15:ソフィーリアの帰省
ある日の夕方、仕事を終えたソフィーリアは、支局長に呼び出されていた。夕食前だというのに、お皿に山盛りのクッキーを出され辟易したのだが、手をつけないと支局長が可哀想なので、いくつかつまむ。
「君がここにきて、もう八ヶ月になるんだね~」
「はい、そうですね」
季節は冬になり、雪のちらつく日もある。近ごろは朝の雑巾掛けが辛い。
「実家には、一度も帰省していないんだよね?」
「ええ、まあ……」
両親のことは、なるべく思い出さないようにしていた。辛かったらいつでも帰っておいで、とは言われている。しかし、一度帰れば、二度とトルトに戻れない気がしていた。実家にいれば、朝早く起きることも、誰かに怒鳴られることもない。そのまま辞表を出して、ニートになる危険性があった。だいたい、帰省なんて あのギルド長が許してくれないだろう。
「冒険者ギルドは年中無休だから、言い出しにくいもんね。この機会に帰るといいよ。はい、これ」
支局長は、茶封筒から一枚の薄い紙を取り出す。そこには、「新規採用三年目までの集い」と書かれている。
「毎年この時期に、王都の記念会館でパーティーをするんだよ。同期にも会えるし、行ってみたらどうかな?」
「でも……いいんですか?」
冒険者ギルドは万年人手不足。ソフィーリアがいないと、掃除やアイテム管理をネフたちにお願いすることになる。パーティーには行ってみたいが、休んでもいいのだろうか。
「ギルド長にはもう言ってあるから、大丈夫!ヒーちゃんは国家公務員なんだから、お休みする権利はあるんだよ~。気にしなくてもいいの」
そうはいっても、ギルド長にどんな文句を浴びせられることか。ソフィーリアはびくびくしていたが、返ってきたのは意外な言葉だった。
「お前がいてもいなくても、仕事は充分回るんだよ!つべこべ言わず行ってこい!別に帰ってこなくてもいいぞ!」
「そ、そうですか……」
ギルド長の言葉がちくりと胸に刺さる。与えられた休暇は二週間。ソフィーリアは、絶対に帰ってきてやる!と決意するのであった。
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王都では、パーティーの準備が着々と進められていた。若手の交流会という名目だが、未婚の中堅職員も世話役として参加する。……若い子を、漁るためである。若手の方も、それを分かっているので、存分に気合いを入れる。知らないのは、地方に飛ばされたソフィーリアだけだ。
今年は騎士団長が参加するということで、女の子たちは準備に余念がない。仕事を放り出し、ドレスや靴を選びに行く。ソフィーリアの同期の一人、メリッサは、それを馬鹿馬鹿しいと思っている。
「まったく、どいつもこいつも……仕事終わらせてから帰れっつーの!」
王都の西にある財務局。メリッサの同僚たちは、ほとんど街に出かけてしまった。若く美しい騎士団長に見初められようと、必死なのである。そのせいで、最近は残業続きだ。喚きながらも、必死で手を動かすメリッサに、男性係長が歩み寄る。
「メリッサ、トルト支局から手紙だよ」
「ありがとうございます」
「ソフィちゃんから?」
「ええ」
メリッサはやや不安な面持ちで封を切る。ソフィーリアからの手紙は、いつも泣き言ばかりだからだ。
「……嘘。あの子、パーティー来るんだ」
そこには、「新規採用三年目までの集い」に行くから、一緒に過ごしてほしいと書かれていた。欠席する予定だったメリッサは、困惑の表情を浮かべる。係長は、彼女の肩越しに内容を読む。
「どうするの?」
「仕方がないから、行きます。ソフィを一人にするのは心配ですし」
係長はメリッサの金髪に触れる。
「ねえメリッサ。もう俺たちしかいないよ、楽にして」
「……誰かに聞かれたら、どうするのよ」
メリッサが騎士団長にもパーティーにも興味がない理由は、この係長と恋仲だからだ。年が明けたら、正式に婚約する予定である。
「ソフィちゃんって、あれが婚活パーティーだってこと、知らないよね?言っといた方がいいんじゃない?」
「今から言っても遅いわよ。それに、ソフィは騎士団長様なんかに興味ないだろうし。そりゃあ、若くしてあの位に就くって凄いわよ?容姿も淡麗というお噂よ?けれど、あのパーティーに参加するなんて、下心見え見えで気持ち悪いったらありゃしない!」
「……君は、本当に騎士団長を目の敵にしてるんだね」
「当然よ。彼が参加するって知れた途端、みんなして仕事をサボりまくってるんだから!この書類の束を見てよ!どれもこれも、あの騎士団長のせい!憎い、憎いわ!」
叫びながら、机をバンバン叩くメリッサ。未来の夫は、怒り狂った彼女も可愛いなあと、それを笑顔で見つめているのであった。
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久しぶりに見る我が家は、とても大きく見える。王都で暮らしていた時は、全くそう思わなかったのに。トルトの町の規模に、目が慣れてしまったのだろう。ソフィーリアはそう自嘲して、懐かしい扉を開ける。
「ただいま!」
「まあ……ソフィ!あなた、ソフィが帰ってきましたよ!」
母の顔を見るなり、つい涙がこぼれそうになったのだが、必死にこらえる。
「ソフィ……よく帰ってきたな」
父はソフィーリアを抱きしめ、背中を叩く。納屋にいたらしい、二人の兄も駆け寄ってくる。そして、家政学校の制服を着た、妹のアリシアも。
「お帰りなさい、ソフィお姉ちゃん!」
(うっわあ、一段と大きくなったな……胸が)
アリシアは姉と違い、ブラウスのボタンがはち切れそうなほどの巨乳である。同じ親から生まれたのに、この差は何なんだとソフィーリアはいつも思う。そんな妹の成長を恨めしく思いつつ、久々の家族の団欒に、平らな胸は躍るのであった。




