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05:朝のコーヒー

 二日連続、貧乳と言われたショックから立ち直る暇もなく、ネフの説明は続く。


「これが冒険者カードだ。冒険者ギルドが国営化してからは、正式な本人確認書類として認められた。魔法で加工してあるから、多少の衝撃には耐えるし、偽造防止もされている。これに、一枚目の情報を入力して……よし、できた」


 ソフィーリアは、できたてほやほやの冒険者カードを手にする。容姿など、二枚目に書かれた情報はこちらには載らないようだ。冒険者カードは、ちょうど彼女の手に載るくらいの大きさで、左下に金色の星が一つ描かれている。


「冒険者にはランクがある。最初は誰でも、例外なく、星一つだ。クエストをこなすことにより、星の数、つまりランクが上がっていく」

「ランクはいくつまであるんですか?」

「上限はないけど、事実上、星五つが最高だな。といっても、トルトじゃ見たことないけど。星四つだったギルド長が、この町最強の男だよ」

「ひええ……」


 口げんかでは負けたくないが、力で勝とうとは思わないでおこう、とソフィーリアは決心する。そして、そんなに強い人が、なぜギルド長なんかやっているんだろう、と疑問に思う。後でミースに聞いてみよう。


「冒険者カードは、常に携帯すること。他人に貸すのは絶対に禁止。紛失したらすぐに届けを出す。新規登録の手数料は無料。再発行と、ランク更新のときに別途料金がかかる」

「え、えっと。これってマニュアルとかないんですか?覚えること多すぎるんですけど」

「馬鹿野郎!そんなものねえよ!それでも魔法学園卒か!」

「ひっ!」


 それからソフィーリアは、冒険者名簿の管理方法や、再発行とランク更新の手順を教わる。受付カウンターの中は、びっくりするほど整理が行き届いていて、どこに何があるのかすぐわかった。ギルド長がこれを徹底させているのだという。がさつそうな外見に似合わず、几帳面な人らしい。

 そんなことを思っていると、当の本人が出勤してくる。


「お前ら!おはよう!今日もしっかり働けよ!」

「お、おはようございます!」


 爽やかな朝を台無しにする、ギルド長の胴間声。


「ネフ!俺のコーヒーは!」

「それは新人の仕事っす」

「ヒー!」

「え、あ、あたし!?そんなの聞いてませんよ!」


 ネフに非難の目を向けると、ミースが沸かしているお湯で、濃いコーヒーを作れと言われた。ギルド長専用の赤いマグカップには、大きな黒い文字で「男道」と書かれている。もの凄く、ださい。


「薄っ!」

「嘘っ!?」


 隣でネフが、すっごく濃いめだぞ!と叫んでいたので、ソフィーリアの常識以上に濃く作ったのだが。それでも足りないだなんて、この男の味覚はどうなっているのだろう。


(あたし、こんな粘土みたいなコーヒーを作るために、国家公務員になったわけじゃないのに!)


 美味しい紅茶やコーヒーの淹れ方を、ソフィーリアは会得している。主人の体調を気遣い、それに合ったブレンドをすることまでできる。魔法学園在学中、わざわざ習いに行ったのだ。彼女の目標は、大臣クラスの秘書官になることなのだから。

 もちろん、初めから秘書官になれるだなんて思っていない。秘書官になるには、お偉いさんの推薦状が不可欠なのだ。採用されてからの数年間は、様々な部署に行き、多様な経験を積む。そこで実績を上げ、上司に気に入られ、秘書官に推薦してもらう。できれば、法務大臣の秘書官がいい。

 あわよくば、そこで縁談なんか持ちかけられたりしちゃって、安定した仕事と、ステキな旦那様が同時に手に入ったりなんかしちゃって……というのが、ソフィーリアの未来図であった。


(それがどうしてこうなった!)


 人事官には、秘書官になりたいという希望を伝えてある。ある程度は、それを汲んで、配属先を決めてくれると聞いていた。実際、同期たちはおおむね希望通りの部署へ行っている。親友のメリッサも、財務局に決まったときは当然だという顔をしていた。

 なので、ソフィーリアは、なぜ自分だけがこんな仕打ちを受けるのか、まるでわからなかった。卒業時の成績だって悪くないし、面談の時の礼儀作法も褒められたのだ。


「コーヒーもろくに作れねえのか!このグズ!」

「すぐに作り直しますよ!」


 二人が怒鳴りあっていると、その日最初の冒険者がやってきた。


「おはようございます、ギルド長」

「ああん?エリックか。やけに早いな」

「早く金が要るんでね。手ごろな討伐クエストあります?」

「ちっ、待ってろ」


 ギルド長はクエスト表を見に行く。冒険者にクエストを見繕ってやるのも、彼の仕事だ。エリックは、金髪を短く刈り込んだ利発そうな青年だ。腰に下げている剣と、鉄の胸当てを見れば、すぐに剣士だとわかる。


「ねえ、君が噂の新人ちゃん?」

「は、はあ」


 エリックはソフィーリアにつかつか歩み寄る。男慣れしていない彼女としては、あまり近くにきてほしくない。汗だか泥だか、不愉快な臭いもする。


「エリック!手ぇ出すんじゃないよ。ヒーちゃんは国の人間なんだからね!」


 ミースがぴしゃりと言う。


「はいはい。君、ヒーちゃんって言うんだ?」

「違います、ソフィーリアです」

「ふうん?ヒーちゃんの方が可愛いじゃん」


 ああ、こうして呼び名が定着していくんだなあ、とソフィーリアは悲しく思う。


「エリック!これでいいな?ゴブリンの巣の殲滅。クフルの森に、また巣ができたらしい。必要アイテムは、ゴブリンマスターの首輪。推奨ランクは星三つだが、星二つのお前でも大丈夫だろう」

「あいよ~」


 エリックはギルド長に冒険者カードを渡す。ギルド長は、氏名やランクなどが書かれた表面を確認し、裏面に判を押す。この判は、魔法のインクが使われており、クエスト受諾中は消えることが無い。そして、クエスト完了報告をすると、消えるという寸法だ。


「じゃあね、ヒーちゃん。すぐに完了報告をしに来るよ」


 エリックはウインクをして立ち去る。なんて気持ちの悪い。


「おい、コーヒーはまだか!」

「はいはいはい!」


 こうして、ソフィーリアの新たなる日々が始まった。


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