うちの猫よりかわいい子供
うちの兄とその子供が遊びにくることになった。子供は2歳くらいで、自分で育てるのでなければかわいい盛りの年頃だ。
兄嫁はいろいろなんやかんやあって、「用事がある」らしい……。
子供がやってくるということで、僕はうちの猫に心構えを説いていた。
「あなたは自分が一番かわいがられていると思ってますよね? それは間違いなんです。世間では子供のほうがかわいがられるんです。まあ、僕は別だと考えていてください」
相変わらず聞いているのかいないのか、うちの猫はそっぽを向いていた。
「だから、絶対に子供にパンチとかしたらだめですよ。怒られますよ」
言いながらつんつんと頭をつつくと、うちの猫は僕の指に爪を引っ掛けて、噛み付いた。
――完全にダメだ、これ……。
と僕は思った。
うちの猫は間違いなくかわいいのだけれど、冷静に考えると無茶苦茶なことをしている。
網戸を破ったり、カーテンをぼろぼろにしたり。ソファーもでこぼこになっている。
おまけに、おとなしく撫でられたり、体をこすり付けて甘えてきたりといったことは基本的にしない。そういうことをするのは、エサをもらったり、ドアを開けてもらうときだけだ。
ここらへんに家族が気づいてしまうと、うちの猫に対する風当たりが強くなってしまうかもしれない。
子供が遊びにやってくるというのは、まさにそのきっかけになる可能性のある出来事だった。なんとかしてこれを乗り切らなければならなかった。
「いま何歳ですかー?」
遊びに来た子供に定番の質問をすると、うれしそうな顔で右手をパーの形にした。
「うん、それは5歳ですね……。本当は何歳かなー?」
子供は困ったなあというように体をくねらせて、なんとか小指と親指を折り曲げることに成功した。
「そうそう、来年3歳ですねー。すごいですねー!」
僕が言うと、ひゃあーというような声を上げて、子供はぱたぱた走り回った。
――かわいいですね、これは。
問題はうちの猫だった。
完全に子供を警戒している。臨戦態勢で腰を浮かしていた。
どこかの部屋に閉じ込めていてもいいのだけれど、なぜか家族は子供に猫を見せてあげようというムードになっていて、僕はこの流れに逆らうことができなかった。
――おとなしくしててくださいよ。
僕はそう願った。
しばらくすると、子供が猫を触りたがるようになった。僕が猫の顔を手のひらで覆って、肩を押さえつけているあいだに触ってもらう。
うちの猫は目隠しをされてよくわからないまま、「ふーん?」と鳴いていた。
そうするうちに警戒心も解けてきたらしい。
子供の近くをうろうろするようになった。
子供もうちの猫を気に入ったようで、「にゃあにゃあだー!」と言いながら追い掛け回していた。
猫を追いかけて子供がぱたぱたと走り去る。
部屋から見えなくなって、少しして足音が戻ってくる。
今度は子供が先頭になって部屋の中に入ってきた。立場が逆になっていた。うちの猫が「ふんっ」と鼻を鳴らしながら追いかけている。
これにはぎょっとしたのだけれど、子供は喜んでいるようなので、まあいいか、と思っていた。
こうしてちょっと慣れてきたようだったので、僕は油断をしていた。
うちの猫が窓ガラスのそばに座る。
軽く引っかいて、「ふぅーん」と鳴く。
――ああ、外に出たいんですね。
と僕は思う。
そこに子供が近づいて、触ろうとする。
すると、「私は外に出たいんだけど!」というふうに「クワー!」と威嚇して、うちの猫は子供を引っかいてしまった。
子供の「びええええー!」という声が響き渡った。
――やってくれましたね。
と僕は思った。
こうなってしまったら仕方がない。
僕は子供が泣きやむのを待って、一緒に散歩に連れて行ったり、おもちゃで遊んだり、なんだかよくわからない話を聞いて、必死になって点数を稼ぐことにした。
帰るとき、子供が「ばいばーい! ばいばーい!」とずっと手を振っていたので、喜んでくれたんだろうとは思う。
点数も少しは稼げたはずだ。なにより、帰るときの兄の顔は、そんなに不機嫌そうではなかったと……思う。
――ふう、何とかしのげましたね。大ピンチだったんですよ。
そんな僕の苦労も知らずに、うちの猫は子供を引っかいた後、ずっとどこかに隠れて逃げ回っていた。




