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うちの草むしり

 連休のお昼。ご飯を食べてちょっとゆっくりして、僕は散歩に出かけることにした。

 雲ひとつない空だ。


 ――これはいい天気になりましたね。


 と見上げていると、危うくボスを踏みそうになった。

 玄関を出てすぐのところに寝そべっている。


「ひなたぼっこですか? 気持ち良さそうですねー」


 お腹をつつくと、困った様子でからだをくねくねさせている。手を止めると、「いまの、もうちょっと」という感じで、うろうろしながら僕の足に顔をこすり付けた。


「欲しがりさんですねー。しかし、この体型は……。太ったままですね……。また丸くなりましたか……?」


 ボスのお腹の下に手を回して持ち上げると、なかなかの重みだった。

 ボスの後ろ足が少し浮いて、前足だけでからだを支えている状態になっている。

「フンフン」と鳴いて、ボスが体重を前足の方へ偏らせる。からだが斜めに傾いていく。あっ、と思った瞬間、くるりと前転をして、音もなく着地をした。

 横受け身の体勢で、きれいにポーズを決めている。


「えっ、いまのすごい!? 前転できるんですね。えー、猫ってこんなことできるんですね!」


 ポーズを決めて、キリッとした表情をしているボスと話していると、「なにしてるの?」と声をかけてくるひとがいた。

 お隣の奥さんだ。手にはシャベルとチリトリを持っている。明らかに草むしりの格好だ。


「猫と遊んでるんです。草むしりですか?」


「そう。天気がいいから、いまのうちにやっちゃおうと思って」


 とはいうものの、見たところ、お隣の庭も道路沿いも、草が伸びているという様子ではない。

 背の低い雑草がまばらに生えているだけだ。


「えっ、草むしりの必要ないんじゃないですか?」


「いやね、私、このあいだひととおりやったのよ。そしたらすぐに雑草が生えてきて、それ見たあちらの奥さんが、『根っこから掘り返さないとダメよー。ほらーすぐ生えてきちゃうわよー』って言ってくるの!」


 と唇を尖らせている。


「あーなるほど。それで根っこから掘ってるんですね。これはなかなか大変ですね」


「そうなの大変なの」


 ――あれ? この流れは……。


 しゃべっているうちに、「手伝いましょうか」と言わないわけにはいかない流れになってしまっている。


 ――まあ、いいか。


 と倉庫からカマを取り出して、僕も一緒に草むしりをすることになった。



 ふたりで場所を分担して、雑草を掘り返していく。


「根っこからよ」


「はい、根っこですね」


 根っこ、根っことリズムをつけてつぶやきながら、掘り返した土のなかから草を取り除いていると、うちの猫が近寄ってきた。


「うふふ、根っこって、あなたのことじゃないのよ」


 とお隣の奥さんがうちの猫の頭をポンと叩く。

 うちの猫は耳をペタンと伏せて、「ウウーン」と鳴いて、近くに寝そべった。

 ずいぶんなれている様子だ。


「あの……うちの子、迷惑かけてないですか?」


「大丈夫よー」


「ひっかいたりとか……」


「しないしない。あっそうそう。このあいだね、猫が苦手なかたが遊びにきたんだけど、この子がそのひとにずっとすりすりしてね、『私にがてなんだけど、どうしよう』って困っちゃって、それくらい」


「猫って、猫好きなひとにだけなつくっていうわけでもないのねー」と笑いながら言っていた。


 ――ずっとすりすりしてたんですか。知らないひとに……!


 ちらっとうちの猫をほうを見ると、「なによ!」という顔をして、どこかへ歩いていってしまった。



 うちの猫がいなくなっても、草むしりは続いていた。とはいえふたりでやっていると、ペースもはやい。もう少しで終わりそうだ。


 ――うん?


 と僕は手を止めた。

 細ながい楕円の葉っぱの草がポツリと生えていた。どうもほかの雑草とは雰囲気が違う。


「あの、これって抜いちゃっていい草ですか?」


「ああ、それ、スミレよ。あっちに咲いてるでしょ。紫色の花。あれと同じよ」


「あっ、スミレってこういう花なんですね!」


 名前はもちろん知っているけれど、どんな花なのかは知らなかった。

 地面に手をついてじっくり見てみると、葉っぱも花びらも、水彩絵の具で描いたような淡い色彩だ。派手ではないし、背も低い。でも雰囲気のいい花だった。


 へえー、と思って眺めていると、


「ふふ、気に入ったんなら残しておきましょ。今度鉢に植えて持っていってあげるから」


 とお隣の奥さんが笑っていた。


 根っこから掘り返した雑草をゴミ袋に入れると結構な重さになった。

 ゴミ袋とカマを片付けて、玄関へ向かうとうちの猫がドアの前で座っている。なかに入りたかったらしい。


「……よそのひとにすりすりしてたんですよね」


 ドアを開けずに見つめていると、うちの猫はすっと僕の足元に来て、「ふうーん」と鳴きながら、からだをこすりつけてきた。


「もう、調子いいんですね。しょうがないですね」


 と僕がドアを開けると、用は済んだとばかりにうちの猫は鼻を鳴らして、トコトコと家のなかへ駆け込んでいってしまった。

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