第9わん JKさんぽ
遅くなってすみません!
ジェイミーとケリーに連れられ、ギルドとやらに行くことになった。
街の外観は、中世ヨーロッパとでも表現すべきだろうか。古風な石造りの建物が軒を連ね、街道には出店がひしめき合っている。
俺たちは今、そんな出店の一角にある雑貨屋のような店に立ち寄っていた。
ジェイミーが、犬の首輪が売られているのを見つけ、俺のために買ってくれたのだ。
「……はい、これでよし! わぁ! かわいいね、お姉ちゃん!」
「わんわん!」
さっそく首輪を巻き付けてもらう。
ジェイミーが買ってくれたのは、シンプルなデザインの、真っ赤な首輪だ。リンゴ……じゃなくて、ヌプなんとかをイメージしているらしい。
首輪をしてもらうと、ようやく正式なペットとなれた気分がして嬉しかった。思わず尻尾が動いちまうぜ。
……しかしまぁ、美少女に首輪を付けてもらうというのは……なんかこう……良いものだなぁ。
「ま、まぁまぁだな」
首輪を付けた俺を見て、ケリーはクールに言う。
しかしその口角がヒクヒクと痙攣しているを、俺は見逃さなかった。俺の可愛い姿を見てニヤけてしまうのを、必死に抑えているようだ。まったく、可愛いヤツめ。
「そ、そうだ。ついでにリードも買うか?」
「うーん、まだ赤ちゃんだから、いらないんじゃないかなぁ? ねぇ? ヌーちゃん?」
お、リード? 欲しい欲しい!
俺はここまで、ジェイミーの胸に挟まれて――じゃなかった、腕に抱かれて移動してきた。別にその状態で街を散策するのも悪くない。
しかし、ここはせっかくの異世界だ。それなのに、俺はこの世界のことをまだまだ何も知らない。俺としては、自分の足で歩いて色々見て回りたいのだ。ジェイミーの大きすぎる胸に挟まれると、視野が一気に狭くなるからなぁ……。
ってことで、リードを買ってもらうためにアピールだ。
「わんわん!」
俺はジェイミーの周りをピョンピョンと飛び回り、自分で歩けることをアピールする。
どうだ! 伝わってくれ!
「ヌーちゃん? もしかして、自分で歩きたいの?」
「わん!」
俺は力強く頷く。
よし、うまく伝わったぞ。しかし言葉で伝えることが出来ないのは不便だなぁ。色々と工夫して、ジェスチャーで伝えなければならない。
「そっかぁ。じゃあリードも買おうか! おじさーん! その赤いリードもくださいな〜」
「あいよ。毎度ありー」
首輪を巻かれ、美少女にリードで引っ張られて散歩する……。やべ、考えただけで尻尾の動きが大きくなってきた。
……なんか、犬に転生してからというもの、どんどん変な扉が開いているような気がする……。心まで犬になってきてしまっているのだろうか……。決して元からこういう趣味なワケじゃないからな?
「あ、おじさん。わんちゃんのご飯とかは売ってないですか?」
「うちは雑貨屋だけど、さすがに犬のエサは置いてねぇな。裏通りの魔術用品店に行ってみるといい。あそこの店主は犬好きだから、エサくらい売っているだろう」
「ありがとう! おじさん!」
魔術用品店かー。薬草とか魔術アイテムが売っているんだろうか。異世界っぽくていいな。ぜひ見てみたい。
「ふむ……」
ジェイミーと店のオヤジの会話を聞いていると、ふと背後から視線を感じた。
振り返ると、ケリーが俺のことをじっと見つめている。しかしその視線は、先ほどまでの可愛いものを見つめる視線ではなく、じっくりと観察するような視線だった。どうしたんだろう?
ケリーはゆっくりと口を開く。
「なぁ……ジェイミー?」
「なぁに?」
「ヌー、頭良すぎると思わないか?」
どうしたんだ急に。突然褒めだしたりして。
まぁ俺は元人間だしな。それと、犬神にもらった言語理解能力もあるし。そんじょそこらの犬とは違う。でも褒められるのは嬉しいな。尻尾が動いちまうぜ。
「うん! ヌーちゃん頭良いよね〜。天才わんちゃんだよ!」
「いや、そうじゃなくて、完全に私達の言葉を理解しているような気がする」
……え?
