シマシマちゃん? シマシマちゃん?
うちの猫が玄関を出たところに座っていた。
ちょこんと肩をすぼめて、前足を揃えて、なんだかおとなしい。
「あらー、どうしたんですか?」
今日はお嬢さまですねと思いながら、うちの猫の隣にしゃがむ。
おでこを触ると目を細めて、しきりに庭の奥を気にしていた。
視線をたどると、庭の一画の様子がおかしい。
伸びた草が、不自然に揺れているのだ。
――これは何かいますね……。
うちの猫と共に、揺れる草を眺めていると、ぴょこんとシッポが突き出した。
見えているのはシッポだけだが、この茶色い毛並みは見覚えのあるものに似ている。
――なんだ、シマシマちゃんじゃないですか。
うちの猫は、草むらに何が潜んでいるのかわからなくて不安だったのだろう。
シマシマシッポだとわかっていたら、すでに一発喰らわせているはずだ。
いつもと違うシマシマシッポへの対応に、楽しくなってしまう。
「あれー、何がいるのかなあ? タヌキかなあ?」
からかうように言うと、うちの猫は不安げにウウーンと鳴いて、僕の方へ身体を寄せる。
――あらっ、何これ! 嬉しい!
その後も「タヌキかなあ? タヌキかなあ?」とうちの猫をからかっていると、草むらがいっそう激しく揺れた。
そしてそこから動物の顔が突き出した。
猫よりも細長い、茶色の顔。
目の周りが白い毛に囲まれていて、鼻はやけに黒く、存在感を主張している。
「えっ、タヌキ?」
タヌキだった。
タヌキは僕を見つめて、すぐに興味をなくしたようで、草むらに戻っていった。
「えっ、いまのタヌキですよね? タヌキが庭にいる? あれってタヌキですよね?」
うちの猫は「最初からそう言ってるじゃないの」というように、不満げにフウーンと鳴いて、僕にまた身を寄せてきた。
***
混乱しながらもタヌキが草むらから出てこないことを確認し、すぐに何らかの被害が出ることはないと判断した僕は一度自分の部屋に戻った。
対策をネットで検索するためだ。
出てきた画像からすると、僕が見た動物は、タヌキよりもニホンアナグマに近い。
ニホンアナグマは四月のこの時期に、冬眠から起きる。
それに合わせて姿を見かけられることも多いらしい。
――なるほどなるほど。
ネットで検索して出てきたのはそれくらいで、庭にニホンアナグマが出現したときに役立ちそうな情報は見つからなかった。
年々駆除数が増えているとか、捕らえたアナグマの肉は昨今のジビエブームで食用に用いられることも多くなってきたとか言われても、僕には関係ない。
――もう、役立たず!
とりあえずスマホを持って庭へ向かった。
写真を撮るためだ。
――ニホンアナグマの写真って、ちょっと珍しいですよね。
玄関のドアを開けると、草むらからニホンアナグマが飛び出し、走っていった。
もちろん写真は撮れていない。
――えっ、さっきは無関心だったのに! 写真を撮ろうとしたら逃げるなんてズルい!
慌てて僕も追いかける。
うちの猫はアナグマを追いかける気にはならないようだ。
じっと座っていた。
アナグマが向かったのは倉庫がある方向だった。
近づくとダダンッと音をたてて黒い影が視界から消える。
――いま、倉庫に突撃したように見えましたけど……?
慎重に倉庫へと近づく。
そこで想像もしなかったものが見つかった。
穴だ。
倉庫の下に潜り込むように、穴が掘られている。
――穴! アナグマだから!? いつの間にかこんなことになっていたなんて!
それなりにしっかりした穴だ。
しかももしかすると住処を作ったんじゃないかと思えるくらいの大きさだ。
――どうしよう、どうしよう。
うちの猫の不安げな様子が頭に浮かぶ。
このままだとうちの庭がアナグマに占拠されてしまうかもしれない。
だがニホンアナグマが庭に現れて住処を作り始めたときの対処法なんて、僕にはわからない。
――あな!
僕は穴を目の前にして、途方にくれたのだった。
***
落ち着きを取り戻した僕は、スコップを手にしていた。
――穴があるなら……埋めればいいんです!
とにかく埋めればいい。
穴の中のアナグマが生き埋めになるんじゃないかとか、また掘り返されるんじゃないかとか、考えない。
いまはとにかく穴を埋めるだけ。
思考を停止して、ひたすらスコップで土を集めて、アナグマの穴に注ぎこむ。
数回の作業で、穴を塞ぐことに成功した。
足で踏み固めて、掘り返せないように対策をする。
――花壇用のいい土も使っちゃいましたけど、仕方ないでしょう。
耳を澄ませてもアナグマが動き回る気配はない。
ひと安心して、玄関へ向かう。
――やれるだけのことはやりましたし、また現れたらまた埋めましょう。
玄関の前ではすっかりテンションの低くなってしまったうちの猫が、うつむいて、地面のアリの行列を眺めていたのだった。
その後アナグマは目撃されていません。
庭に出現したアナグマ対策には穴を埋めること! かもしれません……。




