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猫それぞれ

 ――あっ、こんなところにありました。


 兄の買ってきたハチのオモチャを見つけて手にとった。

 周囲にヤバい毛虫の人形は見当たらない。

 ブルブルと振動しながら本棚の下にでも入ってしまったのかもしれない。


 ――まあ、あのヤバい毛虫はいいでしょう。それより、これで遊んでみますか。


 せっかく見つけたんだし、と思い、うちの猫のもとへ向かった。


 ハチの人形はネズミとはちょっと違う。

 紐の先に人形が付いているわけではなく、よくしなるプラスチックの棒の先に、直接ハチの人形が付いているのだ。

 繋がっているのがプラスチックの棒なので、当然、紐とは動きも違う。

 細かく振ると、人形はハチが飛んでいるときのように動く。


「さあ、ハチが来ましたよー」


 とうちの猫に近づけると、ハッと身構えた。

 瞳孔が開き、目がまんまるになり、ヒゲがじわっと持ち上がる。

 なんだかうちの猫のほうがオモチャの人形のようになってしまっていた。


「ほーれ! ブーン、ブーン」


 と揺らしてみると、ほんの一瞬でも見逃すまいというように、さらに目を開いてハチの動きを追いかけている。

 ブルブルと振動させると、うちの猫も顔をブルブルと振動させて目で追っていた。

 なぜか少しずつからだが斜めになっていって、倒れそうになりながらも視線を外そうとはしない。


 ――なんか壊れたオモチャみたいになっていますね……。大丈夫でしょうか……。


 あんまりやり過ぎると危ない気がしたので、これ以上ハチを振動させるのはやめておくことにした。





 リビングのソファーに座ってコーヒーを飲む。

 そして電気ストーブの赤い光を眺めてぼんやりとする。

 からだの内側と外側からじんわりと温かくなってきて、眠たくなってきてしまうほど心地良い時間だ。


 そうやってコーヒーを少しずつ減らしていると、トントンと音がした。

 誰かがノックをしたような音だ。

 反射的に玄関のほうを向いて、「でも玄関から聞こえた音じゃなかったよな」と思う。

 もっと近くから聞こえた音だ。

 ソファーのすぐそばの窓から聞こえた気がする。

 しかし、外には誰もいない。


 ――これは……幽霊ですか。ついに出ましたか……。どうしましょう……。


 コーヒーを飲みながら、じっと窓を見つめて、前後策を考える。

 戦うにしても、幽霊が見えないと手も足も出ない。

 ふと気づくと、窓の下のほうから、シマシマシッポが顔をのぞかせている。

 僕と目が合うと、パチパチと瞬きをして、首を引っ込めていた。


 ――あれ? ということは……。


 窓を開けるとひょいと窓枠を飛び越えて、家の中に入ってくる。

 急ぎ足で座布団へ向かい、すぐに丸くなって目をつぶってしまった。


「あのー、さっきノックしましたか?」


 尋ねても答えはない。


 ――たぶん犯人はこの子でしょうね。人間みたいなノックはやめてくださいね……。本当にびっくりします。


 と思いながら、おでこを突くと、大きく伸びをしてあお向けになっていた。





 庭でボスを見かけた。


「おー、久しぶりじゃないですか?」


 と声をかけるとボスが僕のほうへ走ってくる。

 しゃがんで出迎えると、ボスの顔は傷だらけだった。

 引っかかれたあとがいたるところについている。


「またケンカをしたんですかー?」


 ボスは僕の足元に座り、ドヤ顔で傷を見せつけている。


 ――ケンカをしたにしてもこんなに傷がつきますか……?


 と呆れてしまうほどの惨状だった。


 ――しかし、こうなるとどこを触ったらいいんでしょう……。


 と悩んでいると、ボスが地面に転がって、お腹を僕に向けてきた。

 お腹には傷はない。


「ここを撫でてってことですか? もう、しょうがないですね」


 お腹をワサワサを撫でると、左右にからだを動かして喜んでいた。


 ――こんなふうに甘えてくるのを見ていると、ケンカをしている姿は想像もつきませんね……。


「元気そうだからいいですけど、怪我をするようなケンカはほどほどにしておいてくださいよ」


 と僕が言うと、あお向けのままドヤ顔を返してきた。

 この様子だと、またケンカをして傷だらけになるんじゃないかと思う。





「ニャーン! ニャーン!」


 とうちの猫の声が聞こえた。


「はいはい、どこですか?」


 とドアを開けてまわる。

 うちの猫はトイレの窓の前で目を細めて座っていた。


「今日はトイレでしたか。さあ、出ますよ」


 と声をかけるが動かない。

 持ち上げようと手を伸ばすと、「クワー!」と威嚇されてしまった。


「その場所が気に入ったんですか……? たしかにトイレは落ち着きますけど……」


 うちの猫がいる場所はトイレのタンクの後ろの窓枠の上。ちょうどトイレを使う姿を見下ろせる位置だ。


「そこにいると、気になってトイレを使えないんで、気が済んだら出てくださいね」


 と言うと、大きなあくびをしていた。

 トイレな窓は磨りガラスで、そこから入ってくるぼんやりとした光がうちの猫にあたっている。


 ――なんか気に入っちゃったみたいですね。困りましたね……。


 うちの猫に見られながらトイレを使うことになるのは勘弁して欲しいと思った。

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