うちの無防備さんとビクビクさん
「アーオ!」
「ウアーオ!」
猫の鳴き声が聞こえた。
ちょうど帰宅して、玄関のドアを開けようとしているところだった。
――えっケンカですか?
周囲を見回すと、木の上でシマシマシッポがちいさくなっている。
「まーたそんなところに追い詰められてるんですかー?」
と近づくと、足元でバタバタッと音がした。
ガラトラ猫が走っていく後ろ姿が一瞬見えて、静かになる。
――ああ、ガラトラ猫とケンカをして追い詰められてたってわけですね。
「もう大丈夫ですよー。いなくなりました」
声をかけてもなかなか降りてこない。
シッポを3倍くらいに膨らませて、木の枝の上で固まっている。
「帰りますよー。ほら、大丈夫ですって。降りてきましょう」
手間のかかる子ですね、と思いながら、僕はシマシマシッポが落ち着くのを待つのだった。
***
別の日、玄関の前で真っ黒の猫を見つけた。
かなり大きな猫で、しかも毛が長いから余計に大きく見える。
中型犬くらいあるんじゃないかという大きさだ。
――猫のサイズ感じゃないですね。メインクーンかな?
僕が近づいてもキョロキョロするだけで、あまり警戒していない。
飼い猫のようだ。
――フワッフワですねー。触れないかな……。
しゃがんで様子をうかがっていると、別のものが目に映った。
シマシマシッポが木の上でちいさくなっている。
シッポもしっかり膨らんでいる。
――また……。何してるんですか……。
立ち上がると黒い猫がトコトコと逃げていく。
シマシマシッポは木の上から、「ウウー」とうなっている。
「本当にケンカ弱いですね……。というかあの子はケンカをしにきたわけではないんじゃないですか?」
落ち着いていたし、遊びにきただけのように見えた。
「仲良くできるといいですねー」
と手を伸ばすと、僕の手に向かってちいさな声でうなっていた。
***
「えっ、また? 弱すぎませんか……?」
シマシマシッポがいつもの木の上にいるのを見つけた。
ギュッと枝にしがみついて、必死な様子だ。
今回の相手はシャム猫っぽい猫だ。
木の下からシマシマシッポを見上げている。
「こんなにいろんな猫に負けます……? しかもこの子って……」
シャムっぽい猫はメスのような気がする。
確認しようと近づいて、逃げられてしまった。
「大丈夫ですよ?」
やはりすぐには降りてこない。
――これってシマシマちゃんがビビり過ぎなのが問題なのでは……。
しばらく経って、ようやく落ち着いてきたようだ。
「最近災難続きですねー」
僕が玄関を開けると、「もたもたしないではやくついてきて!」というように、「アオ!」と鳴くのだった。
***
最近のうちの猫の居場所は洗濯物のカゴの中だ。
目を閉じて、幸せそうにタオルに埋もれている。
「見つけにくいし、そこは邪魔です……」
僕が苦情を言っても目を薄く開いてシッポをブンと振るだけだ。
お腹を見せて、ウトウトしたまま起きようとはしない。
「こんなに無防備な生き物っていますか……? 油断してると、こうしちゃいますよ……!」
と僕は手を伸ばす。
うちの猫は、「ムゥ」と鳴いて、ヨロヨロと前足で叩いてくる。
触ろうとしてもウトウトしたままだ。
――うーん、幸せそうなのでやめときますか……。
うちの猫に相手をしてもらうのは次の機会ということになった。
シマシマシッポが洗い物の周りをウロウロしていた。
カゴの中にいるうちの猫が気になるようで、遠巻きにチラチラのぞき込もうとする。
そしてうちの猫のシッポがブンと揺れるたびにビクッと身体を縮み上がらせるのだ。
――この子はこの子で何をしてるんですか……。そこにはあり得ないくらい無防備な生き物しかいませんよ……。
その後もシマシマシッポはどうしてもカゴに近づくことができないのだった。




