04:ヒーちゃん
冒険者ギルドの朝は早い。ニワトリが声を上げる前に、ソフィーリアは叩き起こされる。
「とっとと起きろ!」
「ひいっ!」
ベッドから転げ落ちるソフィーリア。その犯人はネフである。彼の年齢は、13歳だと聞いた。4歳も下の相手に足蹴にされる、国家公務員。一応、上級事務官用の制服は支給されている。黒のジャケットに、深い緑色のワンピースだ。ジャケットの胸元には、銅の羽根のピンバッチがついている。彼女はそれに袖を通さず、ワンピースだけを着て、その上にエプロンをつける。普通の事務仕事なら、こんなことしなくてもいいのに、とため息をつく。
「おはよう、ヒーちゃん」
「おはようございます……」
早朝だというのに、きっちりと髪をまとめているミース。ヒーちゃん、というのは、昨晩決まってしまったソフィーリアのあだ名だ。愛称、と言えば聞こえはいいが、嬉しくも何ともない。
「お前の名前、長いんだよ!」
とギルド長に言われたので、ならばソフィと呼んでくれと頼んだのだが。
「ヒーでいい!お前の口癖からとってやった、良かったな!」
ということになってしまったのだ。酷い、酷すぎる。
ソフィーリアはネフに言われるまま、建物内外の掃除をする。窓を拭き、床を掃き、草をむしる。こんなことをするために、国家公務員試験の勉強をしたわけではないのに。きっと、部屋にかけられたままのジャケットが泣いている。げっそりしているソフィーリアとは対照に、命令をするネフの表情はとても嬉しそうだ。何しろ、昨日までは彼が一番下っ端だったのだから。
「ヒー、次はクエスト表の確認!」
「はい……」
「声が小さい!」
「は、はいっ!」
そんなことを言われても、ソフィーリアにこんな仕事をする覚悟なんて全くなかったのだ。貴族や王族に対する礼儀作法は学んだが、年下の上司に大声で返事をする練習なんてしたことがない。
「今現在、どのクエストが有効なのかを確認。掲載期間が過ぎているものは削除する。緑の印がついているやつは、アイテム収集クエストで、期間は特に定まっていない。赤い印は、高ランクの冒険者しか受けられない、特別クエストだ。って、聞いてるのか?」
「ごめんなさい、そもそもクエストってなんですか……」
「はあっ!?」
実は、ソフィーリアは冒険者ギルドのことを何も知らない。冒険者が金を稼ぐところ、という程度の知識しかない。ネフは顔を両手で覆い、その場に崩れ落ちた。
「こんなの送ってくるなんて、国の奴らは一体何考えてるんだよぉ……」
「あたしにもわかりませんよぉ……」
二人して泣きそうになっていると、ミースが声をかける。
「ギルド長が来る前に、一通りのこと教えてやんな。ヒーちゃんは魔法学園を出てるんだ。すぐに理解するさ」
ミースは二人の肩をぽんぽんと叩く。ギルド長は、仕事を終えた後、自宅へ帰る。そして、営業時間の直前に出勤するらしい。ソフィーリアには、ここがお前の家だ、なんて言っておきながら、自分だけちゃんとした家を持っていることが気に食わない。そんなわけで、このギルドに住んでいるのは、ミースとネフ、ソフィーリアの三人だけであった。
「ヒー、一回しか言わないからな!よく聞けよ!」
「はいっ!」
ネフは立ち上がり、ソフィーリアを上目で睨みつける。
「冒険者ギルドの役割は沢山あるけど、その主となるのが、地域の頼みごとの仲介役だ。依頼人が、頼みごとをする。その頼みごとが、クエストだ。冒険者ギルドは、それを受けてくれる相手を探す。そこまではわかったな?」
「ふんふん」
「返事は短く、はい!」
「はいっ!」
ソフィーリアは姿勢を正す。
「クエストにも色々あるが、一番単純なのはアイテム収集クエストだ。薬屋が、薬草の収集クエストを出したとする。クエストを出すのには、手数料が要る。そして、冒険者から薬草を受け取り、報酬を渡すのは冒険者ギルドだ。その後に、薬屋に薬草を渡す」
「なるほど」
「武器の貸し出しや、パーティー募集の掲示板の提供、宿泊施設への案内なんかもやっている。これには一部、手数料がかかる。そして、ギルドの機能を利用するには、冒険者登録をして冒険者カードを手に入れなければならない」
「ほうほう」
「だから返事!」
「はいっ!」
ミースは書類を整理しながら、くすくすと笑っている。先輩面をしているネフのことが可笑しいし、必死に声を張り上げているソフィーリアのことがもっと可笑しいのだ。
「お前にはまず、冒険者カードの発行やランク更新をしてもらうことになる。冒険者カードは、ルミナス王国全ギルド共通のものだ。そうだな、自分のやつを作ってみるか?」
「あ、はい」
ネフは受付カウンターの中に入り、「新規登録セット」と書かれた引き出しを開ける。
「おれがヒーのカードを作ってやるから、手順を覚えること」
「はい!」
「はじめに、この用紙に必要事項を記入してもらう。字が書けないと言われたら、代筆する。お前、もちろん書けるよな。書け」
「はい……」
氏名、性別、生年月日、出身国に職業などを書いていく。
「別に、水属性とまで書かなくても、職業は魔法使いだけでいいのに」
「あ、学園の癖で……」
この世界の魔法使いは、火、水、土、風のどれか一つの属性魔法のみを使える。魔法学園にいるときは、その属性を含めて自己紹介をするので、それが染みついているのだ。
「うわっ、エリートの嫌味かよ」
「そういう意味で言ったんじゃないです!はい、とにかく書けましたよ」
ネフはそれを受け取ると、別の紙に、何かを書き込む。
「登録には二枚の紙を使う。一枚目は、カードに記載される事項。二枚目は、冒険者ギルド側が管理のために残しておく情報。普通は相手に見せないが、今回は特別。お前の情報は、これだ」
二枚目の紙を渡されたソフィーリアは、絶句する。
髪の色、鉄さび色。瞳の色、青。肌の色、白。身長、低め。体格、貧乳。
「なにこれえええええ!」
「本人を特定する情報だ。これがないと、困るからな!」
ネフは鼻を鳴らした。説明はまだまだ続く。