20:騎士団長の計画
ドラゴンが討伐された翌日。ソフィーリアは、冒険者ギルドの自室で眠っていた。彼女の怪我は軽傷だったが、魔力枯渇による衰弱が激しく、医者によると数日は目を覚まさないだろうということだった。
騎士団長は、彼女の額を優しく撫でる。本当は、ドラゴンの知らせを受けた後、すぐにでもトルトへ――彼の故郷へ飛びたかった。しかし、彼には王国騎士団をまとめるという職務がある。
焦る気持ちを抑えながら、王都で檄を飛ばす彼の耳に入った、ソフィーリアの行動。
「君を失うわけにはいかなかったからね」
王都に戻れば、さぞ厳しいお怒りが待っているだろうが、トルトを救えたのだから、そんなことは構わない。それに、ソフィーリアも救えた。
「あの、騎士団長さん。ちょっといいですか」
ネフが遠慮がちに声をかける。
「下の部屋に、皆さんお集まりです。来ていただけますでしょうか。こいつは、おれが看ますんで」
「わかった。ありがとう」
騎士団長が階段を下りると、支局長、ギルド長、ミースの三人が机を囲んでいた。ぴしりと緊張した空気がその部屋を包んでいる。危機は去ったが、彼らの仕事はこれからが肝心だ。
ドラゴンが現れ、その日の内に倒されたなんて、前代未聞の事態である。事後処理と、確認作業、国への報告。これらをどう進めていくのか、早めに意見をまとめておかなければならない。
騎士団長が席につくとすぐに、支局長が話し始める。
「それでは、会議を始めます。王国歴821年12月16日の朝。トルト町南西にある、クフルの森にドラゴンが出現しました。これによる被害は重傷者二名、軽傷者数名。死者はなし。同日夜、トルト冒険者ギルド上級事務官、ソヒーリア・エステリオスがドラゴンを討伐」
「ソヒーリアじゃなくて、ソフィーリア!」
「あ、ごめんごめん」
肝心なところで間違った支局長のせいで、固かったはずの雰囲気がぼろぼろと崩れていく。結局、紅茶とお菓子が四人分並べられ、一見するとただのお茶会のような会議になってしまった。
「それじゃあ、カイル。あのドラゴンは、まだ子供だったってことかい?」
「ええ、そうです。二ヶ月前に、ロネールというところで山火事がありましてね。そこから逃れてきたのが、あのドラゴンだったのではないかというのが、私の見解です」
「子供とはいえ、ドラゴンを倒しちゃったヒーちゃんって凄いよね~」
「雪が降っていましたからね。水属性の魔法使いにとって、最も魔法を使いやすい条件だったんです。私が間に合ったことも含め、様々な偶然がこの結果をもたらしたのだと言えます」
「へえ~」
支局長は、クッキーの粉をぽろぽろこぼす。ギルド長だけが、ずっと押し黙ったままだ。
「しかしまあ、どうして彼女は自分が倒すなんて言いだしたんですか?いくら魔法の腕に自信があるとはいえ、無茶すぎる」
騎士団長の言葉に、他の三人は暗い顔をする。ミースがギルド長の腕を小突く。
「俺のせいなんだ。俺が、ヒーにはこの町のことは関係ない、なんて言っちまった」
思わず騎士団長はその場を立ち上がり、声を荒げる。
「バルブロ、なぜそんなことを!」
「一昨日、ミースに聞いたんだよ。なぜヒーがここに飛ばされてきたか。カイル、お前はあいつを自分の秘書官にしたいんだってな。俺だって薄々感じてたよ。ヒーは、こんなところにいるべき人材じゃない。トルトみたいな小さな田舎町じゃなくて、国で活躍すべきなんだ」
ギイッ。床が軋む音が大きく響く。四人が一斉に階段を見上げると、青い顔をしたソフィーリアがそこにいた。
★★★★★
ソフィーリアが目を覚ますと、ネフは彼女の布団にうつ伏せになって眠りこけていた。彼も一晩中働いたので、体力が尽きてしまったのだ。
陽の眩しさに目を細め、ソフィーリアはゆっくりと起き上がる。彼女の魔力はすでに回復していた。というのも、騎士団長が彼女の額を撫でたとき、魔力を分け与えていたからだった。そんなことなどつゆ知らないソフィーリアは、今が一体いつなのかもはかりかねていた。
