21:ギルド長とソフィーリア
ギルド長が出て行ってから、ソフィーリアは騎士団長と二人で話すことになった。彼女にとって、彼との初対面は、ついこの前の婚活パーティー。しかし、彼は魔法学園時代から彼女のことを知っていたとのこと。何そのストーカー、とソフィーリアは素直に喜べない。
騎士団長は、ドラゴンについての顛末を話す。そして、今後のソフィーリアの処遇も。彼女がドラゴンを倒したことを、トルトで知らない者はなく、すでに近隣の村々にも知れ渡っているらしい。王都では騎士団長と踊った貧乳、地方ではドラゴンを倒した英雄。この短い期間に、自分が有名人になってしまったことに絶望する。そんなわけで、国から褒賞が出ることは確実だ、と。
「正式なお達しがあるのは、恐らく来年になるでしょう。今はとにかく、身体と心を休めて下さい。あまりにも色々なことが、ありましたから」
その色々の内に、あんたが原因のことが含まれているんですが……と言いたいのを、ソフィーリアはぐっとこらえる。
「あと、秘書官の話なんですが。支局長は、すぐにでも推薦状を書くつもりでいます。ドラゴンを倒すという、これ以上ない功績を上げたんですから」
「それってつまり、来年度から王都で秘書官をやれってことですか!?」
「はい。あなたにとって、願ってもない話のはずだ」
確かにそうだ。ソフィーリアは、こんな田舎町で働きたくなどなかった。王都で秘書官になるのが、ずっと前からの夢だった。実の所、通信局でなく冒険者ギルドに配属されたことで、その夢は半分叶っていたことになるが。もし通信局へ行かされていたら、こんなチャンスは一生巡ってこなかったのである。
「結果的に、あなたやバルブロを騙すことになったのは、申し訳なく思っています。彼はあなたを、冒険者ギルドの職員として、立派に育て上げる気でいた。それが、私の計画の一部、つまり踏み台だったと知れたら。まあ怒りますよね」
「あたしを、育て上げる?」
その言葉がソフィーリアには意外だった。ギルド長には、ただの足手まといだと思われている気がしていた。褒められたことも、労われたことも、ギルド長の娘を助けた一件の他には、一度だってなかったのだから。
「あたし、どうすればいいんでしょう。ギルド長に、何て言えば」
「バルブロなら、私がなだめておきますよ。あなたは何も悪くないんだし」
「えっと……ところでお二人は、どういう関係なんですか?」
騎士団長が幼少時にトルトの町にいた、ということで、大体の目星はついていたが、一応尋ねてみる。
「ああ、幼馴染ですよ。私は幼い頃、トルトで隠居生活をしていた祖父母に育てられました。昔はバルブロも可愛い少年でね。カイル兄ちゃ~ん、なんて言って、いつまでも後をついてきて……」
その様子を想像して、ソフィーリアはぷっと吹きだす。
「私が騎士団に入るときも、泣いて止められましてね。王都に帰っちゃやだ、って。それから俺も強くなる!なんて言いだして冒険者になって。そりゃあもう、いじらしかったですね。ただ、数年ぶりに再会した時、あんな禿げ頭になって……無精ひげまで生やして……。カイル兄ちゃんショックですよ」
本当にがっくりと肩を落とす騎士団長。
「ヒーお姉ちゃん、いる~?」
その時戸口に、兄と妹、二人の子供がやってくる。
「き、君たちはもしかして、バルブロの子かい!?」
「よくわかりましたね、騎士団長。はいはい、ここだよ」
「バルブロの小さいころに、そっくりだ……!」
兄の顔を見ながら、遠い思い出に浸っている様子の騎士団長。少し放っておこう。
「どうしたの?」
「お母さんが、ヒーお姉ちゃんを呼んできてって。お父さんが、変なんだって」
「そっか……わかった」
ソフィーリアは立ち上がり、兄妹の手を取る。
「ソフィーリア。私が代わりに行こう」
「いいえ、騎士団長。あたし、ギルド長とちゃんと話してきます」
ソフィーリアはにこりと笑う。騎士団長は、その表情に押され、彼女を黙って見送る。
「ねえねえ、ヒーお姉ちゃんがドラゴンを倒したって本当なの?」
「ま、まあね……」
「みんなが言ってるよ!ヒーお姉ちゃんは、トルトの救世主だって」
