うちの猫とまだ来ない春
梅の花が咲き始めて、ほんの少し暖かくなってきた。まだ春は来ていないけれど、どこからかスズメの声も聞こえている気がする。
そんな時期にうちの猫は……まだストーブの前にいた。
ストーブをつけていない日も変わらない。
火のついていないストーブの前に座り、じっと見つめている。
「今日は、そこ、暖かく……ないですよ?」
そう言っても反応しない。
無言だ。
「はやく春にならないのかしら」
というふうに首をかしげている。ちょっと怒っているようにも見えた。
怒っても春は来ないのだけど……。
以前インターネットでこんな記事を見かけたことがある。
「目をぎゅっとつむったら、それは猫の愛情表現!」
記事の内容は記憶にないけれど、なんとなくぎゅっとつむったら好きってことなんだな、ということは覚えていた。
最近うちの猫は僕に冷たい気がする。
ちょっと確かめてみようか、と思った。
床に寝転んで、猫と視線の高さを合わせる。
お互いに見つめあって、それから、僕はぎゅっと目を閉じた。
――ぎゅっとしましたよ! どうですか!?
猫はぱちぱちと瞬きをして、
「この人何なのよ」
という表情になっていた。
もう一度、視線を合わせた。さっきのはノーカンになった。
見つめあって、ぎゅっと目を閉じる。
――今度こそ、どうなんですか!?
しつこく続けていると、猫はすっと目をそらして、それからぎゅっと目をつむった。
猫が窓のそばに行ったので、すぐに窓を開ける。
「外に出ますか?」
僕の問いかけに「ふうん」と鳴いて、尻尾を丸めて座り込んだ。
外には出ないらしい。
「まだ寒いですもんね」
猫は空を見上げていた。
なんでいつまでも寒いのかしら、と思っているのかもしれない。
少しして、うちの猫が奇妙な行動をとり始めた。
鳴き始めたのだ。
「にゃお」でも「なーご」でも「ふー!」でも「ふうん」でもない。
ぴったりの言葉が見つからないけど、「きゅっきゅっきゅっ」という感じの鳴き声だ。
鳴き声というよりも、音をたてているという印象だった。
どうしてしまったんだろうか、と僕は思った。
「きゅっきゅっきゅっと猫が鳴いたら、激怒の表現!」
とか、そういう記事は見かけたことがない。そもそも、猫は普通、こんな鳴き方をしないだろう。
猫の視線の先を見て、ようやく何をしているのかがわかった。
視線の先、木の枝に小鳥がとまっていた。
それが、「ちゅん、ちゅん」と鳴いている。
それに合わせてうちの猫も「きゅっ、きゅっ」と鳴き返している。
「……仲良くなりたいんですか?」
僕が尋ねても返事をしない。こちらを見ようともしない。きゅっきゅっするのに忙しいようだ。
「……春になったらもっとたくさん鳥が来ますよ」
と僕は言った。
いま庭の木の枝にとまっているのは五匹ほどだ。暖かくなってきたら、枝にびっしり鳥がとまるようになる。
「そしたら、仲良くなれるかもしれませんね」
猫は夢中になって、「きゅっ、きゅっ、きゅっ」と鳴き続けていた。
――でも、仲良くなってもお友達をくわえて持って帰るのはやめてくださいね。
以前持って帰ってきたスズメの悲惨な姿を思い浮かべて、僕はそう思った。