うちの甘えん坊
「いやあ、朝から暑いですねー」
これでお昼になったらどうなるんだろうと考えながら階段を降りた。
リビングに入るとコーヒーを入れて、朝食のパンをかじる。
そしてテレビの画面を、ぼんやりと眺める。
すると、ドカッガシャンとものすごい音が聞こえてきた。
――ええっ、何、いまの音? 事故ですか? テレビじゃなくて、うちで聞こえましたよね? えええ?
バタン!ギャー!という悲鳴とともに、うちの猫が飛び込んできた。
耳をぺたんと伏せて、勢いよく毛づくろいを始める。
その身体はずぶぬれだった。
――あっ……これは……。
うちの猫の様子を伺いつつ、ゆっくりと近づく。
毛づくろいをして、少しは落ち着いたようだ。
「あのー、お風呂に落ちましたよね?」
「フーン……」
不機嫌というよりも、落ち込んでいる様子でうちの猫は毛づくろいをしている。
「あはは、水嫌いですもんね。ちょっと待っててくださいね。タオル持ってきますから」
白いタオルをひらひらさせながら僕が戻ってくると、うちの猫は何を勘違いしたのか、「ナアアー!」と叫びながら走って窓から飛び出してしまった。
「えっ……まあ元気そうだし、良かったかな?」
うちの猫のお尻を見送って、僕は首をかしげるのだった。
***
家に帰ると、まず玄関前にボスが落ちている。
僕を見て、もぞもぞと動いて、あおむけになる。
「あはは、こんなところで寝てたんですか? 踏まれちゃいますよ?」
鼻をツンツンとつくと、「フニャン」と鳴いて、身体をくねくねさせる。
しばらくそうして遊んで、玄関に入ると、マットの上にシマシマシッポが寝ている。
「アゴゴゴゥ……」
「こちらも寝てたんですね。暑いですからね。動く気にはならないですよね……」
シマシマシッポは放心状態で空中を見つめている。
僕が頭を撫でても動かず、「グゥ……」と小さく鳴くだけだ。
――まあ寝ていたら、そのうち元気になるでしょう。夜は昼よりは涼しいですし。
と動かないシマシマシッポを放置してリビングへ向かう。
コーヒーを入れて、スマホをチェックしていると、うちの猫が姿を現した。
うちの猫は寝ていなかったようだ。
「ただいまー。今日は暑かったですね?」
「ウウーン……」
うちの猫が僕から少し離れたところに座る。
ベタベタ触られるのが嫌いだから、こうして手の届かない距離に座るのだ。
――とりあえずログインボーナスをもらいましょう。
コーヒーをテーブルに置いて、ソファーへ移動する。
スマホをいじっていると、うちの猫が動くのが見えた。
座って、ちょっと移動して、また座って。
少しずつ僕に近づいている。
そしてそっぽを向いたまま、僕の足にピタッとお尻をつけた。
「ん? どうしたんですか?」
「フーン……」
「撫でてほしいんですか?」
手を伸ばすと、「触らないでよね!」という風に首を振って、少し離れて、また戻ってくる。
「何でしょう?」
「フウーン……」
触られるのが苦手なうちの猫には珍しく、僕とくっいていたいようだ。
――あっ、もしかして……。
朝の出来事を思い出す。
うちの猫はお風呂に落ちてずぶぬれになったのだった。
「お風呂に落ちたのが怖かったんですか?」
「ウウーン……」
鳴き声も不安そうに聞こえる。
僕が出かけている間も不安だったのかもしれない。
「ふふ、お風呂は追いかけてこないですからね。お風呂場でうろうろしなければ落ちないんですよ」
「ウーン……」
「まあ落ち着くまでここにいますから、大丈夫ですよ」
しばらくするとうちの猫は足元で丸くなって目をつぶってしまった。
これではソファーから動けない。
テーブルで冷ましておいたコーヒーがすっかり冷えてしまうまで、僕はスマホをいじり続けるのだった。




