うちのクリスマス会
クリスマスを前に兄の家族が遊びにきた。
3歳の子供も一緒だ。
子供が暴れるし、周りの大人が入れ替わりで構おうとするので、うちの中が一気に騒がしくなった。
この日のためにおもちゃも準備されている。
うちに来てしばらくすると、大人のほうが疲れてしまって、子供の相手をするひとがいなくなってしまった。
手持ち無沙汰なのか、用意してあったボールをソファーや本棚に投げつけている。
こうなると僕も相手をしないわけにはいかない。
とはいえ、子供はまだちいさいので一緒に遊ぶのは難しい。
ひとりでちゃんと歩くこともなかなかできないようだ。
どうしたものかなと困っていると、
「にゃあにゃあ。にゃあにゃあは?」
と言いはじめた。
見回すとうちの猫の姿はなかった。
そういえば子供がやってきてから見かけていない。
騒がしいのが嫌なのだろう。
「僕の部屋にいるかもしれないですね」
と言うと、理解できたらしい。
「にゃあにゃあ。どこー?」
子供がもぞもぞと階段を上がろうとする。
――ああ、落ちないでくださいよ。
両手を使って不安定に一歩ずつ上がっていく姿は、見ていてハラハラさせられる。
後ろから手を差し伸べて、ガードしながらついていくことにした。
思ったよりもしっかりした子供だったようで、何事もなく無事にひとりで上りきることができた。心配のしすぎかもしれない。
ドアも自分で開けていた。
だが、僕の部屋のベッドの上には、肝心のうちの猫の姿がなかった。
「あれ、いないですね? 外に遊びにいったんですかね」
すぐに子供は部屋から出ていく。
「にゃあにゃあ、いないー」
追いかけてきた兄と一緒に階段を降りていった。
――本当にどこに行ったんでしょうね。
そう思って、なんとなく部屋のなかを眺める。
するとカーテンの影から、うちの猫がちらりと顔をのぞかせていた。
そして、クリスマス。
わざわざパーティーを開いたりはしないのだけれど、せっかく子供が遊びに来ているタイミングなので、僕はケーキを買いにいくことにした。
目をつけていたのは、一軒家を改装したちょっとおしゃれなケーキ屋さん。
――どういうケーキがいいんでしょうね。まあ、普通のショートケーキが一番ですかね。
入り口をくぐると、目の前の光景は僕の予想したものとは違っていた。
棚にはほとんどケーキがない。
空っぽだ。
お客さんもいない。
話を聞くと、ほとんど予約で売切れてしまったらしい。
チーズケーキやモンブランはいちおう残っているけれど、子供が喜ぶのはやっぱりショートケーキだろう。
でもショートケーキの棚はほとんど空だ。
わずかに残っているショートケーキの値札を確認して、僕は戦慄した。
――なんですか、これ……。予算の倍じゃないですか。ケーキってこんなに高いものでしたっけ……。
クリスマスにケーキを買うときはちゃんと予約をしていないと、こんなことになってしまうらしい。
結局、予算の倍もするケーキの箱を抱えて、すこし落ち込んだ気分で家に帰ることになった。
――年末にこの出費ですか……。
やけに寒さが厳しくなったように感じる。
そうやってとぼとぼと歩く僕に向かって、何かが走ってくる。
ボスだった。
走りながら鳴いているせいで、変わった声になっていた。
「フニャニャア、フニャアァ!」
「あはは、お出迎えありがとうございます。変な鳴き声ですね」
ボスの様子を見ていると、なんだか落ち込んでいた気分も晴れてしまう。そもそも、そこまで深刻な事態ではない。
足元にボスが座り、僕の抱えるケーキの箱を見つめて、くんくんと鼻を鳴らしていた。
「あの……これはダメですからね。通常の2倍のケーキです。絶対にあげるわけにはいきません。普通のケーキでもあげないと思いますけど……」
しばらくにおいをかいで、ボスは満足して去っていった。
夕食を済ませたあとに、買ってきたケーキを切り分ける。
お高いだけあって、たしかにおいしかった。
スポンジの舌触りからして違う。
しっとり、なめらか、それでいて味は濃厚。
もちろんクリームもおいしかった。
兄の子供がイチゴを集めていたので、イチゴの味はわからない。
とにかく喜んでくれたみたいだった。
そうやってケーキを食べて、子供(と周りの大人)が騒ぐのに付き合って、それから自分の部屋へ戻ると、ベッドにうちの猫が寝転んでいた。
ドアを開けて一歩踏み出した瞬間、警戒の視線を送ってくる。肩に力をこめて、いつでも逃げだせる姿勢だ。
僕だと確認すると、すぐに目をつぶった。
だらりと力をぬいて、布団のうえに長くなってしまった。
「あの……子供がいるあいだ、ずっとここに寝ているつもりですか?」
返事はなかったけれど、ゴロゴロとのどをならしている。
――まあ、ここのほうがのんびりできるんでしょうけど……。それはわかりますけど……。
ベッドに腰掛けてうちの猫の頭を触っていると、階段の下から声がかかった。
「これからトランプするから。降りてきて。人数足りない」
「はーい」
うちの猫をぽんと叩いて、立ち上がる。
――じゃあ行ってきますよ。ここでのんびりしててくださいね。
うちの猫は軽く首を振って、目をつぶったまま僕を見送った。
当分のあいだ、ベッドの上から動くつもりはないようだった。




