うちの現金な猫
住宅街を四角に区切る網目のような道からさらに細い路地に入り、自宅へと向かう。
――なんでまた蒸し暑くなっているんでしょうか……。秋とはなんだったのか……。
と考えながら歩いていると、よその家の生け垣から、うちの猫が飛び出してきた。
僕を見上げて「ニャーオ、ニャーオ」と鳴いている。
「お出迎えですか? ありがとうございます」
「ニャーオ、ニャーオ」
「あはは、なんか普通の猫みたいに鳴いてますね」
威嚇でも命令でもなく、甘えるような声だ。
「ニャーオウ」
鳴きながらいつまでも僕を見ている。
しゃがんで指をつき出すと、自分から顔をこすり付けてきた。
目を細めて喜んでいるようだ。
いつものツンツンした態度は見られない。
――うーん? 機嫌がいいんでしょうか?
しばらく触って、家のほうへ歩き出す。僕の歩くスピードに合わせて、うちの猫もトコトコトコとついてくる。
ちょっと小走りになりながらも、ときおり僕を見上げて「ニャーオ、ニャーオ」と繰り返している。
――なんか、こうしていると本当に普通の猫ですね。
玄関までくると、僕の足にからだをこすりつけて、「ニャオウ?」と首をかしげていた。
――あっ、もしかして、このために……。
ドアを開けるとタタタッと走って家の中へ消えていった。
――中に入りたかったからあんな態度だったんですか。
そりゃあそうか、急に性格が変わるわけはないもんな、と納得しながら、僕も家に入った。
しばらくしてリビングに入ると、うちの猫が珍しい行動をしていた。
エサの袋に顔を突っ込んでいる。
うちの猫は偏食で小食だ。だから普段はこんな風にエサの袋を漁ったりしない。「ご飯ですよ」と小皿にエサを出すのを横目でチラリと眺めて無視することがほとんどだ。
「あっ、何してるんですかー?」
と声をかけるとビクンとからだを震わせて、袋から顔を出した。
ゆっくりと座りなおして、「ニャオン」と何もなかったように鳴いている。
「私は行儀よく待っているだけよ」とそしらぬ顔だ。
「バレてますよー。ご飯食べたいんですね」
とエサ入れになっている小皿に向かうと、「ニャッ、ニャッ」と甘えたような声を出してついてくる。
――やっぱりなんかいつもと違いますね。シマシマシッポに影響されたとか……?
うちの猫はふた口ほどカリカリをかじって満足したらしく、僕の足にからだをこすり付けて去っていった。
――こういう風に甘えてくるのも嬉しいものですね。いままでよりももっと可愛がっちゃいますよ。
とご機嫌な様子でシッポを立てて歩いていくのを見送った。
その日、僕が夕食を食べていると、うちの猫がのそのそと近づいてきた。
僕のご飯を眺めて、鼻を鳴らしてエサ入れの方へいく。
「あはっ、一緒に食べましょうかー」
と小皿を取り上げて、テーブルに置いた。
僕は、先程うちの猫が甘えてきたときのテンションのままだった。
うちの猫が面倒くさそうにテーブルに登ってくる。
モゾモゾとからだを移動させて、僕におしりを向けた。
「えー、こっち向いてくださいよー」
ツンツンとつつくと、背中を向けたまま、シッポを振る。返事の代わりのようだ。
「ねえねえ。僕の手から食べてみますか?」
とエサ入れに手を伸ばす。
するとうちの猫が振り返った。
「シャー! クワー!」
「いい加減にして! 邪魔しないでよね!」という風にからだを震わせて威嚇すると、テーブルから飛び降りて、走っていった。
――あっ、いつもの感じに戻ってますね……。そうですか……。
残念な気持ちもあるけれど、いつもどおりでホッとする気分だった。




