台風のときにしまっておくもの
「とりあえず、目立つものは……全部倉庫に放り込みましたね」
やけにすっきりした庭を見回す。
少し広くなったようだ。
かなり大きな台風が来るというニュースを聞いて、庭の片付けをしているところだ。
風で吹き飛びそうなものは、もう見当たらない。
「なんか忘れてるような気がするんですけどね……。あ、雨戸がついてない窓は、段ボールを張りつけないとですか」
と僕は準備を進めていくのだった。
***
「うーん、風が吹いてきましたね。空も暗くなって、まさに台風って感じ……」
だんだん、台風の接近を感じさせる天気になってきていた。
「うっかり忘れているものとかないですよね……。うちの物干し竿が隣の家に刺さったりなんかしたら、大変なことになりますよね……」
庭を軽く一周する。
特に忘れ物はないようだ。
と、玄関に戻ってきたとき、僕は忘れものを見つけた。
「ええ? 外に出てたんですね!? 二匹とも? 家でおとなしく寝てると思ってました。いつの間に出てたんですか……!」
玄関のドアの両脇に、狛犬のようにして、シマシマシッポとうちの猫が座っていたのだった。
若干不満げな顔をしている。
「この天気ですからね。外にいたって仕方ないでしょう。早く入って! ほらほら!」
ドアを開けると、シマシマシッポが待ち構えていたように駆け込んでいく。
「さあ、ほら、早く入りましょう!」
うちの猫は玄関の前でピタッと止まって動かない。
「何してるんですか。外に出てたら吹き飛ばされますよ」
手を伸ばして持ち上げようとすると、するりとかわして、走っていく。
家とは反対のほうへ。
「ああ、もう! そういうとこありますよね! 早く帰ってきてくださいよー!」
台風が本格的に接近するまでにはまだ時間があるし、大丈夫……。
と言い聞かせて、遠くなる小さなお尻を見送るのだった。
***
その後、窓の雨戸を閉めて回った。
しっかり外と隔離された、台風の時の独特な雰囲気に、家の中が変わっていく。
懐中電灯も電池を入れて、テーブルの上に置いてある。
「あとは……」
とひとつだけ雨戸を閉めていない窓を見つめる。
雨戸どころか、窓が開いている。
うちの猫がまだ帰ってきていないのだ。
ときおりゴウッ! と風が大きな音を立てている。
「ええ……? 吹き飛ばされてないですよね……」
うちの猫はなかなか賢いので、本当に危なそうだったら自分で判断して帰ってくるんじゃないかと思う。
だが心配だ。
「これ以上風が強くなる前に探しに行きますか……」
と立ち上がったとたん、開いたままの窓から、うちの猫が顔を出した。
ぴょんと飛び込んでくる。
「やっと帰ってきましたか! 心配したんですよ。もう十分遊びましたね」
うちの猫がまた出て行かないうちに、急いで窓と雨戸を閉める。
うちの猫は、雨で身体が濡れたのが気に食わないようで、「こんなに濡れて、どうしてくれるの!」というように、僕に見せつけながら、勢いよく毛づくろいをしていた。
「さあ、台風が来ますよー。怖いですよー。今日は一緒に寝ましょうか」
と僕が近づくと、うちの猫がサッと毛づくろいをやめて走り去っていくのだった。
***
夜中になるにつれ、どんどん風が強くなっていく。
風で家全体が揺れているような気がする。
一度眠って目が覚める。
雨戸を閉めてなかったら、大変なことになっていたなあと思いながらまた眠ろうとするが、眠れない。
台風の時の独特の圧迫感で、どうしても目が覚めてしまう。
「水でも飲んできますか」
とリビングに降りると、ソファーの背もたれの上にうちの猫が座っていた。
前足を背もたれに沿って伸ばして、がっしりとしがみつくような体勢だ。
「あら? もしかして、怖いんですか?」
「ミュウ……」
本当に心細そうな声で鳴いている。
ソファーに伸ばした前足は、爪を立てていて、ガリガリと音が聞こえるくらいだ。
「まあね、そりゃあ怖いですよね」
おでこを触ると目を閉じて、「フウーン」と鳴く。
ひと通り撫でて、「上で一緒に寝ましょうか?」と言うが、うちの猫は動こうとしない。
仕方がないので、その後もしばらくうちの猫を撫でることになるのだった。




