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18:最悪の災厄

 かじかむ指先をこすりあわせ、ソフィーリアは冒険者ギルドのカウンターに立つ。ギルド長からはそっけない言葉しかかけられなかったが、ミースやネフには愚痴を聞いてもらったし、仕事のやる気はみなぎっている。掃除は完璧、ギルド長に作るドロドロのコーヒーも、加減を心得た。さあ、働こう。そして、パーティーでのことなんて忘れてしまおう。


「ヒーちゃん、帰ってきてたのか!早かったんだね!」

「ええ、色々ありまして……」


 朝一番に冒険者ギルドにやってきたのは、黒の稲妻団だった。冒険者ランクのことでごねられた一件があったものの、今ではすっかり懇意である。特に、魔法使いの男とは、学問の話で盛り上がる。冒険者はゴロツキばかり、という偏見のあったソフィーリアだったが、知性的な人もいるのだと思わせてくれた内の一人なのである。


「今日はどうされましたか?」

「クエスト完了。これ、オークのイヤリングね」

「はい、確認させていただきます。……わっ、こんなに!?」

「まあ、オレたち三人にかかればこんなもんよ!」


 談笑をはじめる職員と冒険者たち。黒の稲妻団は、実際のところたいした実力者だ。もう少しで、星二つのランクに上がれることだろう。彼らのランク更新をできる瞬間を、ソフィーリアは心待ちにしていたりする。そして、求めていたものとは違うけれど、こうしていきいきと仕事ができるのは楽しいと彼女が感じた時だった。


「ドラゴンが出た……!」


 戸口に、肩から大量の血を流した狩人が飛び込んできた。ソフィーリアは彼を知っている。確か、自慢話の長いあのエリックの仲間である。


「大丈夫か!しっかりしろ!」


 黒の稲妻団が、崩れ落ちそうになった狩人を抱きかかえる。


「おい、どうした!」


 奥でコーヒーを飲んでいたギルド長が駆け出してくる。職業柄、怪我を負った冒険者などいくらでも見ているはずだ。しかし、その彼の表情がみるみる変わるのを見て、ソフィーリアは狩人の怪我が尋常ではないのだと判断する。


「あ、あたし、ミースさん呼んできます!」


 ミースは朝早く、支局へ行った。ソフィーリアは、冒険者ギルドを飛び出す。ミースを頼りにするといっても、彼女は薬草の調合が上手いだけ。まずは医者を呼ぶべきなのだが、彼女にはその考えが抜け落ちていた。商店街の真ん中で、帰る途中のミースと出くわす。


「ミースさん!あ、あの、すごい怪我なんです、それにドラゴンが!」

「ヒーちゃん、落ち着きな!」


 二人の様子に、露店の店主たちが何事かと顔を出す。


「い、いまヒーちゃんがドラゴンって言ったか?」

「そんな、まさか。トルトにドラゴンなんて出るはずない……よな?」


 ドラゴン。この世界において、それは最悪の災厄を表す。人里に現れることは滅多になく、火山の火口や鍾乳洞の奥に巣を作る。それがひとたび町へ降りれば、灼熱の炎で人家は焼き払われ、跡は雑草すら生えない砂漠と化す。ここ、ルミナス王国でも、五十年前に一つの町が消滅した。そのことを知る老人たちは、ドラゴンの脅威と教訓を、若者たちに繰り返し説く。――ドラゴンに立ち向かっては、いけない。


「と、とにかく来て下さい!」


 冒険者ギルドに戻ると、狩人は簡易ベッドに寝かされていた。ミースがすぐさま彼の傷を看る。ギルド長が応急手当をしていたようで、彼の服にはべったりと血がついている。


「ヒー、タルドをここに呼んで来い。クフルの森にドラゴンが出た。取り残された奴らを、黒の稲妻団が助けに行っている。王国騎士団に、討伐要請をする準備を」

「ひっ……」


 ドラゴンの恐ろしさは、ソフィーリアもよく知っている。ドラゴンを見たという魔法学園の教授から、話を聞いたことがあるのだ。ひとしきりドラゴンの恐怖を叩き込まれた後、そんなに心配することはないと笑われたのだが。


(おじいちゃん、わしが生きている間にはもう現れんだろうだなんて言ってたのに!)


