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08:初心者の町

 冒険者ギルド出勤二日目。訪れる冒険者の数もまばらになり、手の空いたソフィーリアは、ネフに連れられてクフルの森へ向かった。


「ははあ……確かに、初心者向けって感じの森ですね。木の背も低いですし、道幅が広くて迷うこともなさそうだし」

「だろ?まあ一応、油断はするなよ」


 昨夜ネフに、トルト近辺に生息するモンスターの説明を受けたのだが、ここクフルの森は、冒険者ランクが星一つの者でも出入りできるような場所だ。住んでいるのは、害のない野生動物と、スライムくらい。少々厄介なのがゴブリンなのだが、今朝エリックという剣士が巣の殲滅の完了報告をしにきたので、脅威はないと言っていい。


「夕方になったらまた忙しくなるからな。早いとこ採集ポイントに行くぞ」

「あ、待って下さいよ!」


 今回ソフィーリアは、クフルの森の地理を叩き込まれに来たのであった。特に薬草の採集ポイントは、大体でいいので覚えておく必要がある。駆け出しの冒険者がまず挑戦するクエストが、薬草収集だからだ。軽やかな野鳥の声に安らぎつつ、森を探索していく。お弁当を広げたくなるくらい、良い天気だ。せっかくなので、薬草もいくつか収集しておく。


「よし、今日はここまでだな。これ以上奥に行くと、帰るのが遅くなっちまう」

「そうですね」


 大きな切り株のところで二人は折り返し、元来た道を辿る。ソフィーリアは、書き込みを加えた地図を満足そうに眺める。これで、冒険者にここの地理を尋ねられても大丈夫だろう。


「ところで、ヒーって金持ちの娘なのか?」

「え?あ、うんと、まあ、そうですね。うちの父は商人です」

「けっ、やっぱり国家公務員ってそんなのばっかりなんだな」


 ネフは口を尖らせ、さも面白くないという風に肩をすくめる。慌ててソフィーリアは言い訳をする。


「でも、うちなんて成り上がりですから。歴史もないし、店を構えてるっていっても小さなものですし、大したことないんですよ?」


 謙遜したつもりなのだが、ネフにとっては嫌味にしか聞こえていないらしい。チッと舌打ちの音がする。

 ルミナス王国の公務員になるためには、魔法学園などの教育機関を卒業する必要がある。当然、教育を受けるためには学費がいるから、貴族の子女など限られた人間しか入ることはできない。

 近年、この国では商業が発達し、ソフィーリアのような商人の子女も教育を受けられるようになってきた。彼女はどう見ても貴族に見えないので、ならば金持ちだとネフは判断したのである。

 そして彼女は本当に、父親は大した人物ではない、などと思っているが、王都に店を構えるエステリオス商店は、商人ならだれもが羨む成功者の一例だ。しかもその娘が魔法の才能に恵まれ、国家公務員に合格したとなれば、羨まれるどころか恨まれるほどの域である。


「えっと、ほら、父は確かにお金持ちなんですけど、最近お腹も出てきたし、忘れっぽくなったし、あんまりカッコいいオジサンではないというか……」


 ただ、当の本人は田舎に飛ばされ、こうして年下の機嫌を取っているわけなのだが。


「ったく、ブツクサうるせえよ。わかったから行くぞ、貧乳」

「ひ、ひん……」


 金持ちがどうか聞いてきたのはネフの方じゃないか、と心の中でそっと呟き、ソフィーリアは肩を落とす。そうして、冒険者ギルドに戻ってきた頃には、クエスト完了をしにきた冒険者が列をなしていた。ソフィーリアはまだその仕事ができないので、宿の手配をしたり、アイテムの整理をしたりしていた。


「ひぃ……疲れたぁ……」


 ぐったりと椅子に座って四肢を投げ出し、ソフィーリアは大きなため息をつく。息を吸うと、ツンとした匂いが立ち込めているのに気づく。匂いの方向に目をやると、ミースの姿が見えたので、そっと彼女の様子を見に行く。


