チョロい猫のお店
ソファーにうちの猫が寝転んでいた。
背もたれと腰を下ろすところの境目、L字の角のところに顔を押し付けて、背中しか見えていない。
足も隙間に押し込んで、楕円の形のクッションのようになってしまっていた。
「えっと……? それはどういう状況ですか?」
背中を突くと、「ンブゥ」と妙な返事が返ってくる。
続けて触っていると、さらに顔を埋もれさせて、「ムゥ……」と鳴いていた。
――ご機嫌斜めという感じでもないですね。唸らないし……。ただ変な体勢で寝ているだけでしょうか……。
そういえば、ボスもこんな感じで椅子に顔を押し付けて寝ていたことがあったな、と思いながら出かける準備をした。
水分補給用のジュースの在庫がなくなったので、近所の個人商店に行くつもりだ。
近所なのでゆるめの服に着替えて、いざ玄関のドアを開けようと手をかけると、うちの猫が走ってきた。
目の前で大きなアクビをして、僕とある程度の距離をおいて、背を向けて横になる。
「今度はなんですか……? 構って欲しいんですか?」
うちの猫は背中を向けたままピクリともしない。
「えっと……出かけますよ? 外に出ますか?」
ドアを開けたまましばらく待っても反応がないので、放置して出かけることにした。
家の前ではボスが待っていた。
「ニャッ、ニャッ」と僕の足に体をぶつけるように擦りつけて、玄関の脇をかけていく。
「あはは、帰ったら遊びましょうね」
と家を後にした。
***
個人商店の前には白い猫が座っていた。
「あらこんにちは。ここの看板娘……じゃないですよね?」
いままでこの店に買い物にきて、この猫に会ったことはない。
しゃがんで指をつき出すと、トコトコと近づいてきた。
鼻から頬を擦りつけて、ゴロゴロ喉を鳴らしている。
――人懐っこい猫ですねー。
スリスリしているうちにテンションが上がったのか、シッポを立てて震わせて、僕の足元から離れていく。
――あらー、行っちゃいますか。
と見ていると、ピタリと立ち止まり、背中を向けたまま後ずさりで近づいてくる。
――ええー?
僕の足にぶつかっても、さらにグイグイと体を押し付けようとする。
――アグレッシブな甘え方ですね……。もちろんご要望にはお応えしますよ!
両手でワシャワシャと撫でまわす。
白い猫はテンションが上がり切って堪えられなくなった様子で寝転がり、僕の手を抱きしめるようにして前足で抱え込んだ。
――このパターンはキックがくるような気が……。えっ、これは!?
白い猫は予想を覆して、僕の手をペロペロ舐め始めた。
――なんですか、この子! こんなに簡単にペロペロしてくれるなんて!
うちの猫は意地でもペロペロをしないし、シマシマシッポやボスも甘えてはくるものの、めったにペロペロはしない。
――こんなにチョロい猫がいたなんて! たまには近所の店にくるものですね。
しばらくペロペロを堪能してから、僕は店に入った。
財布を忘れたことに気がついたのはそのすぐ後だった。
***
のんびり家に戻る。
財布を忘れてしまったけど、あのチョロ猫にまた会えるなら、むしろラッキーだ。
玄関に着いて、出かける前にボスがウロウロしていたほうに目をやると、植木鉢の間に挟まって座っていた。
「あれ? ずっとここにいたんですか?」
僕が近づいて指を突き出しても、じっと動かない。
キリッとした表情で見つめ返すだけだ。
「植木鉢ごっこですか……? たしかにちょうどすっぽり収まってますけど……」
ひとしきり喉を撫でて、家の中へ財布を取りに行くことにした。
玄関のドアを開けると、視界にうちの猫の背中が飛び込んできた。
「えー、出かけてからずっとそこで寝てたんですか?」
うちの猫は首を持ち上げて僕を見て、「あら、いたの?」という顔をして、すぐにまた寝てしまった。
――僕がいない間、どんなことをしているのかと思っていましたけど、案外何もしていないんですね……。
うちの猫の邪魔をしないように大きく迂回をして、僕は財布をポケットに入れた。
ちなみに個人商店に行くと、チョロ猫はいなくなっていた。
お店の猫ではないらしい。
――また会いたいですね。というか、近所なんだからうちに遊びにきて欲しいですよね。
と思いつつ買い物を済ませたのだった。




