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うちの深い穴

 うちの庭で、僕は穴を掘っていた。



 スコップを思い切り振り下ろして、地面に突き立てる。慣れない作業に、手袋をはめているにもかかわらず、手のひらが痛くなる。

 いま目の前にある穴の深さは20センチほど。


 ――もっと深く掘ったほうがいいですよね。


 そう思って、ため息が出た。


「なんで僕がこんなことしなくちゃいけないんですかね……。僕は肉体労働に向いてるタイプじゃないんですよ。まったく……」


 周りには誰もいない。だが誰もいなくても、僕は不満をしっかり口にするタイプだ。

 スコップを動かす作業は続けている。


 ガチッと音がして、穴の中に白いものが見えた。


 石だった。かなり大きな石で、スコップをてこのようにして掘り起こそうとしてもびくともしない。どうやらほとんどが穴の外の土の中に隠れていて、見えているのは一部分だけのようだった。


 このままでは穴を掘り進めることはできない。


「なんなんですか、もう……」


 またため息をついて、空を見上げた。

 黒い雲が広がり、いまにも雨が降り出しそうな気配だった。


 それから僕は穴を広げ始めた。かぶさっている土を全部掘り返してしまえば、いくら大きな石でも取り除けるはずだ。





 僕が庭に出て、なんとなく納屋の中を覗いたときに、「それ」を見つけた。


 納屋の中に猫が眠っていた。三毛猫から一色減らして、白と薄い黄色だけにしたような模様の猫だ。ニ毛猫……ニケさんとでも呼べばいいだろうか。


 そのニケさんが納屋の入り口に背中を向けて眠っていた。近所でたまに見かける猫だったけど、うちの庭で見かけるのは初めてだった。


「あら、珍しいお客さんですねー。こんにちは!」


 ニケさんは反応しなかった。まったく動かない。


「なんですかー、寝てるんですか? 挨拶くらいしましょうよー」


 と言って、ニケさんの背中をつんつんとつついた。


 指が止まった。

 ニケさんの背中は木の幹のように堅くて、冷たかった。

 生きている猫の感触ではなかった。



 こちらを向かせてみると、ニケさんの体は傷だらけだった。背中側はきれいだけど、顔から胸にかけて、毛皮がなくなり、肉がえぐれているような傷がいくつもあった。


 ボスと喧嘩したんだろうか、と一瞬思った。

 でも、それならうちの庭に来ない。普通逃げるだろう。ボスの縄張りから。



 たとえ傷だらけでも、気に入らない猫には容赦なくネコパンチをする。うちの猫はそんな猫だ(素直で無邪気だ)。ボスなら怪我をしていなくても簡単に追い払えるはずだ。


 うちの庭で亡くなっている――つまり、うちの庭に入るのを許したということは、それなりに仲が良かった猫なのだろう。

 いままで庭で見かけたことはなかったけれど、どこかほかの場所で会ったりしていたんだろうな、と思った。



 ニケさんは行く場所がなかったんだと思う。


 喧嘩をして、傷だらけになって、体を休めるところを探して、知り合いの猫が住んでいる家の庭でちょっと休憩をさせてもらった。背中を向けたニケさんは、そんな感じだった。


 血を流しながら、あてもなくうろうろしている姿が浮かぶ。

 なんとなく、昔飼っていた猫のことも思い出した。

 


 いまのうちの猫の前にも、僕は猫を飼っていた。

 だから、いつかは亡くなってしまうものなんだ、ということは知っていた。



 動かないニケさんの前に座って、いろいろなことを考えて。


 僕は納屋からスコップを取り出していた。





 掘った穴を広げる作業は、それほど大変ではなかった。穴の周りの壁を崩していくだけだ。


 広げた穴を深くしていくのが大変だった。単純に掘る量が増えてしまったわけだし、相変わらず少し掘ると石が出てくる。


「普通はこんなことしてくれないんですよ?」


 納屋を見ながらつぶやいた。


 穴を掘っている僕の様子をうちの猫が何度か観察しに来ていた。

 一言も鳴かない。離れたところで、目を細めているだけ。


「どんな猫だったんですか?」


 と僕が聞いても教えてくれなかった。



 途中から小雨が降り出して、体は濡れてしまうけれど穴を掘るにはちょうどいい天気になった。湿った土は比較的掘りやすい。


 簡単に掘り返せるような深さだとダメだし、衛生的にもよくないだろう。そう考えて一心不乱に掘っていると、スコップが完全に中に入ってしまうくらいの深さまで到達した。かなりのものだ。1メートル近くはあるんじゃないだろうか。


 納屋からニケさんを運んで、穴の底に横たえる。

 土をかぶせて、その上に、掘り出した大きな石を乗せた。


「野良猫も気楽でいいかもしれないですけど、安心できる場所があるのもいいものでしょ?」


 そう言って、石をぽんぽんと叩いた。



 玄関に向かうと、僕が穴を掘り終えるのを待ち構えていたかのように、雨が強くなった。雨粒が地面に叩きつけられて、足元に跳ね返ってきていた。


 家の中ではうちの猫が待っていた。

 体をこすり付けてから、「ご苦労!」というように、ニャッ! と鳴いた。



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