「そ、そっかあ。ねえねえ、今日はいつもと違う道を通らない?」
なるべく、人に会わずに向かった方が良さそうだ。ソフィーリアは二人を誘導し、けもの道を歩いてギルド長の家に着いた。ギルド長の妻・ネリーが、か細い声で出迎える。
「ごめんなさいね、ヒーちゃん。あの人、仕事のことは話さないから、よくわからないんだけど。あなたと話したがっている気がしたのよ」
「ありがとうございます。ちょっと、話してきます」
ネリーに案内され、ギルド長の部屋へと向かう。扉には「男道」と書かれた木の飾りがかかっている。ソフィーリアはその扉を、大きくノックする。
「ヒー。俺は、お前を呼んだ覚えはねえぞ」
扉越しからギルド長の声がする。ここで引き下がるわけにはいかない。断りを得ないまま、ソフィーリアは扉を開ける。ギルド長は、椅子に腰かけ、窓の向こうを眺めている。扉の方を、振り向こうともしない。
「未来の騎士団長秘書官が、こんな所に来るんじゃねえ。とっとと帰れ」
「……帰りません」
ギルド長は、微動だにしない。それは、扉の前で仁王立ちしているソフィーリアも同様である。
「ギルドの仕事もしなくていい。どのみち、ドラゴンの死体処分の立ち会いや、各種手続きをする必要があるんだ。これからお前は、忙しくなるぞ」
「わかってます。それが終わったら、ギルドの仕事もちゃんとします」
ギルド長は、典型的な頑固親父だ。しかし、まだ24歳でもある。17歳のソフィーリアとは、そんなに歳が離れているわけではないのだ。だから、わかっていた。ギルド長が意地を張っているということを。彼が本当は、自分を必要としてくれているということを。
「この町のことなんて関係ないだろ!」
――昨日のあの言葉は、ソフィーリアを危険にさらすまいとして、暴発したものであるということを。彼女は、わかっている。もちろんその確信はない。けれど、今朝の騎士団長とのやり取りを見て、ソフィーリアはそう思ったのである。彼は、自分の能力を、認めてくれている。
「あたし、秘書官にはなりません!」
少し間を置いて、ギルド長がゆっくりと振り返る。ソフィーリアの顔を睨みつけ、そのまま立ち上がり、歩み寄ってくる。
「お前、今なんつった?」
「ですから、秘書官にはなりません。あたし、ずっとこの町で働きます!冒険者ギルドの職員として!だって、あたし……」
パンッ。
乾いた音が、部屋に響く。ソフィーリアは左頬を押さえる。
「あ、あなた!」
心配して様子を伺っていたのだろう、ネリーがソフィーリアに駆け寄り、肩を抱く。
「馬鹿野郎!何寝ぼけたこと言ってやがる!」
頬を張られたソフィーリアは、言葉を無くし、床を見つめている。今までギルド長は、彼女を罵倒することはあっても、手を上げることはしなかった。女性だから、というわけではない。ソフィーリアが、殴らなくても仕事をこなせる能力の持ち主だからである。彼が手を上げるとき。それは、殴らないと目が覚めないような、愚かな言動をしたときのみ。
「いくらなんでも酷すぎます、あなた!ヒーちゃんに謝って下さい!」
ガタガタと肩を震わせるソフィーリアを見て、ネリーはそう詰め寄る。が、しかし。
「……よっくも殴りましたね!この禿げ!」
堰を切ったかのように、ソフィーリアの口から暴言が溢れ出す。
「なんだと?しゃくれアゴの貧乳が!」
「どう見ても20代に見えないギルド長よりマシですよ!」
「だいたいこれは禿げじゃねえ!スキンヘッドだ!」
「あたしだって、この胸は貧乳じゃありません!美乳です!」
子供のケンカよりも幼稚な内容に、ネリーは頭を抱える。そして、それを家の外で聞いていたトルトの面々も。
「ケンカしてるな」
「そうだな」
「止めなくてもいいのか、あれ」
トルトの英雄・ソフィーリアが、目を覚ましてギルド長の家にいると聞きつけ、町の人たちが集まっていたのだ。労いとお祝いをしようと思っていたところ、この騒ぎである。
「やれやれ……私が止めてきます」
騎士団長も、やっぱり心配になったらしく、その場に来ていたのだった。町の人たちは、彼ならばなんとかしてくれると道を空ける。騎士団長は、苦笑いを浮かべながら家の中に入って行った。




