うちのどちらも賢い生き物
「よし、しっかりおやつも食べたし、そろそろ歯を磨いて……寝ましょう!」
と洗面所に向かい、スイッチを入れる。
暗がりから浮かび上がったのは、うちの猫。
洗面台のふちに座って、僕を見つめている。
ちょっとひげを立てて、いきいきとした目をして、「はやく! はやく!」といまにも言いそうな顔をしていた。
「わっ! なんでそんなところにいるんですか? 待ってたんですか? 暗いし、いつくるかわからないのに……」
と言いつつ、待っていたうちの猫のために、僕はハンドルをひねり、水を出した。
「はい、お待ちかねの水です」
うちの猫は流れる水をちらっと見て、僕に顔を向けた。
水を飲もうとはしない。
下から見上げて、首をかしげて、「そうじゃないよね……! 違うでしょ……!」という顔だ。
「えっなんです? ほら、水が出てますよ? 水ですよ?」
指先に水をつけて、ピッピッとうちの猫に向けて水滴を飛ばしてみると、首を縮めて、本当に嫌そうな顔をしていた。
「えっ? いや、水です……けど……?」
なぜ水を出したのにこんなに不満げな態度をとられるのか、そして水を飲もうとしないのか。
鏡を見て、あっと僕は思ったのだった。
うちの洗面台は腰くらいの高さ。
その隣に置いてある洗濯機も同じくらいの高さだ。
洗面台から顔を上げれば、大きな鏡。
だいたいの洗面所が、似たような構造になっているのではないかと思う。
洗面台の向かい側の壁、鏡に映る場所には、着替えを入れる大きな棚が置いてある。
僕の首よりも少し低いくらいの高さ。
一番上の段の引き出しは、高すぎて使いづらい位置にある。
さて、うちの猫は洗面台にジャンプして登ることができる。
腰の高さ位なら余裕だ。
一方、着替えの棚は、ジャンプして登るのは厳しい。
洗面所には爪をひっかけて登るためのカーテンはない。
ほかにあるのは洗面台と洗濯機、そして着替えの棚。
あとはマットと洗濯物を入れるカゴくらい。
余計なものはない。
つまり、踏み台にするようなものはない。
ここで位置関係を確認してみる。
腰くらいの洗面台の上に、うちの猫。
鏡に映った反対側の壁には、着替えの棚。
そしてその間に僕が立っている。
――完全に理解しましたよ!
前かがみになって、ちょうどいい高さに肩を調節する。
すると、「ニャッ、ニャッ!」と機嫌の良さそうな声がして、僕の肩がトンッと押された。
うちの猫が踏みつけたのだ。
そしていま、うちの猫は着替えの棚の上にいる。
「やりましたねえ!」
うちの猫は棚の上を珍しそうに眺めて、うろうろしている。
「踏み台がくるのを待っていたんですね!」
洗面台から直接ジャンプして着替えの棚の上にたどり着くのは難しい。
だから、踏み台が必要だ。
そう考えて、うちの猫は高さ自動調節機能付き可動踏み台がくるのを待っていたというわけだ。
「本当に賢いですねー。こんなことを思いつく猫はなかなかいないと思いますよ?」
うちの猫は褒められたことには特に反応せず、背伸びをして僕を見下ろして、僕の頭を前足の先で叩こうとするのだった。
***
――しかし気づいた僕も賢いですよねー。鏡を見た瞬間ピンときちゃったんですよね。
そんなことを考えながら、ベットに向かう途中、ふとこんなことを思った。
――あれって降りられるんでしょうか? ……うーん、まあ大丈夫ですよね。猫だし。気に入っていたみたいだし、好きなだけ遊んで、自分で降りたらいいんです。
そのまま眠った僕は、夜中にうちの猫の鳴き声で起こされるのだった。
ちなみに以前は自力で棚の上に登っていたはずなんですけどね……。