「そうかな?」
「あぁ。今もジェイミーの問いかけに反応して返事をしていたし、さっき宿で私達に名前を決めさせたろう? 確かに犬は、人間の言葉を多少は理解できるだろうが、ヌーは完全に理解していると思うんだ」
やべ……。ちょっとやりすぎたか。普通の犬じゃないと疑われ初めてしまったようだ。
確かにそうだよな……。普通の犬は人間の言葉に相槌なんかしないだろうし、ましてや名前を決めさせたりしない。
「もう! お姉ちゃん! ヌーちゃんはどう見ても普通のわんちゃんでしょっ!」
ケリーは疑っているようだが、ジェイミーはそんなこと思っていないようだ。なんとかしてケリーからの疑いを晴らさないとなぁ……。
……待てよ。いっその事、俺は身体は犬でも心は人間だと、二人に気づいてもらったほうがいいんじゃないか? そっちのほうがいろいろ楽だろう。
――いや、ダメだ。俺の中身が人間だとバレたら、きっと不気味がられる。そしてジェイミーたちに捨てられてしまう可能性がある。それは避けたい。
俺はドラゴンを殺せるくらいチートな犬だ。また荒野に出てモンスターを狩れば、メシには困らないかもしれない。でも、俺はまだこの世界のことを全然知らないのだから、一人で生きて行くのは大変だろう。
それに何よりも、モンスターを食って生きていくのと、美少女姉妹に養われて生きていくの、どっちが良いかと言われたら、明らかに後者だ。
血なまぐさい野生の生活と穏やかなペットとしての生活なら、俺は迷い無くペットとなることを選ぶ。決して変態だからペットになりたいワケじゃない。
「なんでもかんでも疑うのは、お姉ちゃんの悪い癖だよ!」
「ううむ。そうだな……。すまん忘れてくれ。ちょっと気になったものでな。すごく頭が良いんだと思っておくよ」
俺がぐるぐると考え込んでいると、ジェイミーに説得されて、ケリーは俺を疑うことを止めたようだ。
しかし、ボロを出すとまた疑われてしまう。そうならないためにも、これからはもう少し犬らしく振る舞おう……。
そうこうしてるうちに、ジェイミーが俺の首輪にリードを付け終わったようだ。
「はい! 出来たよヌーちゃん! お散歩しようか!」
「わん!」
ジェイミーの言葉に反射的に返事をすると、ケリーの瞳が不気味に輝いた。
やべ……。言ったそばからこれだ。気をつけよう。俺は犬。もっと犬らしく、犬らしく……わんわんわん……。
◇◇◇◇◇
「わんわんわんわんわんわん!!!」
「こら〜ヌーちゃん! あんまり走ったら危ないよ〜」
「わんわんわんわんわんわん!!!」
「ちょっとストップストップ〜!」
やっべー!!!
楽しい! 超楽しい! なにこれ!? 散歩ってこんなに楽しいのか!?
もう楽しすぎて、尻尾が千切れそうなくらい揺れている。
「わんわんわんわんわんわんわん!!!」
リードを持つジェイミーを引っぱり、俺は街道をダッシュする。楽しすぎて止まれない。
もちろん、力はセーブしている。俺の脚力は雲の高さまでジャンプできるほど強いので、全力でダッシュすればジェイミーの腕が千切れてしまうかもしれないからな。
テンションが上がり過ぎて、抑えて走るのが大変だけど。
「わんわんわんわんわんわんわん!!!」
いやぁそれにしても本当に楽しい。
まさか散歩がこんなに楽しいものだとは。犬らしく振る舞おうとした結果、散歩の魅力に取り憑かれてしまった。
「わんわんわんわんわんわんわん!!!」
「ううむ。やはり普通の犬だな」
全力ではしゃぐ俺を見て、ケリーの疑惑の視線はすっかり弱くなっていた。むしろ、俺とジェイミーを羨ましそうに眺めている。そんなに俺と散歩したいのか。可愛いやつめ。
走り続けたい衝動を抑え、俺は一旦足を止めた。
「ハァハァ……もうヌーちゃん! 元気よすぎだよぉ!」
「はは、ジェイミー、運動不足なんじゃないか?」
「う、うるさいよぅ!」
息も絶え絶えなジェイミーに対し、ケリーは余裕な表情だ。
ジェイミーはぷくっと頬を膨らませながら、ケリーにリードを手渡す。
「はい! 今度はお姉ちゃんの番だよ!」
「いや、私は……」
「いいからいいから!」
なかなか受け取らないケリーの手に、ジェイミーは半ば無理やりリードを押し付ける。本当はケリーがやりたがっているのを見破っているようだ。さすが妹。
「仕方ないな……」
と言いつつも、リードを持ったケリーの口角が少し吊り上がっていたのが見えた。
よっしゃ行くぞケリー! 俺は散歩の続きをしたくてウズウズしてるんだ!
「わんわんわんわんわんわんわん!!!」
「ははっ元気がいいな」
ケリーの準備が出来たことを確認し、俺は元気良く飛び跳ねる。
もう楽しい! 散歩楽しい! こんな楽しいことがこの世に存在しているとは!!!
「わんわんわんわんわんわんわん!!!」
ケリーはかなり運動神経が良いようで、俺がある程度の速度で走っても余裕でついて来ていた。
チラリと後ろを振り返ると、ジェイミーはもはや追いかけるのを止めたようで、はるか後方にその姿が見える。
ジェイミーには悪いが、もう走るのを止められない。やばい。散歩中毒になりそう。
「わんわんわんわんわんわんわん!!!」
「おお、足速いな。よし、もっと速くだ! 行け行け!」
ケリーのテンションも上がってきたのか、普段人前ではクールな彼女が、珍しく顔を綻ばせていた。
現在走っている道は、やけに幅が広い割に人通りがほとんどない。人にぶつかる心配もないので、思う存分走れる。散歩に適した道だ。そんな道を、俺とジェイミーは風のように駆け抜けて行った。
「わんわんわんわんわんわんわん!!!」
よぉし、もっとスピードを上げるぞ! ついてこい! ケリー!
