うちの困ったプレゼント
僕が玄関のドアを開けると、ボスがトコトコと歩いてきた。
その後ろを同じスピードで、シマシマシッポが追いかけている。
僕をめがけて歩いてきているようだ。
――わっ、何ですか、これ!? かわいい!
二匹がトコトコと歩く姿をもっと見たいので、走って逃げることにした。
距離が遠くなりすぎないように、注意しながら家の周りをぐるっと走って逃げる。
ボスは決して走らずに、必死にトコトコと足を動かしながら追いかけてきていた。その後ろにはちゃんとシマシマシッポもついてきている。
「ふぅーん」
ボスが悲しそうな声で鳴く。
「ハアハア……これくらいにしておきますか」
僕が立ち止まると、ボスが足元にドカッと座り込んだ。
シマシマシッポがその近くをうろうろして、「邪魔だなあ」というように「あうう」と鳴いた。ボスが目を細めて知らんぷりをしていると、シマシマシッポはボスのうえによじ登ろうとしていた。ボスは気にせずにゴロゴロとのどを鳴らして、じっとしている。
どうやらボスとシマシマシッポは仲良くしているようだった。
***
リビングでコーヒーを飲んでいると、「あうあう」と聞いたことのある声がした。
窓ガラスの向こうにシマシマシッポがいる。
うちの猫が、家のなかの少し離れたところからそれを見つめていた。
警戒しているのか、仲良くしたいのか、どちらなのかよくわからない。微妙な距離だ。
窓ガラスごしだと、あいさつができないのかもしれない。
――これならおしゃべりできますよ。
と窓をほんのちょっと開けてみた。
すぐにすき間にからだを寄せて、シマシマシッポが家のなかをのぞきこんできた。
入ってくることはできないくらいのわずかなすき間だ。
しばらくして、ちいさな前足がすき間からそろそろと入ってきた。窓の周囲をごそごそと探っている。
するとうちの猫が反応した。
耳としっぽをピンと立て、頭を低くしながら近づいていく。
そして、シマシマシッポの前足を、ペチン! と叩いた。
驚いたシマシマシッポが手を引っ込める。
それからまた、そろそろと前足を伸ばしてきた。
それをうちの猫がペチンと叩く。
叩くといっても勢いはない。じゃれているつもりなのかもしれない。
――シマシマシッポも嫌がっている感じじゃないですけど、一方的にそういうことをするのはやめましょう……。あいさつをしてほしかったんですけど……。
窓を閉めると、うちの猫は鼻をならしながら去っていった。
シマシマシッポも首をかしげて、「あうう……?」と鳴きながら歩いていった。
***
別の日に庭へ出ると、シマシマシッポがトコトコと歩いてきた。
これは、もう見慣れた光景になってしまっている。
ちょうどうちの猫も日向ぼっこをしていて、つんと澄ました顔で庭の木を眺めていた。
威嚇はしないので、すこしは慣れてきたらしい。シマシマシッポのところへ駆け寄っていったりはしない。
じわじわと、シマシマシッポがうちの猫に近づいていく。確実に気づいているはずなのに、うちの猫は木を眺めたままだ。
二匹とも鳴かない。
静かに距離が縮んでいく。
ポトリ。
シマシマシッポが口を開くと何かが落ちた。黒っぽいちいさな物体だ。うちの猫の足元に落ちている。
うちの猫が反応して、その物体のにおいを嗅ごうとした。
シマシマシッポが、場所を譲るように後ずさりをした。
じっくりとにおいを嗅いだあと、ふんっと鼻をならしながら、うちの猫は去っていった。いつもの行動だ。
僕は近づいて、黒っぽい物体の正体を確認した。
――やっぱり……。
そこに落ちていたのはトカゲだった。
生きていたらうちの猫も興味を持ったのかもしれないけれど、まったく動かない。死んでしまっている。
シマシマシッポとしては、プレゼントのつもりなんだろう。
――うちの子は、魚ですらあんまり食べないですからね……。トカゲをプレゼントしても食べないです……。
シマシマシッポはちょこんと座って、「あうあう」と首をかしげている。
――食べられないにしても、もうちょっと気をつかった対応ができればいいんですけどね……。せっかくトカゲを持ってきてくれたのに……。
とはいえ、さっきの様子を見たところ、シマシマシッポのことを嫌がっているようではなかった。どう仲良くなればいいのかわかっていない感じだった。
「これに懲りずにまた仲良くしてくださいね」
と頭を撫でると「あるるるるう」とのどを鳴らしながら、返事をしていた。
「じゃあ、トカゲは持っていってください。処理しちゃってくださいね」
シマシマシッポは不思議そうに僕を見上げた。
しばらくしても動かない。
僕を見つめて、何かを待っている。
トカゲは目の前に落ちたままだ。
「あの……」
シマシマシッポの考えていることが、なんとなくわかったような気がする。
――どれだけ待っても、僕は絶対にトカゲは食べないんですよ……。
「あうあう?」
シマシマシッポは何かを期待するような目で、僕をじっと見つめ続けていた。




