07:白い鳩
くたびれ果てたソフィーリアを癒すのは、ミースの温かい手料理である。甘いカボチャのスープに、鶏肉のグリル。ソフィーリアはゆっくりと噛みしめながら、ネフはがつがつと掻き込みながら、それらを楽しむ。
こんなに美味しい夕食があるというのに、ギルド長は食べずに家へ帰る。しかし、食事の時にまであの大声を聞きたくないので、ソフィーリアには都合が良かった。
「ギルド長って、凄い名前で呼ばれていたんですね」
「ああ。素手殺しの熊、だろ?本人は、そう言われるのを嫌がってるんだよ。五年も前の話だからね」
ミースはくすくすと笑う。
「レドリス王国の人たちも知ってたくらいですし、とても強かったんですね」
「強かった、じゃねえよ。今も強えよ!」
ネフが口にパンを入れたまま怒鳴る。ミースがそれをたしなめる。
「ギルド長はホントに凄い人なんだぞ?たったの二年で星四つになったんだからな!」
「二年って、凄いんですか?基準がよくわかんない」
「ヒーって何にも知らないんだな」
「ごめんなさいね」
ソフィーリアはじとりとネフを睨む。彼も負けずに睨み返す。
「仕方がないから教えてやろう。あのな、まず星二つになるまで、一年かかるのが普通なんだ。星三つになるまでは、さらに三年かかる」
「へえ。星四つは?」
「一生かかってもたどり着けない奴がほとんどだ。それくらい、星三つと四つの差はでかい。ただし、これはルミナス王国の場合。他の国だと、多少違うみたいだ」
「はい、ありがとうございます」
なるほど、二年で星四つというのは破格のスピードらしい。それならば、なぜ冒険者をやめてギルド長になったのか、ますます不思議に思う。
「まあ、ヒーは星二つでさえ無理かもな!」
「な、なんですって!」
ネフは知らないのだ。ソフィーリアが、優秀な魔法使いであるということを。魔法学園の実技科目では、常にトップを飾っていたし、模擬戦では百戦百勝なのである。残念ながら、その実力を発揮できる機会は、この職場にいる限り巡ってこなさそうだが。
「ネフこそ、ランクはいくつなんですか!」
「ほ、星一つだけどよ!おれは11歳からここで働いてるんだ!クエストはほとんど受けたことがないけど、実力的には二つだよ!」
こういう屁理屈を言うあたり、ネフはまだまだ子供だなあとソフィーリアは思う。態度はでかいし、歳の割に物事をよく知っているが、自分がフォローすべき場面があるかもしれない。その時は、お姉さん面をしてやろう。
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ソフィーリアたちが、賑やかな食卓を囲んでいる間、トルト町支局に真っ白な鳩が舞い降りた。支局長、タルド・ウィンクスは、鳩に向かって話しかける。
「こんばんは。今、お茶淹れますね」
鳩は、窓の隙間から中に入ると、昨日ソフィーリアが腰かけた椅子にとまる。
「今年の茶葉はあまり良くなくて……」
「ああ、そうらしいですね」
低く、麗らかな男性の声。そして、次の瞬間、鳩からまばゆい光が発せられる。それが消えると、鳩の姿はどこにもなく、代わりに現れたのは若い男性だった。輝く金髪をたなびかせ、真っ白な騎士服を着ている。長い脚を組み、つま先をゆらゆらと揺らす。
「砂糖、要りましたっけ~?」
「二つ」
「はいは~い」
支局長は嬉しそうに、彼の前にカップを差し出す。
「お久しぶり。お元気そうで、何よりです」
「ありがとうございます。支局長こそ、お変わりありませんか?」
「ええ、ええ」
二人の男は、ゆったりとした動作で紅茶をすする。
「トルトにはいつまで?」
「とりあえず、三日間。鳩の姿をとりますので、支局長はお気遣いなく」
「はい。いつも通りですね。さて、今夜は私のお茶を飲みに来たわけではないんでしょう?」
騎士服の男は目をつむり、右の口角を上げる。そして、支局長に尋ねる。
「彼女の印象はどうでしたか?」
「う~ん、とても元気ないい子ですね。バルブロに引きずられても大丈夫そうでしたし」
「引きずられた?」
「到着が二日遅れたせいで、バルブロが苛立っていたんですよ」
「経費削減でね。彼女一人のためだけに、普通の馬車は出せない」
男たちはくつくつと笑う。
「しかし、いいんですか?バルブロに本当のこと言っておかなくて」
「言ってしまうと、かえって彼もやりにくいかもしれません。バルブロは、不器用な男ですからね。支局長は、彼らを見守ることに専念してください」
短い会談が終わり、支局長は一人、カップを洗う。彼は、ソフィーリアのことを心配していたが、ギルド長のことを信用してもいた。それに、ミースやネフだっている。自分の役目は、最後までこないだろう。彼はカップを丁寧にしまうと、書類の整理に取り掛かった。
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ギルド長が冒険者をやめたわけは、結局聞けなかった。食事が終わった後、予習と復習をするとネフに言われ、ソフィーリアは彼の部屋に連れてこられたのである。
「ヤバイと思ったら、ギルド長呼べよ。今日みたいに、顔を見ただけで逃げ出す奴らもいるくらいなんだ。無理はするな」
「うん。でも、なるべく自分で、なんとかするようにします」
ネフに気遣ってもらえるのは嬉しかった。なので、ソフィーリアがニコニコしていると、気持ち悪い顔しないで話を聞け、と怒られた。
それから、二人はトルト周辺の地図を広げ、地理を確認していった。ソフィーリアは、この辺のことがまるでわかっていない。どこにどういうモンスターがいるのか、冒険者ギルド職員なら把握している必要がある。
夜は更けていき、ソフィーリアが主要な地名をおさえると、ネフは座ったまま眠りこけていた。ソフィーリアは、ミースを呼んで二人でネフを運び、ベッドに寝かしつけた。黙っていれば、ネフは天使のように可愛らしい。ソフィーリアは、その寝顔を見ながら大きく伸びをして、自分の部屋に戻った。