うちの夏仕様
うちの車の上に、ボスが座っているのを見かけた。
目をつぶって満足そうな表情だ。
――猫って車の上、好きなんですよねえ。幸せそうですね。
と見ているとおかしなことに気づいた。
まず、ボスの毛並みがおかしい。
以前は黒と白の二色に塗り分けられていたのに、いまはところどころに茶色の毛が混じっている。
――もともとこういう色でしたっけ? 違いますよね?
そして、顔が黒くなっている。
これは毛並みが変わったというよりも、薄く墨を塗りつけたような黒さだ。
――うーん、どういうことでしょう?
首を捻っていると、ボスが車から飛び降りた。
トンッとちいさな音がする。
そして、グッと前足をのばして、伸びをしている。
ひととおり伸びをすると、少し歩いて、車のタイヤに顔を擦りつけ始めた。
「ああ、それで黒くなったんですか」
僕の声にくるりと振り返ったボスの頬は、先程よりもさらに黒っぽくなっているように見えた。
「あはは。タイヤが好きなんですか?」
人間でもガソリンの匂いが好きなひとはいる。
タイヤが好きな猫もいるのだろう。
かじったりする様子はない。
こうして擦りつけていても、ボスの顔がちょっと汚れるくらいなので、これは止めなくてもいいか、と僕は思った。
――でも茶色になってるのはどうしてでしょう?
横になって、フガフガ鳴いているボスのお腹をつついて、観察する。
白。黒。そして茶色。
三色で三毛猫になっている。
――うーん、もともと三毛猫だったということですか? あれ、でも……。三毛猫でオスって……。
ひっくり返して確認すると、ボスはちゃんとオスだった。
三毛猫のオスが野良猫をやっているはずはない。
三毛猫ではなくて、ただの三色の猫なら、オスでもよくいるということなのだろう。
――でもこの茶色い毛は前はなかったような……?
触ってみると、ほかの毛よりも柔らかで、細くなっている。
――もしかして夏毛? 色まで変わるものなんですね。
なんだか気になって、ボスの毛並みをひととおり確認してしまった。
野良猫だから、うちの猫よりも、少しゴワゴワだ。
ボスは触られて嬉しいようで、ゴロゴロとのどを鳴らしていたが、寝そべったままのどをならしたせいか、最後には咳き込んでいた。
***
しばらくして、またボスの姿を見かけた。
前回見たときよりも茶色の毛が多い。
本格的に夏毛に生え変わってきているようだ。
色が変わったせいか、前よりも垢抜けた猫に見える。
「その色、似合ってますねー」
と声をかけると、キリッとした表情を僕に向けた。
――あはは、顔は黒く汚れたままですね……。それはそれで似合ってますよ……。
ボスは茶色の毛が混じったからだを見せつけるように、僕の足元をゆっくりうろうろと歩いた。
そして横になり、ひなたぼっこを始めた。
目を閉じて、気持ち良さそうにしている。
少しして、うちの猫が通りかかった。
ボスを見て、目をパチパチさせていた。
夏毛の姿にびっくりしているのかもしれない。
ボスの背後から近づいて、ひととおりにおいを嗅ぐ。
そうして間違いなくボスだということを確認したあと、パンチを喰らわせていた。




