えてきたわよぉ」


 おお! 犬用シャンプー! これはもう一緒に風呂入るしかないな! 楽しみだ! ジェイミーとケリー、どっちが一緒に入ってくれるんだろう。いや二人同時か? ぐふふふ。


「ありがとうアマンダ。ヌー、どうしたんだ急に尻尾を振って」


 おっと期待で尻尾が動いちまったぜ。落ち着こう。

 シャンプーはいいとして、アマンダさんが選んだエサが何か気になる。睾丸だけはやめてくれよ。


「それと、ワンコを初めて飼う人のためのハウツー本」

「助かる」


 そんなハウツー本あるのかよ!

 この異世界は全体的に中世っぽい割に、ときどき現代チックな物もあって、文明レベルがよく分からんな。まぁ異世界だし、前世と違うのは当然か。

 アマンダさんはエサやら何やらをカウンターの上に並べた後、


「そ・れ・と〜」


 ニヤニヤしながら、ドン、とカウンターの上に小瓶を置いた。中は黄金の液体で満たされている。

 

「これは?」

「私特製〜! ワンコ用ハチミツ〜」

「ハチミツ?」


 へぇ。犬用のハチミツなんてあるんだ。甘い物は特別好きじゃないが、睾丸よりはマシだ。


「そうよぉ。ワンコが大好きな成分を盛り込んだハチミツよ〜。どんなワンコも無我夢中で舐めちゃうわ〜。ペロペロペロ〜ってねぇ」

「犬用のデザートなのか?」


 ハチミツの瓶を手に取り、しげしげと眺めるケリー。そんな様子を見るアマンダさんの表情は、どんどんニヤニヤと悪い笑みに染まっていった。


「ちがうわよぉ〜。分かるでしょお? これを色んなとこに塗りたくるのよぉ〜。色んなところにねぇ〜。うふふ〜。ウチのワンコも、もう無我夢中でベロンベロン舐めてくるわぁ〜。ウチの子、舐めるの上手なのよ〜」


 やけに意味有りげに言うアマンダさん。何のことを言っているんだろう。

 アマンダさんは何かを思い出すかのような遠い目をして、とろんと顔を緩ませる。


「なんの話をしているんだ? 塗る? 舐める?」

「身体に良い成分ばかり入ってるから、ワンコの健康にも良し、人間のお肌にも良しよぉ〜」

「肌? 犬用の食べ物なのに人間の肌にも塗るのか?」


 俺と同様、ケリーもいまいちピンと来ていないようだ。

 アマンダさんはじれったそうに唸り、ケリーをちょいちょいっと手で呼び寄せる。ケリーは首を傾げながらもアマンダさんに耳を差し出し、アマンダさんはカウンターを乗り出して耳打ちする。

 ごにょごにょと、俺には何を耳打ちしているのか聞こえなかったが、アマンダさんの言葉を聞いた瞬間、


「ハァアアアア!?!? な、な、ななな何をバカなことを言っているんだァァァァ!!!」


 突然顔を真っ赤に染め上げ、叫び出すケリー。ビックリしたぁ。何を言われたんだろう。


「え? そういうことをするためにワンコを飼ったんじゃないのぉ?」

「違う! そんなことするワケないだろう!」


 なんだなんだ? 何の話をしているんだ? サッパリ分からないが、さっきからケリーが俺のことをチラチラと見てくる。特に口元を。


「なんだぁ……ケリーちゃんのことだから、てっきりそういうことだと思ってたわぁ」

「どういう意味だ!?」

「ケリーちゃん、そういうの好きでしょ? よくするでしょ? ひとりで」

「す、す、好きじゃないっ! それに私はそんなことしない! バカなことを言うな!」

「あらぁ? そうなの? 私と同じ匂いを感じたから、てっきり同士かと……」


 ケリーはどんどん顔を真っ赤にし、声を荒げていく。何のことを話しているかサッパリだが、どうやらアマンダさんの言っていることは図星のようで、さっきからケリーの肌がじんわりと汗ばんできているのが分かる。


「なんのことだ! キミと一緒にするんじゃない!」

「だってケリーちゃん、絶対ムッツリスケベだもん」

「なんだと!? 誰がム、ムッツリなものか!」

「まぁお年頃だもんねぇ〜」

「だから違う!」

「妹に隠れてそのワンコに『チンチン』とかやらせてそう。下心満載で」

「ハーッハッハッハ! そんなわけないだろう! 面白い冗談をいうなぁ! アマンダは! ハーッハッハッハ!」


 ケリーからは滝のように汗が流れていて、顔は爆発しそうなほど赤い。

 アマンダさんが何を言っているかよくわからなかったが、『チンチン』に関しては本当だ。ケリーの『チンチン』ボイスはまだ俺の脳裏に焼き付いている。またやろうね、ケリー。


 絶叫しっぱなしだったケリーがゼイゼイと息を切らしている中、ギィイという立て付けの悪い扉が開く音が店内に響いた。

 誰かが店の中に入ってきたようだ。


「いらっしゃ〜い、ってお客さんじゃなかったわぁ。ダーちゃんお帰り~」

「ばぅ」


 おお、犬の鳴き声が聞こえた。まさか例のあの犬か。ぜひ挨拶したい。

 アマンダさんの声に釣られ、ケリーが振り向く。それによって、その姿が俺の視界に入った。


「この子がアマンダの犬か?」

「そうよぉ〜」


 漆黒の毛。大きな身体。オオカミのような顔立ち。レモンのような黄色い瞳と、同色の首輪。

 あれ!? ア、ア、ア、


『アニキ!?』

『……キミか……また……会ったね』


 そのカッコいい姿は忘れようもない。ダルシーのアニキだった。


『どうしてアニキがここに!?』

『……どうしてって……ここ、私のおうちだから……』


 え? ちょっと待てよ? ってことは……


『あ、アニキが……「†暗い夜の堕天使†ダークナイト・ルシファー」さん……?』

『その名前を呼ぶなブチ殺すぞ』



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