うちの立てこもり
ちょっと夜更かしをしてしまった。
時計の針はずいぶん前に12時を回っている。
電気を消して、布団にもぐりこみ、すぐに寝ようとする。
翌日の起床時間を考えると、眠れるのは3時間ほど。
睡眠不足になるのは確定しているが、それでも寝ないよりはいくらかマシだ。
一生懸命に目をつぶっていると、余計に眠れない。
ゴロゴロという音が聞こえた。
うちの猫だ。
だんだん近づいてくる。
――今日は僕の部屋で寝るんですね、いいですよ。はやく寝ましょう。
トンッと布団に飛び乗って、落ち着く場所を探している。
なかなか見つからないようで、いつまでもモゾモゾ動いている。
――はやく寝ないといけないんですよ……。
いったん布団から降りて、様子をうかがっている。
そして、スッと毛布の中にもぐりこんできた。
――ええ……。嬉しいけど、こんなときに……。
うちの猫は大変機嫌がいいらしい。
ゴロゴロが滅多にないくらい大きなものになっている。
横を向いた僕のお腹の辺りがちょうどいい場所だったようだ。
落ち着いてのどを鳴らしている。
布団の中でちょっと毛づくろいをしているのも伝わってくるくらいの近さだ。
暖かさも伝わってくる。
――こういうときじゃなければ存分にこの状況を楽しむのに……。なぜこんなときに……。
毛布の中から響くゴロゴロを聞きながら、僕は必死に目をつぶった。
***
アラームの音で飛び起きた。
少しは眠れたようだ。
うちの猫はというと、まだ布団の中に気配がある。
――それじゃあ行ってきますね。
そっと布団から出ると、うちの猫も飛び出してきた。
グッとからだを伸ばして、「さあ、行くわよ」という風に、僕をチラリとふり返る。
そして階段を駆け降りていった。
――朝から元気ですね……。
顔を洗ってリビングへ向かうと、うちの猫がエサ入れの前に座っている。
「はやくしてよね!」と鼻を鳴らすので、慌ててカリカリを準備する。
――もしかして起こしてくれたつもりなんでしょうか。
感謝の気持ちを込めておでこを撫でると、「いまは食事中よ!」と威嚇されてしまった。
***
帰宅して玄関を開けると、リビングのドアの陰からうちの猫が見つめている。
ちょっとつま先立ちな感じでトトトと歩き、ドア枠にからだをこすりつける。
そして、僕にのどを見せつけるように顔を上げて、「ウウーン」と甘えた声を出す。
目は細められていて、心なしか潤んでいるようだ。
――うちの猫がデレた!? というより、もはやメス猫じゃないですか!
睡眠不足だし、うちの猫はデレているし、さっそく一緒に寝ようとうちの猫のお腹の下に手を回す。
持ち上げてベッドまで運ぶつもりだ。
手が触れた瞬間、うちの猫が盛大に威嚇した。
「クワー!」
「えっ、ダメなんですか?」
「シャー!」
「そんなに怒らないでください……。降ろしますから……。ああっ!? 引っかかないで!」
思わせぶりなことだけして、結局はいつものうちの猫だった。
***
押し入れを開けて、僕は電気毛布を探していた。
――この奥にあったはずなんですけど。
仕舞ったのは半年以上前のことだから、記憶がはっきりしない。
――電気毛布があれば、また布団の中にきてくれるでしょうね。
そのために電気毛布を準備するのだ。
そして物理的な距離を縮めて、心の距離も縮める。
最後にはうちの猫がデレデレになるのだ。
――期待感しかありませんね。ちょっとデレかけましたし。
うちの猫はそんなつもりはなかったのかもしれないけれど、なかなか破壊力のあるお出迎えだった。
――電気毛布は……こっちかな?
奥をのぞく僕の隣をタタタッと駆け抜けて、うちの猫が押し入れの中に飛び込んだ。
隅のほうに座って落ち着いてしまった。
「あー、もうなんで入っちゃうんですか。本当にこういう場所好きですよね」
うちの猫は狭い場所やすき間が好きだ。
クローゼットやタンスにも入ろうとする。
「はい、出てください。ここにいると押し入れを閉められないんです」
押し入れから出そうと手を伸ばすと、うちの猫が「ウオーウ」と唸り声をあげる。
慌てて手を引っ込めて、
「なんで怒るんですか……。狭いところに入ってご機嫌じゃないんですか?」
とまた手を伸ばすと、また威嚇されてしまった。
本格的に怒っているので、これ以上刺激するようなことはできない。
電気毛布を探すのも中止だ。
「もう、誰のための電気毛布だと思ってるんですかー」
とため息をつき、押し入れを開けっ放しにしたまま、その場をあとにする。
結局うちの猫の立てこもりはご飯の時間まで続くことになってしまった。




