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06:黒の稲妻団

 トルトは小さな町なので、冒険者ギルドに来る人間はほとんどが常連だった。ミースはソフィーリアのことを、まるで息子の嫁かのように紹介する。


「この子がうちのヒーちゃんだよ!」


 冒険者ギルドに新たな事務員が来るという話は、すっかり広まっていたようで、この一言だけで皆は理解するのであった。ソフィーリアは、アイテムや装備品を運んだり、買い物に行ったりと、あちこちを走り回る。ネフには冒険者カードの発行などをしろと言われていたが、新規登録をする者は一向に訪れない。


(あたしの肩書って、上級事務官だっけな)


 二階で遅い昼食を採りながら、ふとそんなことを考える。ミースやネフは、契約職員という立場らしく、一年ごとに契約更新がされるらしい。ネフは今年が二年目で、ミースにはちょっと、聞けなかった。彼女はとても艶っぽく美人であるが、冒険者たちとの会話を聞いていると、けっこうな年増であることが感じられたからだ。

 ちなみに、ソフィーリアの前任者も、国から送られてきた人間だったらしい。彼は四年間勤めた後、さらに田舎の町へ飛ばされたとのこと。余りにも聞きたくない事実だったが、無駄な希望を持つよりマシだろう。自分はもう、秘書官になれないかもしれない。


「ヒー!新規登録の冒険者が来た!」


 ネフの声に、ソフィーリアはパンを牛乳で流し込み、階段を駆け下りる。やっと、事務官らしい仕事ができるのだ。


「こんにちは!」


 一階には、三人の男たちがいた。剣士が二人に、魔法使いが一人。リーダー格らしい、剣士の一人が、兜を取ってソフィーリアに微笑む。


「こんにちは。冒険者登録をお願いします」

(やったあ!まともそうな人で良かった!)


 男たちの身なりはきちんとしていて、武器も高級そうだ。魔法使いからは、強い魔力を感じるので、なかなかの実力者だと見受けられる。


「では、こちらの用紙に必要事項を記入してください」

「ああ、わかった」


 彼らはすらすらと文字を書く。とても綺麗な筆跡なので、高い教育を受けたのだろう。


「あっ、レドリス王国の方なんですね?」

「そうなんです。ルミナス王国に着いたのはずいぶん前なんですけど、色々あって登録が遅くなったんですよ」


 新規登録をする冒険者には、二種類いる。12歳になり、冒険者となる資格を得た、駆け出しの者。そして、外国から来た者。冒険者登録は、その国ごとで行うので、他国の冒険者カードは使えないのである。


「えっと、少々お待ちください……」


 ソフィーリアは、本人特定用の紙に、彼らの容姿を書いていく。ネフが横目で、内容を見てくれているので、間違えても心配はないだろう。三人分の冒険者カードを作るのは、その分手間も時間もかかるが、彼らは静かに待っていてくれる。初めての相手が、礼儀正しい人々で良かったと、彼女は安堵する。


「はい、できました。これがルミナス王国の冒険者カードです!」


 彼らに冒険者カードを渡し、次は注意事項の説明をするぞ、とソフィーリアが意気込んだ時だった。


「オイ、どういうことだ?」

「はい?」


 リーダー格の男が、先ほどとは打って変わって、ドスの効いた黒い声を出す。


「この俺たちが星一つって、舐めてるのかあんた!」

「ひっ!?」


 男たちの気迫に、ソフィーリアの身体が震えあがる。


「俺たちはなあ、レドリスじゃあ黒の稲妻団として最強で通ってる冒険者なんだよ!これを見ろ!レドリス王国の冒険者カードは、星四つだ!」


 確かに、そちらの方には星が四つある。しかし、ネフは言っていた。最初は誰でも、例外なく、星一つだと。


「あ、あの、ルミナス王国で新規登録をする際は、最初はだれでも星一つなんです。例外は……」


 ネフの方を見る。彼は首を横に振る。


「ありません」

「なんだとコラアアアアア!」

「ひいいいいい!」


 黒の稲妻団は、受付カウンターに身を乗り出し、ソフィーリアを睨みつける。つい水の防御魔法を使いそうになったが、ここで魔法を発動させればさらに問題になるだろう。ここは、穏便に、なんとかして納得してもらわなければならない。


