03:トルト冒険者ギルド
大柄の男に引きずられ、やってきた建物こそ、ソフィーリアの配属先・トルト冒険者ギルド。受付のカウンターには、黒い髪を高い位置でまとめた、色っぽい中年女性が頬杖をついている。
「ギルド長、放してやんな。その子泡吹いてるよ」
「ああん?」
「ひい、ひい……」
ギルド長と呼ばれた大柄の男は、ソフィーリアをどさりと床に落とす。
「ミース、これ、使えると思うか?」
「使えるようにするのが、あんたの仕事じゃないか」
「まったく、国の奴らはこんなのばっかり送ってきやがって……」
ミースはカウンターを出て、ソフィーリアを抱き起こす。
「大丈夫かい?」
「はい……」
よたよたと立ち上がったソフィーリアは、なんとか気丈さを取り戻し、挨拶をする。
「ソフィーリア・エステリオスと申します!」
「エステ……ああん?」
「ソフィーリアちゃんね。アタシ、お水持ってくるよ」
ギルド長と対峙したソフィーリアは、彼の顔をキッと睨みつける。禿頭に黒い無精ヒゲ、頬には傷痕。年の頃は三十代中盤といったところか。めちゃくちゃ恐いが、無理やり連れてこられた文句は言っておかねばなるまい。
「あの!一つ言わせてもらいますけど!」
「来るのが遅えんだよ!俺が何日待たされたと思ってるんだ!」
「それはあたしの責任じゃありません!それより!」
「こっちは人手が足りねえんだよ!」
「ぼろっぼろの馬車で四日かけてこちらまで来たんですよ!」
「そんなもん知るか!」
「はい、二人ともこれ飲んで落ち着く!」
張りのあるミースの声が、ギルド内に響く。ソフィーリアとギルド長は、渡された水を一気に飲み干す。
「この子の荷物はどうしたんだい?」
「ああん?」
「支局に置いてきたんだね。まあいいさ、後でネフに取りに行かせるよ」
短いやり取りの中で、ミースが一番頼りになると判断したソフィーリアは、彼女に質問をする。
「あのっ、官舎の入居手続きがまだなんです」
「官舎?そんなものトルトにゃないよ」
ソフィーリアは目を丸くする。だったら、自分はどこに住めばいいのか。まさか、家を借りなければならないのだろうか。とりあえず、今日のところは宿屋に泊まればいいのか。
「お前の家はこのギルドだ!二階に住め!」
「ひっ!?」
ギルド長が、太い腕を組んでそう言い放つ。
「衣食住、そして仕事!全部この俺に従え!さもなきゃ追い出す!」
(絶対に嫌あああああ!)
ソフィーリアは声にならない叫びを上げる。
「ギルド長!新人の荷物、持ってきました」
開けっ放しになっていたドアから入ってきたのは、小柄なソフィーリアより、もっと背の低い少年だった。ボサボサの金髪に、丸く大きな瞳をしている。ミースが彼に呼びかける。
「ネフ、えらく気が利くじゃないか」
「買い物帰りに、たまたまタルドさんに会ったんですよ。ギルド長が、物凄い勢いで新人かっさらって行ったって」
タルドとは、支局長タルド・ウィンクスのことである。ネフのような子供にさえ、役職名ではなくファーストネームで呼ばれている辺り、彼の威厳の無さが見て取れる。
「それが新人?」
「あ、えっと」
ミースが代わりに紹介する。
「ソフィーリアちゃんだよ」
「おれ、ネフ。よろしくな」
「よろしくお願いします!あと、荷物ありがとうございます!」
ソフィーリアはぺこりと頭を下げる。
「言っとくけど、今回だけだからな。これからは、お前が使い走りやれよ」
「ひっ!?」
ネフは当然だというような顔をしている。乱暴な男にさらわれた次は、子供の子分にされるのか。ソフィーリアが固まっていると、ギルド長は上から下まで彼女を眺め、ため息をつく。
「それにしても、もうちょっと、こう、なあ?ネフ」
「ああ、そうですね」
「な、なんでしょうか……」
「どうせヒヨッコ送ってくるなら、もっとべっぴんなの寄越せよな」
ソフィーリアは顔をくちゃくちゃに歪める。面と向かって、容姿のことをとやかく言われるなど、思ってもみなかったのだ。
はっきり言って、ソフィーリアは美人ではない。歯並びは悪いし、アゴが少々しゃくれている。髪の色も、赤みがかった茶色で、鉄さびのようである。
「それに、アレだな」
「アレですね」
二人がじっと見ているのは、ソフィーリアの胸である。
「な……なっ……」
「こら、二人とも。年頃の娘に、貧乳なんて言うもんじゃないよ」
(ミースさあああああん!)
この世界では、多産が美徳とされている。その象徴とも言える、大きな胸の女性は、非常にモテるのだ。ソフィーリアの胸は、真っ平とまではいかずとも、侘びしい膨らみしかない。
美人でなく、胸もないソフィーリアは、今まで一度も恋人ができたことがなかった。彼女は今、17歳。この世界では、結婚して子どもがいてもおかしくない歳である。
「まっ、気にすんなよ!貧乳でも嫁の貰い手くらいあるって!」
「ひっ、ひん……」
ネフの励ましだか皮肉だか分からない言葉に、ソフィーリアの開いた口は塞がらない。
「ネフ、そいつを二階に連れて行け!お前もヒーヒー言うな!やかましい!」
着任一日目。さっそく心を折られたソフィーリアは、与えられた狭い個室で、枕を濡らすのであった。