ツンデレとボス
いつからかわからないが、庭によその猫が現れるようになった。
うちの猫の1.5倍くらいはある巨体。背中は黒く、おなかや手の先は白い。
そして、人間を見ても物怖じしない悠然とした態度。
常に焦ることはなく、ゆっくりと、しかし隙を見せない動き。その身のこなしには風格があるようにも感じられる。
首輪がついていないから飼い猫ではない。
だが、ただの野良猫ではないことは一目瞭然だった。
――こいつはボスだ。この付近一帯のボスが見回りに来ているんだ。
と僕は思った。
座ってじいっと待っていると、『ボス』が歩いてくる。
意外と簡単に近づくことができた。
指を突き出すとくんくんとにおいをかいでいるようだった。
そして、指先に顔をこすりつけるようにしながら地面に倒れこんだ。
白いおなかをこちらに向けている。
その体勢で、ゆっくりとまばたきをしていた。
――これは……何を求めてるんだろう?
少し僕は考えて、倒れたボスのおなかをポンポンと叩いた。
するとボスは身もだえするようにからだを震わせて、
「ニャアァン」
と鳴いた。
――かわいい!
と僕は思った。
うちの猫はなかなか難しいところがある猫で、機嫌のいいときにしか体を触らせてくれない。
それも頭と胸だけ。ほかの場所は基本的にNGだ。無理に触ろうとすると怒ってしまう。
「クワッ!」と威嚇して、手の届かないところに逃げていく。
そして、
「あのひと、なんなのよ!」
というように触られた部分をペロペロ舐めて、毛繕いを始める。
撫でている間に突然機嫌が悪くなることもあるから、こちらの満足がいくまで思い切り撫でまわすということはできない。
だから、いくら撫でても文句を言わない、それどころか体を震わせて喜ぶ猫がいるというのは、すばらしい発見だった。
別の日に、庭に来たボスの体を触っていると、うちの猫がタッタッタと走ってきた。
――そういえば、ボスと一緒にいる姿をまだ見たことがないですね。
と僕は思った。
ボスを撫で回すのは、僕の欲望を満たすためだけにやっていることではない。
こうして相手をしていれば、うちの猫の友達になってくれるんじゃないか。そういう考えもあったのだ。
もともとは家のなかで飼っていた猫だから、近所に友達がいる様子はない。
やっぱり猫の友達も一匹くらいいたほうがいいはずだと思う。猫同士でしかわからないこともあるだろうし。
うちの猫はボスに近づくと、目を細めておなかの辺りのにおいをかいでいた。
――ちゃんと仲良くなれますか? 頑張ってくださいね。
息を殺しながら僕は見守った。
うちの猫がおなかから顔のほうへ、徐々ににおいをかぐ場所をずらしていく。
ボスは寝転がったままじいっと動かず、うちの猫を見つめていた。
うちの猫の鼻がボスの顔の近くまで来た瞬間、
ペチン!
うちの猫のネコパンチがボスの顔面を捕らえていた。
ボスはビクッと身をすくめて、
「何で?」
という顔で僕を見つめていた。
何でなのかは僕にもわからなかった。
それから時々、庭で二匹が一緒にいるのを見かけるようになった。
ちょっと離れたところに座って日向ぼっこをしていたり。
お互いのにおいをかぎあったり。
うちの猫がネコパンチをしたり……。
ケンカをしているのは一度も見たことがないから、いちおう仲良くなれたらしい。
僕の思っていたのとは少し違う気がするけれど……。
そういうわけで、ボスは庭に自由に出入りするようになった。
うちの猫のネコパンチは、もう仕方がない。
挨拶代わりなんだろう。
これまでほかの猫と接してこなかったのだから、ちょっと変な挨拶になるのも当然だ。
ツンデレだと思えば、むしろかわいく感じられる。
だからといって、僕が油断することはなかった。
ボスとうちの猫が一緒にいるのをこっそり監視している。
うちのツンデレちゃんの挨拶に、もしもボスが反撃したりすることがあったら……。
――許さない!
そんな僕の気迫を感じたのか、ボスは一度も反撃しないまま、いまもうちの庭に通っている。