うちの猫の融点と意地でもエサを食べる猫
「いやあ今日は本当に暑いですねー」
冷蔵庫から紅茶のジュースを取り出し、コップに注ぐ。
一気に飲み干して、トンとテーブルに置くと、奇妙な生物が視界に入った。
うちの猫だ。
ソファーの背もたれ、その上部の丸みを帯びた部分に覆いかぶさるようにして、だらんと手足を伸ばして寝ている。
なんとも形容しがたい格好だ。
「何ですかそれ! なんかこういうのありましたよね。んーと、あっ、モノレール!」
猫モノレールと化したうちの猫は、僕の声を聞いてわずかに瞼を動かす。
反応はそれだけだった。
「暑さにバテたんですか?」
顔を近づけても動こうとしない。
――これはチャンスですね……。
鼻と鼻をぶつける猫式のあいさつをしてみると、歯茎をむき出しにしてすごくいやそうな顔をして、それでも動かなかった。
「うーん、完全にバテてますね……。もう少しで涼しくなってきますからね……我慢ですよ」
人差し指でおでこに円を描くように撫でると、ゴロゴロとのどを鳴らし始める。
何をされても動かない。
されるがまま、といった様子だ。
「まあ、こんなにふかふかの毛皮を着ているんだから暑いですよね……って⁉」
おでこから背中を触っていった僕は驚いた。
うちの猫の体がぐにゃぐにゃなのだ。
「えー⁉ 溶けてる? ぐにゃんぐにゃんですよ⁉ 液体になっちゃったんですか⁉」
前足をさするが全く力が入っていない。
抵抗もしない。
だからぐにゃぐにゃなのだ。
嫌がって逃げようともしなかった。
「これは……大丈夫ですか?」
「フウン……」
その後も触っていると、触られるのが嫌だという気持ちはあるようで、首をそらして首だけで逃げようとしていた。
――もうちょっと様子を見て、あまりにも元気がないようだったら病院に連れて行ったほうがいいですかね……。
ソファーの上にタオルでくるんだアイスノンをセットして、僕はそっとその場を離れるのだった。
***
うちの猫の融点はかなり低かったが、シマシマシッポのほうはいつもと変わらなかった。
「オアーン」
僕が冷蔵庫を開けようとすると、足元にまとわりついてくる。
「はいはい、ご飯はさっき食べたでしょう?」
「ナアーン!」
うちの猫がおとなしい分、いつもよりも自由に振る舞っている気がする。
なにしろ、こうしてことあるごとにご飯を要求してくるのだ。
「ご飯はもう食べました。あげません。わかりましたか?」
「アゥッ!」
「わかった!」というように鳴いて、シマシマシッポはエサ入れの前に座る。
そして、シッポをぴくぴくと震わせながら、僕がカリカリを用意するのを待つのだ。
「全然わかってないじゃないですか……」
「オアーン!」
「あのですね、そんなペースでご飯を食べ続けたら病気になっちゃいます。もう夜ご飯は食べたんですよ?」
「そろそろ寝ましょうね」と言い残して僕は自室へ向かうのだった。
***
ちょっとトイレに行こうかと階段を降りる。
トントンと踏み出していた足を、僕は慌てて止めた。
「あわっ! 危ないでしょう!」
階段の最後の段に隠れるようにして、シマシマシッポが座っていたのだ。
「こんなところに座ってたら、踏んじゃいますよ?」
「オアッ! アッ!」
「というか、ちょっと踏みましたよね?」
「アウ!」
シマシマシッポは踏まれたことは気にしていない様子でスタスタと歩き始める。
ちらっと僕を振り返って立ち止まる。
「何なんですか? まさかとは思いますけど……」
追いかけていくと、思った通り、エサ入れの前で行儀よく座るのだった。
「いや、ダメです」
「キュウ……」
「かわいく鳴いてもダメなものはダメです。ちゃんとご飯はあげましたからね。というか、むしろ多めでしたからね。足りなかったということはないんです。本当に病気になっちゃうから、制限しないといけないんです」
「アゥ……オアー……ナアアア!」
「怒ってもダメです」
後ろ髪をひかれながらも、僕はトイレを済ませ、自室へ戻るのだった。
***
夜中にふと起きて「のどが渇いたな」と思う。
僕の眠りが浅いせいもあるが、夏はどうしてもこうして起きてしまう。
――ちょっとジュースを飲んでから、また寝ますか……。
ドアを開けた僕はつま先で何かを蹴り飛ばした。
――えっ何⁉ 怖い話?
何かはすっと顔を上げて僕を見つめる。
シマシマシッポだった。
「アオウ」と鳴いて、「さあ、行くよ!」とばかりにスタスタと階段を降りていく。
――ええ? 何? どうしたの?
寝ぼけて混乱した僕がついていくと、シマシマシッポはエサ入れの前にお行儀よく座るのだった。