「で、ですから。いくら黒の稲妻団さんがレドリス王国で強かったとしても、これは規則なんです。私の一存でどうにかなるものではありません」

「だったら、なんだ?ちまちま薬草集めでもして、ランクを上げろってことか?」

「ええと、まあ、そうなりますね……」

「俺たちはなあ!星三つ以上の特別クエストを受けたいんだよ!そのために登録しにきたんだ!せめて星三つで登録しろ!」

「できません!」


 ソフィーリアはぐっと奥歯を噛みしめる。これだから、冒険者は嫌なのだ。自分の要望を好き勝手言って、強引に通そうとする。プライドだけは一人前の、野蛮な連中だ。


「どうされましたぁ?うちの者が何か粗相でも?」


 ギルド長が、ソフィーリアの背後からぬうっと現れる。どうやら、ずっと奥にいたらしい。リーダー格の男は、床に唾を吐きかける。


「あんたがここの親方かい?このお嬢ちゃんじゃ話にならねえからな。ちょっと言わせてもらうよ」

「おい、やめろ、やめとけって!」


 魔法使いの男が、血の気の無い顔をして叫ぶ。そして、ギルド長を指さして言う。


「は、禿頭に黒いひげ!その頬の傷!素手殺しの熊、バルブロに違いねえ!何で奴が冒険者ギルドなんかに!?」

「何っ!?素手殺しの熊だと!?」


 男たちは、そろそろと後退する。ソフィーリアがギルド長を振り返ると、彼は頭をかいて呟いた。


「まあ、そう呼ばれていた時期もありましたねぇ」

「ぎゃあああああ!」

「あ、それとね、黒の稲妻団御一行さん。この国でギルドカードを作るということは、この国での恩恵を受けるということ。それと同時に、この国に対する協力義務が発生するということなんですが、わかってますよねえ?」

「すみませんでしたあああああ!」


 仮にも黒の稲妻団と仰々しい名を名乗る、大の男三人が、一斉に土下座をする様子はとても滑稽だった。ネフは、すっかり硬直しているソフィーリアをつつく。


「ヒー、冒険者カードについての注意事項」

「あ、はい。えっとですね……」


 ソフィーリアは完璧な説明をしたが、土下座をしたままの彼らが、果たしてちゃんと理解できたのだろうか。彼らはクエストも受けず、一目散に走り去ってしまったのであった。


「だ、大丈夫なのかな、あれで」

「ヒーが気にすることじゃねえよ」


 ネフは冷めた顔つきでそう言う。いつの間にか、ギルド長はいなくなっていた。


「あの、ネフ。さっき、ギルド長が言ってたことなんですけど。協力義務っていうのは、具体的にどういうことなんですか?」

「……うわっ、どう説明しよう。当たり前のことすぎて説明難しいや」

「何も知らなくてごめんなさいね!」


 ソフィーリアはぷりぷりと怒る。


「えっと、つまりだな。強力な魔物が現れたとき、強い冒険者には強制討伐義務が課せられるんだ。最終的には、王国騎士団に討伐要請を出すんだけど、トルトみたいな地方じゃ到着が遅れるだろ?それまでに、魔物を倒すか、侵攻を食い止めるのが冒険者の役割なのさ」

「ギルドでの恩恵を受ける分、働けってことですね」

「そう、その通り。働かざる者食うべからずだ!ヒー、お前もとっとと働け!」

「ひいいいいい!」


 ネフに盛大な蹴りを入れられ、ソフィーリアは慌てて作業に取り掛かった。


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