シマシマシッポの逆襲
窓の側にうちの猫が座っていた。
僕をちらっと見て、開かない窓をにらんでいる。
「えー、外に出たいんですか? もう暗いですよ? 夜ですよ?」
「アーオウ」
「外に出てもすぐ帰ってくるでしょう? 家の中で暖まっていればいいじゃないですか」
「ウー!」
どうしても外に出たいようなので、仕方なく窓を開ける。
開けっ放しは寒いので、すぐに閉めることになる。
だが、最近のうちの猫は、外に出てもすぐに帰ってくるので、そのときはすぐに窓を開けてあげなければならない。
この窓を開けるタイミングが遅いと、怒られてしまう。
――出たり入ったり……もうさすがに面倒くさいんですけど……。
と思いつつ、うちの猫が出て行った窓を閉めようすると、声が聞こえた。
「ウーアーオウー!」
完全に威嚇している声だ。
いまにもとびかかりそうな勢いで鳴いている。
――これは……シマシマちゃん?
窓から少し離れた暗がりで、シマシマシッポらしき影が激怒していた。
うちの猫が立ち止まっている。
――えっ? なんで? 急にケンカしてる? しかもシマシマちゃんが怒ってる? うちの猫に? そんなことある?
状況が良くわからないまま、外へ飛び出す。
「アーウォウー……」
暗くてわかりにくいが、やはりシマシマシッポだ。
まだ怒っている。
うちの猫は窓からの明かりに照らされて、表情もよく見える。
「ハア?」という顔をしていた。
なにがなんだかよくわからないまま、僕があわあわしていると、うちの猫がプイっと顔を背けて、トコトコと走り去ってしまった。
「相手なんかしていられないわ」という感じだろうか。
一方シマシマシッポのほうは、まだ威嚇している。
――うん? なんでうちの猫がいなくなったのに怒ってるの……? どういうこと?
という疑問は、すぐに解決した。
「ンナーアッ!」
と叫んで、シマシマシッポが飛び出す。
何かにぶつかってドタバタと転げまわる。
――あっ、もう一匹いたんだ。
暗くて見えなかったが、もう一匹猫がいて、その子とシマシマシッポが喧嘩をしていたらしい。
シマシマシッポがうちの猫を威嚇していたというわけではなかったということだ。
――そっか、そりゃあそうですよね。
これでひと安心、というわけにはいかなかった。
喧嘩がかなり激しい。
一方がどこかへ走り出して追いかけっこになるということもない。
いつまでも僕の目の前でドタバタと絡み合っている。
――えっえっ? 暗くてほとんど見えないけど、どうなってるの?
「ンアー!」
「ワウーナアアアー!」
近所のひとに怒られるんじゃないかと心配になるくらい、大きな声だ。
「ちょっと! 喧嘩はダメですよ!」
「ナーン、ナアアア!」
「アウー……シャアアアア!」
「ここに、ここに人間がいますよ! 喧嘩はやめましょう!」
「アアアー!」
「聞いて!」
二匹とも聞いてくれない。
すぐそばまで行っても喧嘩をやめようとはしない。
こんなことは初めてだ。
――これは……あんまり近づくと僕がひっかかれるかもしれませんね。
なんとなく、この人間を先にやってやろうかという気配も感じられた。
――とりあえずこの……ホウキの先で……。
どちらがシマシマシッポなのか区別がつかないが、近いほうの頭をペシペシと叩く。
「ほら、ケンカはやめるんですよ! 人間がいますよ!」
「オアー!」
「アーウ!」
ホウキの先から伝わるのは普段触っている猫とは違う、ガチガチに硬い、獣の感触だ。
――なんで僕がいることを気にしないんですか……!
「やめてください! 僕ですよ!」
「ンギャーアー!」
「ウーオー!」
「もうやけくそです! それそれ!」
近くにいるほうをホウキの先でぐいぐいと押して、二匹の距離を離していく。
踏ん張って抵抗しているが、さすがに人間の力にはかなわない。
ある程度離れたところで様子をうかがう。
暗いので状況が全く分からない。
自分の身を守るためにもホウキを構える。
しばらくすると、バタバタッと音がして、もう一匹が走り去る音が聞こえた。
もう威嚇の鳴き声も聞こえない。
――ふう、なんとかなりましたね。もう一匹は……どこにいるかわからないけど、とりあえず喧嘩は終わったのでいいでしょう。
家の中に戻ろうと歩いていると、足元に黒い影がいる。
――この子は……どっちの子でしょう?
家の中の明かりが届くところまで戻ってくる。
足元にいたのはシマシマシッポだった。
僕に歩調を合わせるようにしてトコトコと歩いている。
どうやら僕がホウキで叩いていたのもシマシマシッポらしい。
「えー、叩いてごめんなさいね。でも喧嘩はしないでくださいね」
ついさっきまで激しい喧嘩をしていたのがウソのように、いつもの調子で「ブウ」と鳴いて、シマシマシッポは家の中に入るのだった。
***
その後お気に入りのクッションで寝ていたシマシマシッポは、帰ってきたうちの猫にお尻を叩かれてビクッを身体を縮こまらせていた。
あんなに派手に喧嘩をしていたのに、うちの猫には反撃する気も起きないらしい。




