うちの庭に猫が集まらない秘密
うちの近所を歩いていると、野良猫の姿をよく見かける。
歩いて回れる範囲に、たぶん十匹以上いると思う。
こんなにたくさんいるわりに、うちの庭に現れる猫は少ない。基本的に、ボスとポッチャリしか見かけない。
――これはボスがこっそり追い払っているのかもしれないな。
と僕は思っていた。
家から数百メートル、玄関からなんとか目で見えるくらいの距離には集会所もある。
人間の集会所ではなくて、猫の集まる場所だ。
小さな空き地にいつも二三匹の猫がいて、お互いに距離をとって、寝転んでいる。
すごく仲がいい様子ではない。じゃれあうこともない。なのに、こうして集まっている。
猫たちの関係は不思議だ。
僕がその集会所の前に通りかかると、見かけない猫が座っていた。たぶん、このとき初めて見たと思う。
茶色に黒が混じっていて、尻尾のとても長い猫だった。
最近知ったのだけど、こういう柄のことをサビ柄というらしい。サビ柄の猫だから、この子はサビ猫だ。
サビ柄といってもきれいな毛並みだし、ほっそりしていて頭が小さくて、なんだか気品があるように見えた。
どこから来たんだろう? 飼い猫かな? と僕が眺めていると、サビ猫がトトトと走ってきて、僕の足に体をこすり付けた。
長い尻尾を足に巻きつけるようにして一周すると、「どうしたの?」というように瞳をきらきら輝かせ、首をかしげて僕を見つめた。
――かわいい!
と僕は思った。
僕がしゃがみこむとサビ猫も横になった。
近くの草を一本抜いて、サビ猫の顔の周りで揺らしてみせた。
ぐるぐると動かしているうちに、だんだん気になってきたのか、サビ猫の前足が草の先端を追いかけ始めた。
横になったまま、前足でしばらく草を追いかけて、それからばっと立ち上がって、僕の持っている草に噛み付いた。そのまま草を持っていかれてしまう。
軽く前足で押さえて上目遣いになって、
「いい?」
という表情になったので、
「いいですよ」
と答える。
サビ猫は草をガジガジ噛んで食べてしまった。
思わずニコニコしてしまう。人懐っこくてかわいい猫だった。
このサビ猫を思い切り撫で回したかったのだけれど、あんまり懐かれてうちに住みつくようになっても困るので、触るのは我慢していた。
「また会いましょうね」
我慢できなくなる前に、僕はそう声をかけて、集会所を後にした。
ふと振り返ると、サビ猫が集会所から僕を見つめていた。
見つめ返すと、トトトと走ってきて、僕の足元をぐるりと回る。
「うん。また今度ですよ」
そう声をかけて歩き出した。
少し歩いて……僕は振り返ってしまった。
サビ猫はさっきの場所で、やっぱり僕を見つめていた。そして、トトトと走ってきた。
――ああ、ヤバイな。
と思った。
サビ猫は僕の足元を一周して、首をかしげていた。
ヤバイなと思いながらも、僕は少し歩いて振り返る、という行動を繰り返していた。
そのたびにサビ猫が走ってくる。少しずつ自宅へ近づいていく。繰り返すうちに、サビ猫は僕の足の間に体を滑り込ませて、こすり付けてくるようにもなった。
うっかり踏んでしまいそうで、歩くこともままならない。サビ猫が落ち着くのをじっと待つしかなかった。
座って落ち着いているサビ猫を残して、また歩き出す。そして……振り返る。
ついに、僕はうちの庭までたどり着いてしまった。
――やってしまった……。
と思った。足元にはサビ猫がいる。つれてきてしまったのだ。
「それじゃあ、もう帰りますね。ここまで見送りありがとうございます」
サビ猫に言うと、首をかしげていた。
――そうですよね……ここまでつれてきて、いきなり帰れといわれても困りますよね……。どうしよう……。
僕が考えていると、たったったっという足音が聞こえた。見ると、うちの猫が走ってこちらに向かっている。
「ああ、見てくださいよ! お友達が遊びに――」
遊びに来てくれたんですよ、と言い終わることはなかった。
うちの猫はサビ猫に向かって走ってきて、そのまま止まることなく顔面にパンチを叩き込んでいた。うちの猫流のあいさつだ。それを助走をつけてやってしまった。
サビ猫は予想していなかったのだろう。「ギャッ!」と叫んで走り去っていった。
僕は唖然としてその光景を眺めていた。一瞬の出来事だった。
「そういうことだったんですか……。そんなあいさつをしてたら、そりゃあ、よその猫は来なくなりますよ……」
うちの猫を見ると、ふんっと鼻を鳴らして、尻尾をバンバン地面に叩きつけていた。




