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17/23

17:静かな夜

 パーティーの記憶は、ほとんど抜け落ちていた。騎士団長と踊っているとき、何を言われたのか、自分が何を答えたのか、ソフィーリアはまるで覚えていない。ダンスが終わり、逃げるように会場を飛び出した後、馬車の中で彼女は呆けていた。一夜明けた今でも、何が起こったのかよくわかっていない。


「母さん、ソフィの奴、どうしたんだい?」

「わからないわ。でも、そっとしておいた方がいいわね」


 兄二人と妹も、心配して様子を見に来るが、ソフィーリアはぼんやりとしたままだ。昼ごろに、メリッサが訪ねてきた。昨夜は彼女が泊まりにくる予定だったのだが、二人でおしゃべりなどできそうもなかったので、取りやめになっていた。


「結論から言うと、あんた、早めにトルトへ戻った方がいいわ」

「ほへ?」


 メリッサは、いつになく真剣な表情だ。


「あの後、騎士団長はすぐに帰っちゃったの。つまり、彼と踊ったのはソフィ一人だけ。そのせいで、めちゃくちゃ恨まれてるわ。なんであんな貧乳が!って」

「あたしだって、踊りたかったわけじゃないのに……」

「うちの職場じゃ、騎士団長ブス専説、つるぺた好き説、その他色んな説が吹き荒れてるわ。この家に、怒り狂った誰かが押しかけてきてもおかしくない」

「そ、そんな事態になってるの!?冗談でしょ!?」

「ソフィは王都から離れていたから知らないだろうけど、女性職員同士の恨み、妬み、その他もろもろの確執は物凄いんだから!はい、さっさと着替えて!」


 ぐすぐすしているソフィーリアをメリッサは煽り、その日の夕方にトルトへ向かうことになった。せっかくの帰省が、騎士団長のせいで台無しだ。メリッサが手配してくれた最新の馬車のおかげで、二日後の昼過ぎにはトルトに着いた。


「……お前、もう戻ってきたのか」

「すみませんねえ」


 冒険者ギルドで出迎えてくれたのは、ギルド長ただ一人だった。ミースもネフも、外に出ているらしい。冒険者の姿もない。二人はカウンター越しに向かい合ったまま、しばし無言でにらみ合う。


「あの。あたしがいない間、ここの仕事は大丈夫でしたか?」

「ああん?お前が抜けたぐらい、どうってことねえよ」

「そうですか」


 ギルド長は貸し出し用の武器の手入れを始める。ソフィーリアはとぼとぼと自室への階段を上る。疲れが癒えるどころか、面倒事に巻き込まれて悩みが増えただけの帰省になってしまった。


(ギルド長はおかえりの一言も言ってくれないし)


 冒険者ギルドに来た日にギルド長は、お前の家はこのギルドだ、と言った。それなら、少しくらい、優しいことを言ってくれてもいいじゃないか。


(あたし、いてもいなくても、一緒なのかな)


 ソフィーリアは、ベッドに顔から倒れ込む。帰省するとき、別に帰ってこなくてもいいとギルド長に言われたことが、頭の中をぐるぐる回る。騎士団長との会話は覚えていないのに、ギルド長のセリフはいくつも覚えているのだ。彼女はそのまま、深い眠りに落ちる。ぐったりと。



★★★★★



 ソフィーリアが、冒険者ギルドに戻ってきた日の夕方。トルト町支局で、支局長とミースがお茶をしていた。閉じられているはずの窓を、一羽の白い鳩がすり抜け、空いている椅子にとまる。


「カイル。話は聞いたよ」


 ミースはその鳩をじとりと睨む。鳩はカイル・シュレンジア騎士団長の姿に変わる。


「久しぶりだというのに、出迎えの挨拶も無しですか。相変わらずきっついですねえ、ミース」

「僕はお茶を淹れてきますね~」


 支局長はぱたぱたと台所へ駆けていく。残された二人は、暫し無言のまま見つめ合う。先に口を開いたのはミースだった。


「ちょっと考えればわかるじゃないか。あんたと踊ることで、ヒーちゃんが周りから恨まれるって」

「でも、彼女帰ろうとしてたんです。引き留めるにはああするしかなかったんですよ」

「そもそも、ヒーちゃんを見たければ、鳩の姿で近寄ればいいだろうに」

「嫌ですよ。僕は彼女と会話したかったんです」


 沈黙。


「はいはい、お茶ですよ~。それとね、これはさっき焼いたアップルパイ。冷めない内にどうぞ」


 三人はアップルパイをつつく。もちろん支局長の手作りだ。町のパン屋には敵わないが、なかなか美味しい。


「それで、バルブロにはいつ言うんだい?怪しんでるよ、ヒーちゃんがなぜ冒険者ギルドに配属されたのかって」

「おや、彼もバカじゃないんですねえ。なら、今から僕が行って説明してきましょうか」

「あなたが行くのは、ちょっとまずいと思いますよ~」


 いつもおっとりしている支局長が、珍しく焦りの色を浮かべる。ミースも同様だ。素手殺しの熊・ギルド長のバルブロが、唯一苦手としているのが、この騎士団長なのである。


「まあ、今日でもいいかもしれないねえ。もうヒーちゃんがきてから八ヶ月だ。そろそろ言っておかないと、バルブロだって困るだろう。ああ見えて、あの子はヒーちゃんのことを頼ってるんだよ」

「おや。そうなんですか?」


 騎士団長は頬を綻ばせる。


「意地っ張りだから、絶対に口には出さないけどね。実際、ヒーちゃんがいない間は大変だったんだよ。あの子がいかに丁寧に仕事をしていたのか、よくわかったね。冒険者の連中も、ヒーちゃんはいないのかってひっきりなしに聞いてくるし」

「いなくなって、初めて気付く……ってやつですか」

「そうさ。だから、言うなら早い方がいい。ヒーちゃんは、早くて来年にトルトを去るということをね」


 その夜も、トルトの町はひどく冷え込んだ。家々には、暖炉の火が燃やされ続けている。夜遅くに冒険者ギルドへ戻ったミースは、そっとソフィーリアの部屋を覗く。規則正しい寝息が聞こえてくることに安堵する。ネフはというと、いつも通りひどい寝相である。ミースはずり落ちた毛布をしっかりとかけてやる。

 とても静かな夜だった。こう寒い時期になると、冒険者たちでさえ、早めに酒場を出て宿へと戻ってしまう。起きているのは、森のフクロウくらいだ。北風が枯葉を打つ音だけが、トルトの町を包んでいた。



★★★★★

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