うちのイリュージョン
お湯を入れようと手を伸ばすとうちの猫がいた。
ポットのお湯が出るところの下に頭を置いて、じっとしている。
「いや、そこは危ないですよ。お湯が出てくるところですよ? あたたかいというか、熱いし火傷しますよ?」
うちの猫は「何なのこのひと? うるさいわね!」という顔で僕を見つめている。
どうしても動きたくないようだったので、うちの猫に水滴がかからないように注意しながらお湯を出す。
ボコボコッ!
というポットの音に反応して、うちの猫は慌てて飛び退いていた。
「何よこのひと! 危ないじゃないの!」というように、鼻を鳴らしてうろうろし、僕を睨んでいた。
「いや、だから言ったんですよ……。危ないのは当たり前なんですよ。ポットのお湯が出るところに居座るのはやめてくださいよ……」
前はポットの上に座っていたのに、変な場所を気に入ってしまったようだ。
少し暖かくなってきたけれど、いまでもうちの猫は布団の上に乗ってくる。
これは毎日ではなくて、乗る時期乗らない時期にムラがある。
乗るときはいつも、横になった僕の足元の辺りに座ってじっとしている。
もうちょっと近くに来てくれたらとか、布団の中に入って来てくれたら、と思うが、うちの猫はそこまでサービスしてくれない。
まあ、うちの猫の重みを感じながら寝られるだけでも、嬉しいのは嬉しい。
――もっともっとと思うのは、贅沢かもしれませんね……。
この日もそんなことを考えながら眠りについた。
朝になり、目を覚ますと相変わらず足元に重みがあった。
――ふふふ、リラックスして寝ているんですね。いつもよりも重い気がします。
横になったままなので、うちの猫の寝ている姿は見えない。頭の中では気持ち良さそうに目を閉じている様子が浮かんでいる。
――ちょっとだけ。
布団から足をずらして、うちの猫がいる辺りを探ってみた。
足の指の先に何かが当たり、プニプニと僕の足を押し返している。
肉球の感触だ。
――寝ぼけてるんですか? いつもならこんなことをしたら怒ってどこかに行っちゃうのに。
足の指でツンツンすると、向こうもプニプニしてくる。
なんだか楽しくなってしまう。
そうこうしているとリビングの方から鈴の音が聞こえた。
「私は朝ごはんが食べたいのにー! なんで入ってないの!」という風にうちの猫が悲しげに鳴いている。
――えっ、じゃあここにいるのは……?
からだを起こして確かめるとシマシマシッポが足元に寝転んでいた。
僕の顔を「えっ?」という表情で見つめている。
「えっ? は僕の方ですよ。いつのまに入れ替わってたんです?」
そもそもどこから入ったのかも相変わらず謎だ。
階段を降りて、玄関のドアを開けて、外に出かけたい様子のシマシマシッポを見送る。
――入るのはできるけど、出られないというのも謎ですよね……。
朝から予想外のことが起きて、考えがまとまらずにぼんやりしてしまう。
リビングからは「私はカリカリが食べたいのよー!」という悲しげな鳴き声が聞こえていた。