 ソフィーリアは走りながら、老齢の教授の顔を思い出す。冗談であってほしいと願うが、ギルド長の低い低い声色が、真実なのだと伝えている。

 ソフィーリアが支局長に報告をした後、町の様子は一気に変わっていった。エリックたちは黒の稲妻団に助け出されたものの、全員が重傷。エリックについては、火傷がひどく、ミースやこの町の医者では手に負えなくなっていた。ネフが町中を駆けずり回り、ドラゴンのことを伝えると、全ての店は営業をやめた。民家の戸は固く閉ざされ、老人や子どもたちは地下室へと避難した。冒険者ギルドには、ギルド長とミース、それに支局長の大声が飛び交う。ソフィーリアは、彼らに言われるがまま、混乱する町人と冒険者の対応に追われていた。


「皆さん、落ち着いて下さい!すでに王国騎士団に討伐要請を出しました!ドラゴンも、すぐにこの町へ来ることはありません!」

「そうはいったって、王都からこの町までどれだけかかると思ってるんだ!騎士団が来るころには、この町は全滅だよ!」


 ソフィーリアは、きゅっと唇を噛みしめる。そう、彼らの言う通りなのだ。安全を叫ぶことが、間違いかもしれないと本当は思っている。それでもこの場を取り繕い、さらなる混乱を避けることが、自分の使命なのだと言い聞かせる。一段落した後、ソフィーリアは薬草を作っているミースの元へ駆け寄る。


「ミースさん……」

「ヒーちゃん、そろそろ休みな。もしかしたら、この町を捨てて、避難することになるかもしれない」


 この町を、捨てる。衝撃的な言葉に、ソフィーリアの身体は硬直する。


「王国騎士団は間に合わないってことですか?」

「ああ、無理だろうね」

「でも、あの、えっと……そうだ、強制討伐義務!」


 ソフィーリアは、かつてネフが言っていたことを思い出す。強い魔物が現れたとき、強い冒険者には強制討伐義務が課せられるのだと。


「それもダメだ。いいかいヒーちゃん、トルト周辺には今、星三つ以上の冒険者が何人いる?」

「あっ……」


 確認せずとも、職員であるソフィーリアはそれをきちんと知っている。現在トルトに、冒険者ランク星三つ以上の冒険者は、一人もいないのだ。この町最強である、星四つの冒険者は、五年前に冒険者カードを返納した。


「ミース。ギルド長権限を、あなたに預けたい」


 その元冒険者は、そう言って禿げ頭を下げる。素手殺しの熊・バルブロ。彼ならば、ドラゴンを倒すことは無理でも、王国騎士団が来るまで時間を稼げるかもしれない。しかし、彼を行かせるわけには、絶対にいかない。


「バルブロ、あんた……」


 ミースが怒鳴り声を上げるよりも先に、ソフィーリアが叫ぶ。


「ダメ!ダメです!ギルド長が、ギルド長が行ったら……奥さんと子供たちはどうなるんですか!?」

「ぐっ……てめえ……!偉そうなこと言いやがって!」


 彼の二人目の子どもが、病気で死にかけた時。ソフィーリアは、その時のギルド長の様子を、よく覚えている。怒鳴り声しか上げない彼が、弱々しい声ですまない、と言ったあの瞬間を。


「俺が行くことで、町の奴らは安心するかもしれねえ。もしかしたら、倒せるかもしれねえ。ドラゴンからこの町を守るためなら、俺はもう一度この拳を振るう。ここはなあ……俺の故郷なんだよ!」

「でも、それでギルド長が死んだらどうするんですか!」

「うるせえ!王都出身の国家公務員には、この町のことなんて関係ないだろ!」


 かたり。ソフィーリアの中で、何かが崩れる。胸の奥を貫かれたかのような衝撃。そしてその場に縛り付けられる。しかし、動くことができないのはギルド長も同じだった。


「ヒーちゃん……」


 ミースが立ち上がり、ソフィーリアの背に手を当てる。誰もが黙り込んだまま、長い時間が流れる。


「あたしが、倒します」


 いきなり、そう言って走り出すソフィーリア。まさかの言葉に、ミースの反応は遅れた。


「誰かヒーちゃんを止めとくれ!」


 いち早く気づいたネフが、ソフィーリアに続いて外に出る。そして、ギルド長が追いかけようとするのを、ミースは腕を掴んで止める。


「あんたが行ったって無駄だ。あんたは、あんたの仕事をしな、ギルド長!」

「俺は……一体、何てことを言っちまったんだ……」


 クフルの森。普段は、ゴブリンなど弱い魔物しか現れない森。日は既に傾き、雪まで降り始めた。ソフィーリアは、何も持たぬまま、ドラゴンが出たという奥地へと飛び込んでいった。

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