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16:僕とダンスを

 ソフィーリアが王都に戻った翌日。「新規採用三年目までの集い」に行くため、彼女は母に手伝ってもらいながら、ドレスに着替えようとしていた。


「ソフィ、あなた……大きくなったんじゃない?一応、入ると思うけど、けっこうキツキツよ」

「そ、そうかな?」


 母から見ると、わずかでも胸が成長していたのだ、と思いソフィーリアは嬉しくなる。


「脂肪じゃないからまだマシだけど。可哀そうに、トルトで力仕事ばかりさせられているのね。太ももも二の腕も、筋肉ですっかり大きくなっちゃって……」

「ひっ!?」


 胸の話じゃなかったらしい。


「腕は、ストールで隠しなさい。アリシアの分を使えばいいわ」

「はい……」


 手は荒れているし、日にも焼けてしまった。冒険者ギルドにいると、美容なんて気にしている暇がないからだ。それを今になって、後悔する。


「メリッサちゃんが迎えに来てくれるんでしょう?さっさと着替えてしまいなさい」


 ヘアセットとメイクは、アリシアがやってくれた。可愛くて巨乳の上、手先も器用なよくできた妹なのである。着飾った自分の姿を、ソフィーリアは数ヶ月ぶりに見る。赤さびのようなパッとしない髪も、百合の花で飾りつければいくぶん綺麗に思える。


「今夜は婚活パーティーだもんね。ソフィお姉ちゃん、頑張って!」

「え?何の話?」

「お、お姉ちゃん、知らないの!?」


 ソフィーリアが愕然としていると、家の前に馬車が停まる。メリッサだ。


「ソフィ、久しぶり~」

「あ、あ、あのね、メリッサ!婚活パーティーってどういうことなの!?」

「はは……やっぱり知らなかったか」


 メリッサは苦笑する。そして、馬車の中で一通りの説明をされて、ソフィーリアはがっくりと肩を落とす。てっきり、同期だけでわいわい騒ぐ、小ぢんまりとしたパーティーだと思っていたのだ。


「せっかくの玉の輿のチャンスが……こんなムキムキの腕で……ドレスは前のやつと同じだし……靴だって……」


 秘書官になるという、出世の道は諦めかけているソフィーリアだが、結婚への希望はかすかに残している。


「ったくもう、ジメジメするんじゃないの!」

「メリッサはいいじゃん、今の人と結婚するんでしょう?」

「まあね。でも、ソフィが心配だったし、例の騎士団長とやらの顔も見てみたくなってね!あいつのせいで、皆仕事しなくなったんだから!どれだけイケメンか知らないけれど迷惑よ!迷惑だわ!」


 メリッサは足を踏み鳴らす。ソフィーリアをはじめ、気の知れた相手に対してはこうした素を見せるのだが、普段はか弱い美少女を演じているのだから恐ろしい。


「じゃあ、騎士団長さんを見たらすぐ帰ろっか。どうせ玉の輿は無理だろうし……」


 馬車はパーティー会場に着く。そこかしこに、気合の入った女の子たちがいて、妙な熱気が立ち込めている。


「カイル様はいつ来られるのかしら?」

「騎士団の式典があるそうだから、遅れて来られるそうよ」

「もし、ダンスに誘われたらどうしましょう!」

「見初められて、玉の輿……!」

「そんなに上手くいくわけはないわ。カイル様って、ほとんど恋のお噂がないのよ」


 彼女たちの様子に、ソフィーリアはすぐさま帰りたくなる。えらいところに足を踏み入れてしまった。誰も彼もが、騎士団長、カイル・シュレンジアの話ばかりしている。


「ねえメリッサ、そんなに凄い人なの?」

「らしいわね。王都にいれば、調べなくても彼の情報なんていくらでも入ってくるわ。シュレンジア伯爵家の次男坊で、17歳の時に王国騎士団に入り、28歳の若さで騎士団長に上り詰めたの。加えて、もの凄い美貌らしいわ」

「はあ……」


 何だか凄い人すぎて、ソフィーリアには雲の上の人に思えた。玉の輿を狙ってはいるが、そんなに高いところまでは望んでいない。役職についていれば、資産がなくても、顔が不細工でもいい。彼女はそう思っている。

 パーティーが始まってすぐに、ソフィーリアはメリッサとはぐれてしまった。仕方がないので、一人で料理をつまむ。王宮の料理人が用意した、豪勢なものばかりだ。

 あちこちで、女の子が口説かれているようだが、結果は芳しくない。ほとんどの女の子たちが、まだ到着しない騎士団長に夢中なのである。今年は男性陣にとって災難だったなあ、と哀れに思う。そして、ソフィーリアに話しかける男性は一人もいない。だんだん、惨めになってきた。


(あ、メリッサ発見)


 遠くのテーブルで、メリッサが青年たちに囲まれているのが見える。少しおどおどした様子で、話しかけられても困ります、というような顔をしている。相変わらず彼女は演技が上手い。


(か・え・り・た・い)


 メリッサの口がそう動くのを見て、救援に向かおうとしたときだった。


「きゃあああああ!騎士団長様よ!」

「カイル様あああああ!」


 会場が、黄色い悲鳴で揺れる。入り口を見ると、真っ白な騎士服に身を包んだ男がそこにいた。腰まで伸びた、シルクのような金髪。深いマリンブルーの瞳が、高貴な輝きを発している。あれがこの国の、騎士団長らしい。

 入り口に女の子たちが殺到する中、ソフィーリアはメリッサの所に歩み寄る。


「確かに、カッコいい人だね」

「まあ、そうね。でも、あんなに騒ぐほどじゃないと思うわ」


 この二人を除いて、会場中の女の子たちの心は彼に釘付けである。しかも、タイミングのいいことに、もうすぐダンスが始まるところだ。この国では、男性が誘いをかけることが作法なのに、そんなことはお構いなく女の子たちが群がっている。


「ぜひ、私と踊ってください!」

「いいえ、私と!」


 何て浅ましいのだろう、と二人は軽蔑の眼差しを向け、帰り支度をはじめる。今夜はソフィーリアの家に、メリッサが泊まる予定だ。なるべく目立たないよう、二人は裏口から帰ることにする。


「ソフィーリア・エステリオス!」

「……ひっ!?」


 突然、会場に騎士団長の声が響く。ざわめきが一瞬にして掻き消える。体中を突き刺す矢のような視線に耐えかねて、ソフィーリアは騎士団長の方を振り向く。


「もう帰るのですか?その前に僕と、踊ってくれませんか?」


 ソフィーリアはぱくぱくと口を開ける。言葉にならない、出てこない。メリッサも、まさかの展開についていけないようで、その場に固まってしまっている。騎士団長は、カツカツと靴音を響かせ、ソフィーリアの正面にやってくる。

 そして、跪いて言った。


「僕とダンスを」


 メリッサは、観念してその手を取れ、と目で訴えている。ソフィーリアは、歯をガタガタ鳴らしながら、毎日の拭き掃除で荒れた手を乗せる。そうして、曲が始まった。


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