第10わん 初めての○○
『お前、見ない顔だな』
『どっから来たんだ?』
『聞いてんのかオイ』
不思議な現象だった。
耳から聞こえる音は、『ワンワン』とか『バウバウ』とかいう犬の鳴き声なのに、その意味がしっかりと理解できるのだ。
振り返ると、そこには三匹の犬。顔がしわくちゃな、ブルドッグみたいな外見の三人組だった。
彼らが声の主のようだ。
『おい』
『お前だよ。そこのチビ』
『シカトしてんじゃねーぞ』
そうか。同じ犬同士だから、鳴き声の意味が理解できたんだな。犬に転生してから、自分以外の犬を見るのは初めてだ。
この世界の犬は、犬種の名称は異なるようだが、見た目は前世の世界のものと全く同じに見える。
『オイ! なんか喋れや!』
状況を理解するのに時間がかかっていたため黙り込んでいると、一匹のブルドッグが眉間にシワを寄せ、俺に詰め寄ってきた。グイっと近づくしわくちゃの顔。その厳つい顔つきに萎縮され、
『え!? えっと、俺は……』
無意識に、そんな意味を込めた言葉を呟いた。もちろん、口から出る声は『くぅん』という可愛い鳴き声だが。
しかし、その鳴き声を聞いたブルドッグ達は、
『俺は、なんだよ!?』
『ハッキリ喋れや!』
顔のシワを深め、他の二匹も詰め寄ってきた。
うわぁ顔近けぇ……。
……って、あれ? ちょっと待てよ? 無意識に呟いた俺の言葉に、このブルドッグ達は反応した?
俺の口から出た音は、確かに『くぅん』という可愛い鳴き声だったハズだ。だけど、その鳴き声に反応したぞ?
まさか……。
俺は試しに、鳴き声に意味を込め、吠えてみる。
『お、俺の言葉、伝わってるのか……?』
口から出る音は、当然『わんわん』という可愛い鳴き声だ。しかし、
『あぁ!? 何言ってんだ!?』
『伝わってるわ!』
『馬鹿にしてんのか!?』
やはり、伝わった。
端から聞けばただの可愛い犬の鳴き声だが、このブルドッグ達はその意味を理解してくれたようだ。
そうか。犬同士だから、向こうの言葉を理解できるだけでなく、俺の言葉も理解してもらえるのか。
言葉が……伝わった。
俺の言葉を……理解してもらえた。
この世界に来て、初めて。犬に転生して、初めて。
初めて、誰かと会話することができた。
『うぐっ、ひっぐ……言葉が……通じた……通じたよぉ……』
『うわっ!? なんだコイツ!?』
『急に泣き出しやがったぞ!?』
『気持ち悪っ!』
言葉が通じた。
そう思った瞬間、頬を熱いものが伝った。
犬に転生してから、何かを伝えるときは毎回ジェスチャーだった。それがジェイミー達に上手く伝わらず、名前をヌプなんとかという変な名前にされた。上手く伝えようとするあまり、ケリーに普通の犬じゃないと怪しまれもした。
『うっぐ……ひっぐ……』
『な、なんだぁ?』
『ビビって泣いちまったのか?』
『えぇ〜』
俺は今後一生、相手に言葉を伝えることができず、誰とも会話できない。そう思っていた。
でも今、確かに言葉を伝えることができたのだ。
当然と言えば当然だ。同じ犬同士なのだから。だけど、それが無性に嬉しかった。
『いや……悪い。ちょっと嬉しくて……つい涙が……』
カッコ悪い所を見せてしまったな。
初めて出会う犬。初めて会話できた相手。ちょっとテンションが上がる。
せっかくだから、ぜひ友達になりたいものだ。彼らもわざわざ俺に話しかけてきたということは、友達になりたいのではないだろうか。
初めての友達。
人間とは会話できない俺にとって、話相手が出来るというのは願ってもないことだ。
しかし、
『嬉しい?』
『なに言ってんだコイツ』
『絡まれといて嬉しいとか、ドMかお前』
俺の言葉に、ブルドッグ達は首を傾げる。
えっ……絡まれ……?
『あの……俺、絡まれてるの?』
『どう見てもそうだろ』
絡まれてる? あれ? 友達は?
『と、友達になりたいんじゃないのか!?』
『あ? 友達? なんで俺達がお前なんかと』
なんだよ! 友達になりたかったんじゃないのかよ! くそぅ。期待したのに。俺の感動と喜びを返してくれ。
ってか、なんで俺絡まれたんだろう。
期待を裏切られて項垂れる俺に、三匹はさらに詰め寄る。
『話を脱線させやがって。で、お前誰だ? ここは俺らBL・ドッグの縄張りって知ってんのか?』
『しかもあんな美人な飼い主連れてるとか、ムカつくんだよ』
『PM・ラニアン風情が調子に乗りやがって』
あぁ、縄張りに入ってしまったのか。犬は縄張り意識が強いもんな。
飼い主に関しては完全に嫉妬じゃねーか。この三人組は、首輪を付けていない。どうやらノラのようだ。
『えっーと、それで、俺をどうするわけ?』
『そうだな、とりあえずヤッちまうか』
『あぁ。縄張りを犯す奴に容赦はしない』
『飼いならされた犬に、野生の厳しさを教えてやるよ』
あーそうなるのね。いきなり絡んでリンチとか、今どき人間のヤンキーでもしねぇよ……。
でもどうしようかな。俺はドラゴンを一撃で倒せるほどだから、犬三匹くらいどうってことないだろう。この犬達がドラゴンより強いなんてことは考えられない。
だけど、加減ができる自信がない。もし、ドラゴンの首を切り落としたときみたいに、誤ってこの犬達の首を切り落としてしまったら大変だ。ここは街中。こんなところで血祭りを上げるわけにはいかない。
そんな様子をジェイミー達に見られたらマズイしなぁ……。怖がられて捨てられたら嫌だ。
『なんだぁ? 急に黙って』
『ビビっちまったかぁ?』
『大人しくヤられろ』
どうするか決めかねていると、三匹のブルドッグは、逃げ道を塞ぐように俺を取り囲んだ。もともとリードを繋がれているから逃げられないんだけど。
仕方ない……あまり気は進まないが、ここは温和に済ませるためにも、大人しくリンチされるか。
俺はチート級の防御力だ。こんな犬どもの攻撃なんか効かないだろう。
覚悟を決め、ブルドッグ達の攻撃に備える。
しかし、
『……お前ら……何やってる』
背後から声が聞こえ、ブルドッグ達の動きは止まった。