うちのドライブ猫
僕がリビングに入ってくると、待ち構えていたシマシマシッポが鳴き始める。
よく見る光景だ。
「ウアーオ! アーオ!」
これはご飯の催促だ。
うちの猫には決して見せない強気な表情で、カリカリを要求してくる。
「はいはいわかりました……って、入ってますよね? ほら、カリカリですよ? ここにありますよ?」
エサは中に入っている。
これもよくあることだ。
とりあえず僕を見ると催促したいらしい。
いまある分だけでは足りないということかもしれない。
エサ入れの近くにしゃがんでじっと見ていると、カリカリがあることに納得したのか、しぶしぶ食べ始める。
ここで離れると、食べるのをやめることがある。
食事中は近くにいてほしいようだ。
――本当に手がかかりますよね……。
フゴッフゴッと夢中になってカリカリをかきこんでいる。
そろそろ側にいなくても大丈夫かな、と立ち上がって気がついた。
僕の足に、シマシマシッポのシッポが触れている。
確認するように、僕の足首のあたりで動いている。
――もう、これじゃあ動けないじゃないですか……。
あらためて座りなおして、シマシマシッポが食べ終わるのを待つのだった。
***
「あら、お出迎えですか?」
自宅へ帰ってくると、ボスの姿があった。
最近は門の塀の上がお気に入りだ。
じっと座って帰りを待っている。
僕が帰ってくるのを眺めて、そのまま家の中に入るのを見送ってくれるのだ。
鼻をツンツンとついて、僕は玄関のドアを開けた。
このボスの困った癖がある。
車を駐車場に入れるとき、すぐ側で待とうとするのだ。
「もうちょっと離れてください。本当に心臓に悪いから」
と言ってもなかなか移動しない。
車が好きなせいもあるのだろう。
一時はタイヤにスリスリして、顔を黒くしていることもあった。
近くといっても、当然車に轢かれるような場所にはいないのだが、それにしても近すぎる。
車は危ないということが分かっていないのだろうかと思う。
あまりにも気になるので、一度車から降りて、ボスを抱えて離れた場所に下ろして、それからまた車をスペースに入れるということもある。
――好きなのはわかりますけど、やめてほしいんですよね……。
あまりわがままを言ったり、迷惑をかけたりはしないボスだが、この癖だけはどうにかしてほしいと思う。
一方、うちの猫はまったく違う反応をする。
もともと警戒心が強いほうだから、ちょっとした音でもビクッと身構える。
エンジンをかければすぐに逃げて、離れたところからにらみつけて、「何のつもりよ!」という顔をしている。
これなら事故にあう可能性は少ないだろうと思う。
――あれ、そういえばシマシマちゃんは車はどうでしたっけ?
家の外で見るシマシマシッポは、木の上に追い詰められているか、ドアや窓を開けてと訴えかけている姿ばかりなので、車が好きかどうかはよくわからない。
――んー、どっちなんでしょうね?
という疑問が最近解消された。
近所のちいさな商店で飲み物とおやつを買ったときのことだ。
すぐ近くだから、歩いて買いに行った。
「もう袋もいらない。持って帰るからいいよ」
とお店のおばちゃんに言って、両手をふさいだまま自宅へ戻り、車の横を通り過ぎて、玄関へ行こうとすると、何か変なものを見た気がした。
――んんん?
車の上にも、車の下にも異常はない。
だが、何かがおかしい。
ふと助手席を見ると、シマシマシッポがシートの上に背筋を伸ばして座っていた。
フロントガラスの向こうを、ワクワクするような顔で見つめている。
「えっ、なんで? 窓は? あっ、窓が開いてる」
混乱する僕をチラッと横目で見て、すぐにフロントガラスに向き直る。
「まだ発進しないのかな?」という顔だ。
「えー、車好きだったんですね。そうだったんですねー。でも今日はもう外には出ませんよ。それに車に乗せていくのもダメです。途中で降りたら帰ってこれなくなるでしょう?」
僕の声に耳を傾けようとはしない。
完全にドライブモードだ。
フロントガラスの向こうしか見えていない。
――とりあえず降ろさないと。あ、手が、荷物が、これじゃあドアを開けれない。もう……。
一度玄関に荷物を置いた僕は、シートの上で踏ん張るシマシマシッポを、なんとか説得して引きずりおろすのだった。