(ドラゴン、倒せたんだよね。でも、勝手な行動しちゃったから、ギルド長に怒られるな……)
意識がはっきりしてくるにつれ、嫌な記憶もよみがえる。ギルド長に、お前は関係ないと言われたことが。
(バカだな、あたし。ドラゴンを倒せば、ギルド長にトルトの一員だって認めてもらえる、だなんてさ)
何だかよくわからないけれど、王都にいるはずの騎士団長が助けてくれて、ドラゴンを討伐できた。その他にも、大勢の人たちがソフィーリアのために動いてくれたのだろう。きっと、自分のせいでたくさん迷惑をかけている。彼女はネフの髪を撫で、ベッドを降りる。
「さて、みんなに謝らなくちゃ!」
部屋を出ると、下で談笑をしている気配がする。紅茶の香りがするから、支局長もきているのだろう。ソフィーリアは、ゆっくりと廊下を歩きだす。
「バルブロ、なぜそんなことを!」
若い男の声に、ソフィーリアは足を止める。低くて凛としたあの声は、例の騎士団長に違いない。彼がギルド長のことを名前で呼ぶことに疑問を感じつつ、そっと様子を伺う。つい先ほどとは打って変わって重苦しい雰囲気に、ソフィーリアは息を殺す。盗み聞きは良くないと思うのだが、彼らの会話を聞いてしまう。
「ヒー、いつからそこに……」
床を軋ませてしまい、いるのがばれた。ソフィーリアは震える足で階段を下りる。
「あの、どういうことなんですか。騎士団長の秘書官に、って……」
ミースが立ち上がり、ソフィーリアの手を取る。
「聞かれた以上は仕方がない。ヒーちゃん、アタシが説明する」
ミースは支局長に目配せする。支局長は小さく頷く。
「ヒーちゃんは、当初通信局総務課へ行く予定だった。名前こそ大層だが、実際は左遷部署さ。で、こんなこと直接言うのは気が引けるけど……ヒーちゃんの容姿の悪さが、その人事に影響した」
「不細工だから左遷部署ってことですか……」
見た目をとやかく言われるのは慣れているつもりなので、ソフィーリアは平常心を装う。
「それを知ったカイル……騎士団長が、憤慨してね。これだけの実力者を、いきなり左遷部署に置くだなんて、どういう所業だって。それから、ヒーちゃんが秘書官志望だっていうのを聞いて、自分の所に呼び寄せたいと思ったのさ」
ソフィーリアは騎士団長の顔を見る。自分の知らない所で、こんな凄い人に目をかけられていたとは。
「だけど、いくら騎士団長だからって、新人をいきなり秘書官にすることはできない。お偉いさんからの推薦状が必要なのは、ヒーちゃんも知ってるだろ?」
「そこで、僕の登場で~す!」
今度は支局長が口を開く。
「僕なら、ヒーちゃんの推薦状を書けるんだ。ほら、僕って一応、お偉いさんなんだよ?階級は騎士団長の三つくらい上なんだから~」
「は、はあ……」
彼の胸のピンバッチが光る。のんびりした物言いと普段の態度で、すっかり忘れていたのだが、支局長といえば国の大臣クラスの階級なのだ。金の羽根を身に着けていることが、その証である。
「騎士団長は、幼い頃この町で過ごされたんだよ。それで縁があって、僕もずいぶんお世話になったの。だから、彼のお願いを聞いて、ヒーちゃんを冒険者ギルドに呼び寄せたんだ。まあ、僕もそこまで甘くはないから、ヒーちゃんがダメダメだったら推薦状は書かないつもりでいたんだけどね~」
ミースはソフィーリアを空いた席に座らせる。中々、事情を呑み込めない。騎士団長は、この町に縁があって、ソフィーリアを自分の秘書官にするために、トルト冒険者ギルドへ配属させた。支局長が、ハーブ入りの熱い紅茶を淹れる。それをこくりと一口飲んで、ソフィーリアは質問する。
「……皆さんは、このことを知っていたんですか?」
「トルトじゃ、アタシと支局長だけさ。ギルド長には、一昨日話したばかりだった」
ソフィーリアはギルド長の目を見る。いつも怒鳴られる時と同じ、しかめっ面に見える。
「あの、ギルド長……」
「タルド、会議は終わったんだろ。俺は帰る」
ギルド長は荒々しく立ち上がり、出て行ってしまった。