「ミースさん、何してるんですか?」

「備蓄用の薬を作っているのさ。今日、ヒーちゃんとネフが持ってきた薬草でね」


 ミースはよくわからない紫色の液体に、すり潰した薬草を加え、大きな鍋でそれを煮込んでいた。匂いはキツイが不思議と臭くない。香ばしいとさえ感じる。


「他の冒険者ギルドじゃ、薬屋から完成品を仕入れてるのが普通なんだけどねえ。別に職員が作る必要はないんだけど。まあ、これはアタシの趣味なのさ」

「なるほど」


 料理好きの彼女のことだ、薬草作りも似たような感覚なのだろう、とソフィーリアは思った。実際は、トルトの町の薬屋よりも、ミースの方が腕が良い。そのことをソフィーリアが知るのは、もう少し後になってからだ。


「あの、ミースさん。失礼な話かもしれないんですけど、ここで受けられるクエストって、その、初心者向けのものがほとんどですよね……?」


 ソフィーリアは、昨日から気になっていたことを口に出した。星三つ以上のクエストが、片手で数えるほどしかないのである。ネフからモンスターについての説明を受けたときにも、星二つあればこの近辺を楽に散歩できるという風に感じた。そして、今日クフルの森に行ったときなんて、スライムすら出てこなかったのだ。


「ああ、そうだねえ。トルトは比較的、平和な町だと言えるよ。難しいクエストもないし、初心者にとっては打ってつけの町だ。そうだ、ヒーちゃん。夕飯の後、アレのことを教えとくよ」

「アレ、ですか?」


 その夜ソフィーリアは、ミースの自室に招かれた。作りはソフィーリアの部屋と全く同じだが、大きなクローゼットと鍵のかかったタンスが置かれている。小さな丸机には香がたかれ、秘密めいた雰囲気が漂っている。同じ女性の部屋なのに、ソフィーリアは何だか緊張してしまった。母の部屋とはまた違う、大人のオンナの空間である。

 ぎこちなく椅子に腰かけたソフィーリアに、ミースは両手でやっと持てる大きさの、透明な球を見せる。


「ヒーちゃんには、コレのことを教えておくよ。覗いてごらん」

「これは……ルミナス王国、ですか?」


 球の中には、この国の平面地図が描かれている。ミースが球を傾けると、その縮尺が変わり、トルト近辺が拡大されて表示される。すると、全体図を見たときにはなかった、淡い光の点がいくつも表示される。


「こ、これって魔道具ですよね?どうしてこんなものが……」


 この世界の技術は、科学ではなく魔法で形作られている。魔法で作られた道具は魔道具と呼ばれ、物によっては高い希少価値がある。


「一般に知られていないだけで、この王国じゃ多彩な魔道具が使われているのさ。そしてこれは、各地の冒険者ギルドに配布された千里球ってやつだ。この光の点は、冒険者カードがある位置を表す」

「……えっ!?」

「光の強さは、ランクを表す。これを使えば、どこにどんな強さの冒険者がいるのか、丸わかりってもんさ」


 ソフィーリアはあんぐりと口を開ける。魔道具についての知識はもちろんあったが、ここまで凄い物が実在しているとは思わなかった。


「これを見てわかる通り、この町には弱い冒険者しかいないんだよ。弱いモンスターしか出ないからねえ。星二つに上がったくらいで、みんな他の町へ出て行ってしまうのさ」


 なんとなく、寂しいような感情がソフィーリアにこみ上げる。しかし、それは当然のことなのだと自分に言い聞かせる。冒険者が求めるのは、強さと、それに見合った報酬だ。平和なトルトではなく、危険だが高収入を得られる場所に行くのは、川が山から海へ流れることくらい当たり前のことである。


「強い冒険者がいない。一応、このことは頭に留めておきな。あと、冒険者カードを作れば自分の位置を特定される……つまり、国に管理されてるってことは、絶対外部に漏らしちゃいけないよ。強制討伐義務のことは教わっただろ?強い冒険者を招集できるのは、この魔道具があるからなのさ」


 ソフィーリアはこくんと頷く。千里球のことを知らされ、身が引き締まる一方、こんな国家機密を抱えちゃうなんて、やっぱりあたしは国家公務員なのね!とどこか安心するソフィーリアであった。


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