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うちの車好き

 蒸し暑い日が続いている。

 呼吸をすると口から暑い空気が入ってきて、とても苦しくなる。


 ――これは息をしないほうが楽かもしれないですね……。


 暑さでぼんやりした頭でそんなことを考えて、息を止めていると、さらに苦しくなり、倒れそうになる。


 こういう時期に車を停めて、窓を閉めたままにすると、大変なことになる。

 透明な熱のカタマリのようなものが、車の中に充満して、次にドアを開けたときに襲いかかってくるのだ。

 こうなると、しばらくのあいだ、車の中には入れない。

 それを避けるために、車の窓は開けることにしている。

 窓を開けていれば、熱のカタマリが充満することもない。

 うちの駐車場には屋根があるので、開けっぱなしでも、雨が入ってくることはない。

 盗まれるようなものも入っていない。

 田舎だから、窓を開けていても大丈夫だろう、と僕は思っていた。


 少し伸び始めた生け垣の枝の先端を、ちょきちょきと切りながら歩き回っていると、車の窓から見える、車内の風景に違和感を感じた。

 近づいてのぞきこむと、後部座席にボスが座っている。

 開いた窓から入ったらしい。

 前足を折り畳んでからだの下にして、くつろいでいる座り方だ。


「あの、なんでそんなところにいるんですか……」


 ボスはフロントガラスを見つめて、じっと座っていた。


 ――そういえば、タイヤに顔を擦りつけていたこともあるし、車が好きなんでしょうか。


 居心地のいい場所を見つけて落ち着いている様子だ。


 ――うちの猫は車が嫌いなんですよね。


 と僕は以前車に乗せたときのことを思い出していた。



 病院に連れていこうとしたときのことだ。

 うちの猫は普段と違う雰囲気に気づいたらしい。

 キャリーバッグに入れた瞬間に暴れ始め、「ギィヤアアアアァー!」と鳴き叫んだ。

 ガンガンとバッグに体当たりし、声をかけても落ち着くことはない。

 車の中に運ぶとさらに暴れて、キャリーバッグの中でオシッコをした。

 バッグは狭いから、うちの猫は濡れてビチャビチャになっていた。

 ビチャビチャで、ガタガタ震えながら暴れている。

 バッグから出すと、また中に入れるのが大変だから、そのまま病院にいってしまうことにした。


「大丈夫ですからね。すぐ終わりますからね」


 と何度声をかけても、「ギィエエエエエー!」と叫んでいた。


 ――もう病院に行くのやめちゃおうかな……。


 と思いながらもなんとか病院について、そこでもさんざん暴れて、僕と獣医さんを憔悴させた。

 本人も憔悴していた。

 いまでもそのときの記憶があるのか、車はあんまり好きではないようだ。

 あんなに怯えていたのだし、僕ももう乗せたいとは思わない。



 あのときのうちの猫を思いながらボスを見ると不思議な気分になる。

 ボスは車を気に入っているようだ。

 僕の視線には気づいているようで、モゾモゾとからだを動かして座り直して、ちょっと目を細めてすました顔をしていた。


「気に入ったのはわかるんですが……降りましょう」


 と僕はドアを開けた。


「気づかずに遠くに連れていっちゃうかもしれませんし、閉じ込めてしまうかもしれません」


 ボスを中に入れたまま窓を閉めてしまったら、大変なことになる。

 開かない窓を一生懸命ひっかく姿が浮かぶ。

 車の中の温度は、どんどん上昇していく。

 ボスはぐったりして動かなくなってしまう。

 こういう事故は本当に怖い。


「だから中に入るのはやめときましょう」


 ボスはおとなしく、車から出てきた。

 すぐそばの地面にべたりと座って、落ち着いていた。

 どうやらわかってくれたようだ。


「心配しすぎかもしれませんけどね。念のためです」


 ボスの頭をポンポンと叩いて、植木ばさみを倉庫へ戻しにいく。


 ――まあ、いちおう気をつけるようにしておきましょう。わかってくれたみたいですけど。


 と振り返ってボスの様子を確認すると、前足を窓にかけて、車の中をのぞきこんでいるところだった。


 ――もう。本当に気をつけないといけませんね。


 ボスは僕に見られていることに気づいて、ゆっくりと地面に座って、「中には入ってないよ」とすました顔をしていた。

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