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14:支局長のココア

 支局長のタルドに頼まれたのは、資料を廃棄する手伝いだった。なんでも、国家機密が含まれているので、上級事務員の肩書を持つ者しか立ち会いできないらしい。


「ヒーちゃんも忙しいだろうに、呼びつけちゃってゴメンね。本当はみんなに手伝ってもらえたらいいんだけど、決まりだからね~」

「いえ。気にしないでください」


 正直、カウンターに立ちたくないと思っていたソフィーリアにとって、願ってもない仕事だ。廃棄する資料の内容は支局長が選別しているので、次は大きさや材質を分ける必要があるとのこと。全部まとめてポンと燃やすわけにはいかないらしい。そう急がなくてもいいとのことなので、資料を流し読みしながら分別していく。


「これって、冒険者ギルドを国営化するときの資料ですよね?」

「そうそう、よくわかったね。保存期間の10年が過ぎたから、要らない物は捨てちゃうんだよ~」


 元々、その地域ごとに規則があり、運営されていた冒険者ギルド。それを一つにまとめるには、先輩職員たちの多大な努力があった。冒険者カードの魔法技術にしたって、一朝一夕にはいかなかったようだ。最も困難だったのが、冒険者ギルド法の制定。それに携わったのは、ミレイス・クンデラという女性事務員らしい。ソフィーリアは同じ女性として感銘を受けずにはいられなかった。


(あたしは、この人みたいにはなれないな……)


 先ほどの、女剣士の言葉を思い出す。


「どうせ、何の苦労もしてないんでしょう?安定が欲しいからって公務員になったんでしょう?」


 その言葉に、真っ向から反論できない自分が情けなくて、嫌になる。恵まれた環境に育ったソフィーリアには、冒険者である彼女の苦労がわからない。彼女があの魔石を手に入れるために、どんな犠牲を払ったのか、想像することさえできない。そして、国家公務員になった理由はいくつかあるが、安心・安定が欲しかったというのが確かにその中にある。


「今日はこの辺にして、お茶しよっか。なんだかヒーちゃん、疲れてるっていうより、元気ないしさ」

「す、すみません、支局長……」


 作業がほとんど進んでいないのに、とソフィーリアは目を伏せる。支局長は、たっぷりのミルクを入れた温かいココアを彼女に差し出す。こくん、とそれを口に含むと、初めは甘みが、次に苦味が広がり、身体の芯が落ち着いていく。


「ギルド長に、何か言われたの?あんまり酷いようだったら、僕から注意するよ」

「ち、違うんです。ギルド長は時々腹立ちますけど、大丈夫です。その、ついさっきなんですけど……」


 ソフィーリアは、女剣士との一件を支局長に話す。ココアを口に含みながら、ゆっくりと。


「……あたし、冒険者のことを何も理解できてないんです。彼らがどんな生活をしているのか。それぞれの事情とか。大した苦労もしてないくせに、あたしは自分のことばっかりに精一杯で。こんなんじゃ、職員失格ですよね」


 それまで黙って相槌を打っていた支局長が口を開く。


「確かに、冒険者たちに寄り添う心は必要だね。一口に冒険者っていっても、色んな人がいるからさ。その人に合わせて、言葉を選んで対応していれば、彼女が気分を害することはなかったかもしれない」


 ソフィーリアは、空になったカップの底を見つめる。


「でも、ヒーちゃんはその人に同情して、魔石を高く換金したりしなかったでしょ?冒険者ギルドの職員としては、合格だよ」

「えっ?」

「昔はね、よくいたんだ。なじみの冒険者のランクを、不正に上げる職員とかが。それは、冒険者に良かれと思ってやったのがほとんど。でもそれって、ルール違反だし、冒険者全体のことを考えると、とっても不平等だよね?」


 のほほんとした表情はそのままなのに、普段の支局長とはまるで別人のような気がする。


「それにね、ヒーちゃんはよく頑張ってるよ。ギルド長も口には出さないけど、きっとそう思ってる。だから、職員失格なんて言っちゃダメだよ~」


 ソフィーリアは、震える唇をぎゅっと噛む。


「でっ、でも、あたし、安定を求めて公務員になったのは、本当の話なんです。うちの父は商人で、今は上手くいってますけど、いつ破産するかわかりません。妹を家政学校に行かせてやりたかったし、母や兄たちを安心させたかった……」


 こらえきれずにこぼれた涙の粒が、空のカップに落ちる。支局長は黙って自分のカップに口をつける。


「これから、やっていけるのか、自信、ないんです」

「……これから、かあ。ヒーちゃんはこれから、どうしたいの?」


 ソフィーリアは、袖でゴシゴシと目をこすり、咳払いをする。


「あたし、秘書官になりたいんです。新しいことを考えたり、企画したりするのは苦手なんですけど、それができる凄い人のところで働きたいんです。女の身ですし、国にとって大きな貢献ができるだなんて思ってはいません。けど、誰かを助けて、結果が出て、例えあたしの名前が表に出なくても、その誰かから褒めてもらえれば素敵だなって……」


 これからのこと。トルトなんて田舎町に飛ばされたソフィーリアには、絶望的かもしれない未来なのだが、それを考えていると何だかわくわくしてきた。


「あと、玉の輿に乗れたら言うことないですね!」


 空元気ではなく、本当に元気な声を出すソフィーリア。支局長は、彼女の笑顔につられてぷっと吹きだす。


「ヒーちゃんったら、おかしな子だね~」


 調子を取り戻したソフィーリアは、ココアをもう一杯飲んでから、ミースたちの待つ冒険者ギルドへ帰って行った。

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