過ぎていく年、あたらしい年
大晦日は兄の家族も帰ってしまって、自宅で静かに過ごすことになった。
ひとのいなくなったリビングはやけに広く感じられる。
いくつかのおもちゃは散乱したままだ。
うちの猫はようやく僕の部屋から出てくるようになって、周囲の様子をうかがいながらもうろうろと歩き回っていた。
「今日はのんびりしますからね。大晦日だからといって特別なことはしません。お蕎麦をたべるだけですよ」
僕の宣言を聞いて、うちの猫は大きく伸びをしていた。
話の内容にはまったく興味がない様子だった。
本当になにもしない。テレビをときどき眺めるだけ。本を読んでお菓子をつまんで、コーヒーを飲む。
そんなふうにのんびり過ごしていると、うちの猫の表情が変わってきた。
ひげがぴんと立って、瞳孔が広がってきている。
獲物を見つけたときの顔になっていた。
「えっ、あの……? どうかしたんですか?」
声をかけるとびくっと身構えて、キッチンへ走っていった。
勢いはそのままに、何もせず、すぐに戻ってくる。
「本当にどうしたんですか?」
僕が立ち上がると、足元に走ってきてカッとあまがみをする。
そしてすぐに飛びのいて、ドアの影から僕の様子をうかがっていた。
目が大きく開いて、ギラギラと輝いている。
「遊びたいんですか? まあわかりますけど、急にテンション上がりすぎじゃないですか……。もう夜も遅いですよ。遊ぶ時間じゃないです。落ち着いて年を越しましょう」
しばらく僕の部屋で大人しくしていたせいで、欲求不満がたまっているのかもしれない。
「さあ、こっちでテレビを見ましょう」
と僕が足を踏み出すと、ものすごい勢いで逃げていく。そのまま家の中をひとまわりして、また戻ってきた。
「なんですか、それ……。ちょっと待ってくださいよ」
僕が追いかけると、「来たわね!」という表情で走っていく。
「違いますよ……」
ゆっくり歩いて近づこうとしても反応されてしまう。
こうして、結局遊んでいるのと変わらない状況になってしまった。
「さあ、捕まえました。もう十分でしょう」
疲れて床に寝そべっていたうちの猫を抱えて、ストーブの前に向かった。
そこには前もって準備しておいた毛布が敷かれていた。
うちの猫を毛布のうえに座らせる。
「ここはいいでしょう。あったかいんですよ」
と言って頭を撫でると、うちの猫のまぶたがだんだん閉じていった。
ゴロゴロという音も聞こえてきた。
「そうそう。年越しくらいはゆっくりしましょうね」
そうして、うちの猫の目は完全に閉じてしまった。
からだも温かくなっている。
これはストーブのせいだけではない。眠たくなるとうちの猫のからだは温かくなるのだ。
このときはもう、ホカホカだった。
しばらくのあいだ、僕はうちの猫の頭を撫で続けた。
テレビの中からゴーンと鐘を突く音が聞こえた。
そのときだけ、うちの猫の耳がピクリと動いた。
耳が動いただけで、気持ち良さそうに目を閉じたままだ。
こうしてのんびりと、僕らは新しい年を迎えた。
――今年も仲良くしましょうね。あと、ほかの猫とも仲良くしてくださいね。
ホカホカの体温を手のひらで感じながら、僕は心のなかでそう思っていた。




