雨の日はよその猫
急に寒い日が続いて、おまけに天気も悪い。
外で元気よく遊ぶのには向かない季節になってきた。
いつものように「うぅーん、うぅーん」と呼び出されて窓を開けると、冷たい空気が勢いよく入ってきた。
家の空気と外の空気は、はっきりと区別できるくらいに気温が違う。
うちの猫は外に出るのをためらうように座り込んで、きょろきょろしていた。
「出かけるのはやめときますか? この寒さですからね……」
さんざん悩んで結局庭に出ることに決めたようだ。
そろそろと前足を伸ばしていた。
いちおう外の様子を確認してみたいらしい。
庭に降りると家の裏手のほうへ、とぼとぼ歩いていった。
それから5分もたたずに玄関のドアがガタゴト音をたてた。
叫ぶような鳴き声も聞こえた。
「ニャー!」
あわてて開くと、うちの猫がするりと家のなかに入ってくる。
すれ違いざまに、責めるような目で僕を見つめた。
「寒いし、雨も降ってるし、あなた何をやってるの?」
という表情だ。
「あの……この寒さは僕ではどうにもなりませんよ。僕のせいではないですし。いや、僕の力不足なんですかね……」
すぐにキッチンのほうでカリカリをかじる音が聞こえてきた。
うちの猫はイライラしたときに、ご飯を食べてストレス発散をするタイプのようだった。
――ところで、ボスはいまごろどこにいるんだろう。
ふと、そんなことが気になった。
家の庭にはいなかった。
小雨が降っているから、うろうろしていると濡れてしまうはずだ。
――どこかに隠れ家があるんだろうか。
近所を散歩がてら、探してみることにした。
猫の集会所には猫の子一匹いなかった。
いつもなら、数匹の猫がくつろいでいる場所だ。警戒心の強い猫が植え込みの下に潜り、顔だけをのぞかせている光景も見かける。
今日は誰もいなかった。
地面にはちいさな水たまりができていた。
マンションの入り口、屋根がついている場所を確認する。
地面は乾いているけど、ボスはいない。
自転車置き場も静かだった。
こうして探してみると見つからないものだ。
心当りの場所というのも、考えるとほとんどない。
ボスの普段の生活のことは、僕はぜんぜん知らなかった。
きょろきょろしながら近所を一周。
ボスもそのほかの猫も見つからなかった。
――人間にはみつけられない場所があるんだろうな。
そう考えながら歩いていると、うちから二軒隣の家の奥さんが庭で作業をしていた。
この天気でも家庭菜園が気になるらしい。
大きな帽子と雨ガッパを身につけて、何かの作物をいじっている。
そのすぐ近く、ひさしが突き出して雨をしのげるようになっている場所に、一匹の猫がいた。
――あっ、ボスだ!
ボスが足を体の下に隠して、お団子のようにまるくなって座っていた。安心しきっている様子だ。
目を細めて、かたわらで作業をする奥さんを眺めている。
立ち止まった僕に気づいて、奥さんが会釈をしてきた。僕も会釈を返す。
ボスはぷいっとそっぽを向いて、知らないふりをしていた。
うちの庭で会ったときとは態度が違う。
――なるほど、今日はこの家の子なんですね。いい場所を見つけましたね。
こういう日はボスなりにうまくやっているらしい。
ここなら雨に濡れることもないし、エサももらえるかもしれない。
うちの猫にはこんなことはできないだろう。なかなか賢い行動だ。
――また今度遊びましょうね。
いまはよその猫なので、知らないふりのまま通り過ぎることにした。
――このまま寒くなって雪が降らないといいんだけど……。
空に敷き詰められた灰色の雲を見上げて、僕はそんなことを思った。




