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22:冒険者ギルドからの卒業

 ソフィーリアもギルド長も、騎士団長から見ればまだまだ子供である。そんな彼らをどう諌めようか、と頭を捻りながら、罵声飛び交うギルド長の部屋に向かう。廊下でしょんぼりしているギルド長の妻を見つけ、彼は声をかける。


「お邪魔しますよ、ネリー」

「騎士団長様!」

「二人は私がなんとかします。お任せください」

「い、いえ、その、何故だかいい感じになってまして……一周回って褒め合いになっているというか何というか……」


 わかるような、わからないような説明。騎士団長は、部屋に入るのを踏みとどまり、彼らのやり合いを聞く。


「まあ、お前も思ってたよりは物覚えがいいんだよな!乳が無い代わりに脳みそはあるみたいで結構だ!」

「ええ、記憶力はいいですよ!ギルド長の罵り文句は一字一句覚えてますし!しかしまあ、ギルド長って語彙が豊富ですよね。詩人も顔負けって感じで、感心します。暴言に関してだけですけどね!」

「そんな生意気な口をきけるんだ、お前は王都に行っても多分、大丈夫だろ!」

「ギルド長にそう言ってもらえると、安心です!」


 そして二人は、大声で笑いだす。ガハハハハハ!と高らかに。当事者以外はわけがわからず、皆頭を抱える。何がどうしてそうなった。


「おっほん。お二人さん、ちょっといいですか?」


 わざとらしく咳払いをする騎士団長。ソフィーリアはこのとき初めて、ケンカの様子を聞かれていたことに気づいた。窓の外を見ると、町の人たちが訝しげな表情でこちらを見ている。


「あっ、えっ!?ひいいいいい!」


 手足をバタバタさせて、慌てるソフィーリア。さすがのギルド長も、禿げ頭を両手で抱え込む。


(トルトの皆さんに、何という醜い姿を晒してしまったんだあたしは!これじゃあもうお嫁にいけない!)


「落ち着いて下さい、ソフィーリア。バルブロ、彼女とはなぜケンカになったんですか?」

「こいつが、秘書官にはならない、トルトに居座るって言うからよ……」

「いえ!やっぱり思い直しました!あたし秘書官になりたいです!はい!」

「展開が早くてついていけないんですが、とりあえずあなたたちは仲直りしたんですね?」

「してません!」

「してねえ!」

「……そうですか」


 こういう時は、飲み物を飲んで、落ち着くに限る。ネリーが持ってきたホットミルクを飲み、ソフィーリアは息を整える。


「あのう、済みませんでした」


 ソフィーリアはそう言って、ギルド長と騎士団長の顔を交互に見る。


「気持ちが整理できてないまま、お邪魔したのが悪いんです。トルトに残りたいって気持ちも、秘書官になりたいって気持ちも、両方あるんです。でも、自分のためにはどうするべきか、ちゃんとわかってました」


 ギルド長は、貧乏ゆすりをしながらも、ソフィーリアの顔を見ようと必死である。真剣な場面になると、彼は弱い。簡単に言ってしまうと、照れているのである。


「あたし、ギルド長に甘えてました。馬鹿野郎、って怒鳴られたかったんです。それで、決心をつけたかった。まさか殴られるとは思いませんでしたけど……」


 ギルド長は咳払いをする。


「その、アレだ、それに関しては、すまなかった。いくら不細工でも女を殴るのはダメだった。反省してる」


 余計な一言がついているので、ソフィーリアは眉をぴくりと動かす。しかし、ここで文句を言えばまたケンカになりそうなので、我慢しておく。


「ヒー。お前には、礼を言ったことがなかったな。本当は、いつも感謝してる。お前は、よく働いてくれている。ありがとな」


 ギルド長は、言葉を吐き終わると、そっぽを向いてしまう。ソフィーリアは、一瞬何を言われたのかわからず、呆けてしまう。やっとのことで、その意味を飲み込むと、両手がカタカタと震え出す。


「……さて、仲直り、ですね?」


 騎士団長は二人に温かいまなざしを向ける。


「いつも、怒鳴ってばっかりのくせにっ……あたし、必要とされていないかもって思って、それがすっごく嫌だったのに……そんなにサラッと、ありがとう、なんて、言わないで下さいよぉ……」


 ソフィーリアは、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにする。拭っても拭っても、止まらない。止めることができない。彼女の嗚咽は、家の外にも伝わり、トルトの町の人々も貰い涙をこぼす。ネリーが彼女の肩を抱き、騎士団長は立ち上がって頭を撫でる。