俺はさらに加速するため、足に力を入れる。しかし、
「おい、そっちじゃないぞ。右だ」
「ぐわん!?」
十字路を直進しようとしたが、どうやら方向が違ったらしく、ケリーにリードを引っ張られた。
かなりの速度で走っていたことも相まって、思い切り首が絞まる。
「げふっ! げふっ!」
「おお、すまん。大丈夫か?」
「わ、わん……」
び、びっくりした……。ケリー力強いな……。
「ううむ……夢中になりすぎてジェイミーを置いて来てしまったようだ。少し待とう」
あれだけ走ったのに、ケリーの息は一切乱れていない。大した体力だ。剣一本でドラゴンと戦えるのも頷ける。
それにしても、マジで散歩楽しいなぁ。散歩をしてくれる相手がジェイミーとケリーという美人姉妹だということも、楽しさを引き立てている。ジェイミーとケリーとさんぽ……JKさんぽ……なんか幸せな響きだ。
「や、やっと追いついたぁ……」
しばらくその場で待っていると、よたよたと小走りでジェイミーが追いついてきた。
おお、正面から見ると、ジェイミーの爆弾がぶるんぶるんと揺れているのがよく見える。
「もう! 二人とも速すぎだよぅ!」
肩で息をするジェイミー。呼吸に併せて大きく揺れるマシュマロ。素晴らしい光景だ。
あ、そうか、ジェイミーに比べてケリーにはハンデがないから、足が速いんだな。チラリとケリーを見ると、彼女は無表情で俺をじっと見つめていた。え!? なに!? こわっ!
「お姉ちゃん? どうしたの怖い顔して?」
「いや、何かものすごく失礼なことを考えられているような気がしてな……」
勘鋭すぎだろ……。それとも表情に出ていたのだろうか。どちらにしても、気をつけよう……。
「さぁ。呼吸が整ったら行こう。ギルドはこの道を曲がればすぐそこだ」
「うん!」
道を曲がると、そこに大きな建物があった。
ここがギルドの建物か。レンガ造りの大きな建物で、鎧で武装した人が出入りしている。ジェイミーとケリーのようなハンターが集まる場所のようだ。
「早く終わらせて、魔術用品店に行こうね!」
「そうだな」
中はどんな感じなのだろうか。気になる。
二人の後ろに続き、よちよちと歩いていると、
「あ……お姉ちゃん見て。このマーク」
ジェイミーが突然立ち止まり、ギルドの入り口を指差した。そこには、犬の絵にバツ印が付けられた張り紙がある。これは……
「あぁ。そうだった。ギルドはペット禁止だったな……すっかり忘れていた」
ええ!? マジかよ! 飲食店じゃないんだから!
「仕方ない、ヌーには外で待っていてもらおう」
そんなぁ……。
中に入りたかったよぉ。
「じゃあ私も一緒に外で待ってるよ!」
おお、ジェイミー! 優しいなぁ……。
「いや、任務の報告には二人で行かなければならない」
「そっかぁ……ごめんねヌーちゃん……」
中に入れないのは残念だが、そういう決まりなら仕方ないか……。
ジェイミーは申し訳なさそうに眉を落としながら、リードを建物の柵に巻き付けた。
「良い子で待っててね?」
「わん!」
「すぐ戻ってくるから」
「わん!」
「なにかあったら大声て吠えるんだよ?」
「わんわん!」
ハッ! しまった! また普通に返事してしまった!
慌ててケリーのほうを見ると、再び俺を不審な目で見ていた。やべ! 誤摩化さないと!
俺は『くぅ〜ん』ととびきり可愛い顔で甘える表情を作る。するとケリーはニヤっと顔を緩ませて、視線を逸らした。ふぅ、危ない危ない……。
これからは疑われるようなことがあったらこうやって誤摩化そう。チョロいぜケリー。
「い、行こうか。ジェイミー」
「うん!」
二人は俺を心配そうに見ながら、建物の中に入って行った。
まぁ退屈だが、仕方ない。大人しくここで待っていよう。
それにしても、おさんぽ楽しかったなぁ。お○んぽ大好き。もうお○んぽがないと生きて行けない身体になってしまった。ビクンビクン。
そんなことを考えながら、ぽけーっと空を眺めていると、
『おい』
不思議な現象が起こった。耳から聞こえた音は、『わん』という犬の鳴き声だった。しかし頭の中で、その鳴き声の意味が『おい』という呼びかけに変換されたのだ。
突然の出来事に混乱していると、
『おい』
『お前だよ』
『無視すんな』
もう一度同じ現象が起きる。今度は三回。耳からは『わん』と聞こえるのに、その意味がハッキリと理解出来た。
慌てて声のした方向に振り返る。
そこには、三匹の犬がいた。




