うちの猫のいじわる(前編)
――今日も暑いですねー。でも前よりは涼しくなってきましたか。
そんなことを考えながらくつろいでいる僕の目の前で、奇妙な現象が起こっていた。
網戸がひとりでに動いている。
すぅーと開いているのだ。
そばには誰も見あたらない。
そのまま観察していると、開いたすきまからひょこりと顔を覗かせるものがいた。
目の上には眉毛のような模様、口の周りは丸く塗りつぶされた、見るからに怪しい姿をした猫。
それはドリフ猫だった。
――で、出たー!
と僕は思った。
ドリフ猫はゆっくりとうちに忍び込み、辺りを見回して、それからようやく僕の存在に気づいた。
ビクンと体を震わせて、すぐに慌てて網戸から逃げていく。
網戸まで数歩の距離だ。それをやたらドタバタしながら出て行った。
その姿を見送って、
――勘弁してください。もう来ないでくださいよ……。
と僕は思った。
たしかにガラスがはめ込まれた窓よりは、網戸のほうが軽い。
どちらかを開けなければならないとすれば、網戸のほうが楽だろう。
だが、ドリフ猫が自力で網戸を開けられるということは、予想外だった。
予想外だし迷惑だった。
ドリフ猫対策に、僕は幅五センチくらい、普通のものよりも大きめのサイズの作業用セロハンテープを用意した。
これを貼り付けて網戸を固定する。
――ドリフ猫に侵入されたら後片付けが面倒くさいですからね……。
網戸と窓枠をまたぐように、セロハンテープを貼っていく。
触って仕上がりを確認すると、僕が力をこめても動かないようになっていた。
――これならさすがに入って来れないでしょうね。
簡単な処置だったけれど、うまく対策することができたようだ。
網戸のできばえに僕は満足していた。
夕方になるとうちの猫が帰ってくる。
網戸の向こうで「ニャーン」と鳴いているのが見えた。
「お帰りなさい、外は暑かったですよね。うちでゆっくりしましょう」
そう言いながら、僕は窓を開けた。
うちの猫は僕のほうをちらっと見て、すぐに網戸のほうへ向き直った。
「ニャーン」
「? 開いてますよ。こっちですよ」
「……ニャー」
「こっちですって。網戸は開かないです。開かないようにしたんですよ。こっちの窓から入りましょう」
僕が声をかけても、手を叩いても、うちの猫は窓のほうへやってこなかった。
ずっと網戸を見つめている。
意識して僕のほうを向かないようにしているようにも見えた。
「網戸から入りたいんですか?」
「……ウゥー」
「この窓は開いてますよ……ってボスは呼んでないです。あっち行ってください」
自分が呼ばれたと思ったのか、何食わぬ顔で窓から入ってこようとするボスを僕は必死に押し返した。
「ボスはダメですって!」
「ゴロゴロ」
僕とボスがもみ合っていると、うちの猫がやってきて、ペチンとボスのお尻を叩き、「クワー!」と一喝する。
ボスは耳をペタンと伏せて、足早に去っていった。
「さあ、いまのうちに入りましょう」
と声をかけると、うちの猫はまた網戸の前に戻ってしまった。
仕方なく、セロハンテープをはがすことになった。
完全にははがさずに、窓枠側にはってある部分だけをはがして、網戸側の部分は残すようにした。
こうすると、窓枠部分を再利用できるから、また貼りなおすのが楽になるはずだ。
網戸を開けると、
「ふん、ようやく開けたわね」
という感じでうちの猫が入ってくる。
尻尾を立ててゆっくり歩いている。
キッチンへ向かったから、エサを食べるつもりのようだ。
――じゃあ、貼りなおしますか。
僕が網戸を閉めた瞬間に、セロハンテープがグチャッと折れ曲がった。もうとても再利用できる状況ではない。
――むむむ。やり直しですか……。面倒くさいですね……。
セロハンテープを全部きれいにはがして、貼りなおして。
なかなかうまくいかずに苦戦している僕を、いつのまにかエサを食べ終わったうちの猫が眺めていた。
僕を見ながら毛づくろいをしている。なんだか満足げだ。
――うーん。なんか、今日の行動は引っかかるんですよね……。
僕はうちの猫の鼻をつつきながら尋ねた。
「もしかしたら、面倒くさくなるってわかってて、いじわるしませんでしたか?」
うちの猫は「なんのことかしら?」という感じに目を細めていた。