「泣くんじゃねえよ……元から酷い顔が、ますます醜くなってるぞ」

「うるっさいです……わかってますよぉ……」


 こうして二人は、互いの気持ちを、ようやく口に出すことができたのだった。


★★★★★


 ドラゴンが討伐されてからしばらく後、トルトの町の酒場。女たちは、朝から宴の準備に追われていた。今日は、ソフィーリアのドラゴン討伐祝賀会。または、冒険者ギルドの卒業式。そして、壮行会。


「ネリー!力仕事はするなって言ったじゃないか!」

「このくらいなら大丈夫ですわ、ミースさん。今年になってから、身体の調子も良くなりましたから」


 ギルド長の妻・ネリーが、珍しく町へきていた。まだ幼い二人の子供も、準備に参加している。酒場の台所には、女たちに紛れ、支局長の姿もある。


「デザートは僕に任せてね!この日のために、珍しい果物も取り寄せたんだよ~」


 彼の後ろには、果物の籠を三つも抱えたネフが、迷惑そうな顔で立っている。


「なんでオレがこんなことしなくちゃ……役不足だっつうの」


 そう言って、大工仕事をしている男たちの方を見る。あちらに混ざりたいのだ。今日はトルトの住人が一堂に会すので、酒場の外に野外席を作っているのである。


「おい、資材が全然足りねえぞ!」

「誰かノコギリ持ってないか?」

「早くしないと日が暮れるぜ!」


 外国出身の黒の稲妻団だが、すっかりこの町に溶け込んでいる。ちなみに先日、三人揃って冒険者ランクが星二つになった。


「なんだか、悪いねえ。何も手伝えなくて」

「何言ってるんだエリック、お前あの時死にかけたんだぞ?ここまで回復したのも奇跡ってくらいなんだ。今日は大人しくしてろ」


 初めにドラゴンと遭遇したエリックのパーティーは、全員生き延びることができた。まだ火傷の跡が痛々しいが、しばらく休めば冒険者として復帰できるという。

 町全体が、お祭りムード。何の特徴もない、平凡な田舎町が、久々に活気づいている。

 今回の主役は、諸手続きのため、騎士団長と支局にいた。ソフィーリアはいつものエプロンではなく、銅の羽根のピンバッチがついた、黒いジャケットを着ている。


「今日で、この町ともお別れなんですね……」


 ソフィーリアは、初めてここを訪れた時のことを思い返す。来て早々、ギルド長に引きずられ、冒険者ギルドに連れて行かれた時のことを。


「来ようと思えば、いつでも来れますよ。そんなに寂しがる必要はありません」

「はい、そうですね。今日は泣かないようにします」


 全ての書類にサインを終え、ソフィーリアは顔を上げる。耳を澄ますと、祭りの準備をする皆の声が、風に乗って聞こえてくる。


「そういえば、バルブロはどうしているんですか?彼も準備を?」

「いえ、ギルド長は、いつもの所にいます。酒場にはね、最後だけちょこっと来られるそうです。なんだか、ギルド長らしいですよね」


 騎士団長はくすくす笑う。


「さあ、ソフィーリア。今日は思う存分、楽しんでください」

「はい!」


 その夜、ソフィーリアは、鍋から零れ落ちるほどのごちそうと、蔵の奥にしまわれていた高級な酒を浴びた。服が汚れるのも、げっぷが出るのもお構いなし。誰かが弾きだしたギターの音色に合わせ、野外のステージでくるくると踊る。


「いいぞ、ヒーちゃん!もっと踊れ!」

「ヒーちゃん、可愛いよ!酔ってるせいか今日は可愛く見えるよ!」

「トルトを救ってくれてありがとう、ヒーちゃん!」

「王都に戻っても元気でね!」


 ソフィーリアは、トルト中に響く大声で叫ぶ。


「あたし、立派な秘書官になります!そして、カッコよくて権力とお金があって、優しくて面白い人に嫁いでみせます!ひゃほう!玉の輿っ!」


 ステージから遠く離れた小さな椅子で、ギルド長はそれを聞いていた。


「ドラゴンを倒した英雄だっていうのに、あいつはやっぱり、馬鹿なんだな……」


 彼はそう呟いて、ソフィーリアには一度も見せることが無かった、満面の笑みを浮かべたのだった。

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