心臓に悪いおかえりなさい
朝の買い物から帰るとボスがいた。
家の敷地と道路を隔てる門の支柱。
その上に乗って、じっと座っている。
「あら、おはようございます。お出迎えありがとうございます」
とおでこを突くと、首を傾けて、撫でて欲しい部分をアピールしていた。
しかし支柱の上からは動かない。
座った姿勢のままだ。
朝とはいえ、太陽はすでにずいぶん高く登っている。
気温はそれほどでなくても、直接当たる光が熱い。
支柱の上には、その日差しを遮るものが何もなかった。
「うーん。ここは暑いでしょう。熱中症になっちゃいますよ? こっちにいたほうがいいですよ」
ボスを抱えて、植木の影になっているところへ移動させる。
ボスは一切抵抗をしなかった。
人形を抱えているようだ。
植木の影に置くと、モゾモゾと座り直している。
――なんで動かないんでしょう? 元気がないんですか……? 暑くて自分で動きたくないんでしょうか。
人間でも熱中症になりそうな暑さが続いている。
やはり猫には厳しいのかもしれない。
***
近所の庭ではうちの猫を見かけた。
うちの猫は、今のところ夏バテとは無縁のようだ。
犬小屋の前を平然と歩いている。
「犬小屋?」と僕は思って首をかしげた。
――えっ、そんなところを歩いていて、大丈夫ですか? 噛みつかれませんか?
と見ていると、うちの猫に気づいた犬が駆け寄ろうとする。
そこそこ大きな犬だ。
うちの猫の倍くらいの大きさはある。
飛びつこうとして、犬は空中で弾かれたように止まった。
鎖がピンと張っている。
この距離が、犬の移動できる限界のようだ。
うちの猫はちらりと睨むだけで、驚いた様子はない。
「当然でしょ」という顔をしている。
――ああ、鎖の長さを把握していたんですね。だから落ち着いていたと。なかなか賢いですね。
ほっとして見ていると、うちの猫は犬に向きなおった。
届かない距離をキープしながら、「ウァー!」と鳴き、からだを震わせる。
全身を使った威嚇だ。
――わざわざ近くを通って釣りだして、安全な距離をキープしつつ威嚇する……。それはひどすぎますよ……。
犬は困ったように、「クーウ」と鳴いていた。
たぶん遊びたかったんじゃないかと思う。
***
家の中、玄関前の廊下ではシマシマシッポが寝ていた。
くたりと横になっている。
「ふふ、ちょっとそこは邪魔ですよ」
と声をかけて通り過ぎようとすると、ちょいちょいと足を叩かれた。
「あら、遊びたいんですかー?」
というものの、シマシマシッポが起き上がる様子はない。
寝転んだまま、しかし僕の足にはちょっかいを出したいようで、爪をたてないようにして叩いてくる。
――こういうところがお利口さんなんですよねー。うちの子はお構いなしに爪をたてることもあるんですが……。
シマシマシッポが僕の足首に前足を伸ばす。
抱きかかえるような姿勢になってしまった。
「あっ、ダメですよ。今から出かけるんですからねー」
玄関へ向かい、1メートルほど引きずって、シマシマシッポの前足が外れた。
「また今度遊びましょうね」
と言う僕を、シマシマシッポが横になったまま見送る。
最後までシマシマシッポが立ち上がることはなかった。
***
家に帰ってくると、もう真っ暗になっていた。
――夜になっても涼しくなりませんね……。
と思いながら門を通り抜けようとして、僕は立ち止まった。
植木の影。
朝ボスを置いた場所に、ボスが座っていた。
同じ場所で、同じ姿勢だ。
「ええ……? どういうことですか?」
ボスを突いて、反応を確かめる。
「生きてますよね? えっ、ずっとここにいたわけじゃありませんよね?」
若干焦っている僕をよそに、ボスは喉をゴロゴロ鳴らしていた。
「こっちのほうがいいって言いましたけど、別に移動していいんですよ……? 」
ひとしきり撫でまわして、ボスが動けることを確認して、ようやく僕は家に戻った。
――たまたま同じ場所にいただけなんだろうけど……。
ちょっとボスの様子に気をつけておこうと思ったのだった。
その後ボスは普通に歩き回ってました!




